No.94/人生最終段階(終末期)における医療と患者・家族(その8)
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No.94/2022.8.1発行
(弁護士 福﨑博孝)
人生最終段階(終末期)における医療と患者・家族(その8)
(4.具体的な症例の検討(事案の検討) 事例④)
4.具体的な症例の検討(事案の検討)
(4)事例④
喉頭がん末期の女性の患者さんがCPA状態(心肺機能停止状態)となり、病院へ緊急搬送されてきました。CPAで搬送されましたが、自己心拍が再開したため挿管チューブによる気管切開を試みたところ、それができなかったことから、輪状甲状靱帯切開による気道確保を行いました。一刻を争う状態であったために、家族控室で待っておられたご主人には気管切開による気道確保のことの説明や同意をとることができませんでした。しかし、その後の話では、奥さんである患者さんは、喉頭がん末期ということで延命処置のために気管切開を勧められていたものの、声を失いたくないという理由からそれを拒否されていたそうです。救急外来という性質上やむを得ないとは思うのですが、‟患者さんが望まない治療を行ったこと”、‟患者さんの意思を尊重することができなかったこと”で、少し後ろめたい気持ちがあるのですが、どのように考えればいいのでしょうか。
【わたしの考え】
1.急性型の終末期の医療行為(人生の最終段階における医療・ケア)の意思決定プロセスついては、「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~(平成26年11月)」(以下「3学会救急集中治療ガイドライン」)があり、そこでは次のように説明されています。
(1)患者が意思決定能力を有している場合や、本人の事前指示がある場合、それを尊重することを原則とする。この場合、医療チームは患者の意思決定能力の評価を慎重に評価する。 その際、家族らに異論のないことを原則とするが、異論がある場合、医療チームは家族らの意思に配慮しつつ同意が得られるよう適切な支援を行う。
(2)患者の意思は確認できないが、家族らが患者の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重することを原則とする。
(3)患者の意思が確認できず、しかも、推定意思も確認できない場合には、家族らと十分に話し合い、患者にとって最善の治療方針をとることを基本とする。医療チームは、家族らに現在の状況を繰り返し説明し、医師の決定ができるように支援する。医療チームは家族らに総意としての意思を確認し対応する。 そして、この点は、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(厚労省 平成19年5月 ≪改訂≫平成30年3月)」(以下「厚労省人生最終段階ガイドライン」)でもほぼ同じ対応となっています。
2.すなわち、ガイドラインの考え方からすれば、(ⅰ)患者本人の意思に沿った選択、それができない場合には、(ⅱ)患者にとっての最善の医療の選択が求められます。
そして、(ⅰ)については、患者本人の意思表示による選択を尊重することが重要ですが、それができない時には家族等による患者本人の意思の推定がなされることになります。 さらに、(ⅰ)の患者本人の意思が確認できず、しかも、家族による患者本人の意思の推定もできない時には、(ⅱ)の「患者本人にとっての最善の医療」が求められることになります。しかしその場合でも、家族等の意見は重視されており、家族等からの意見聴取によって医療者は患者本人にとっての最善の医療行為を選択していくことになるのです。
3.本件については、‟病院の控室で待っていたご主人に十分に説明して同意を得たうえで気管切開をすべきではなかったのか”、‟そのような時間的な余裕がない場合には(本件はそういう症例のようですが…)医療者の最善の治療としての対処をするしかなかったのではないか”、‟もし時間的な余裕が少しでもあったとすれば、ご主人による患者本人の意思の推定に基づいて、又は、家族等の考え方に基づく最善の医療として、輪状甲状靭帯切開を選択することができたか否か”等という点が問題となるのではないでしょうか。
(1)そしてまず最初に、緊急事態における救急医療の場において奥さん(患者さん)の救命措置をする際に、病院内にいる家族等(ご主人)の意見を聴けるような情況にあったのか、それともなかったのかどうか等という点が問題となるはずです。 しかし、本件事例を見る限り、ご主人の意見を聴けるような時間的な余裕はなかったように思えます。その場合には、医療者は、緊急時の救急対応として気管切開を施すことはやむを得ないことと思われます。したがって、患者さんやご家族の意思を尊重できなかった等とは考えなくていいと思います(後悔する必要もないとおもいます。)。
(2)しかし問題なのは、仮にご主人に意見を聴く余裕があり、実際にご主人に意見を聴いた場合に、気管切開すれば奥さん(患者さん)の生命を助けることができるのに、ご主人が「妻(患者)の意思を尊重する」として、「気管切開を頑なに拒否された場合」にはどうするか、という点です。 患者さん本人の明確な意思として気管切開を拒むとすれば、それは最終的にはやむを得ず患者さん本人の意思を尊重するという判断も有り得るかもしれません(「医療の有効性・有益性よりも、最後は患者の意思を尊重すべきである」という考え方もあります。)。しかし、その配偶者のご主人の意見や考え方だけで同様の対応ができるのかは、極めて難しい問題です。
(3)確かに、患者さん本人の判断能力がない状況において、家族等からの事情聴取によって患者さん本人の意思の推定を行うことは重要ではありますが、時間的余裕のある場合であればまだしも、救急医療においては相当にシビアな判断を求められる可能性が強いと思います。
(4)もっとも、患者さんのご主人からの話ではあっても、患者さん本人が「声を失いたくない」と言って気管切開を拒否していたと言われると、患者の意思が推定されるともいえます(そうすると、気管切開ができないということになりそうです。)。しかし、その段階においては、それは‟生命(いのち)あってのものだね”であり、奥さん(患者さん本人)も‟そこで死ぬよりも、言葉を失いながらでも生きる”ということを選択するということも当然考えられます。そのことをご主人に説明して気管切開を行うことに同意してもらう方向で対処するということになるのかもしれません。しかしそれでも、ご主人がそれ(気管切開)を頑なに拒否した場合には、医療者としては手出しができない可能性もあります。本当に難しい状況になってしまいます。