No.93/懲戒処分を公表する際に注意すべきこと

No.93/2022.8.1発行
弁護士 福﨑 龍馬

懲戒処分を公表する際に注意すべきこと
~①東京地裁平成20年12月5日判決、②大阪地裁平成23年9月15日判決を中心に~

1.はじめに

組織において、職員が非違行為(就業規則に違反する行為など)を理由に懲戒処分を行った場合、当該懲戒処分を行った事実を、組織内のネットワークに掲示したり、外部に向けて書面やインターネットを通して公表することがあります。これらは、組織の規律を守るために、また、被害者や社会に対して、組織が不祥事の再発を防止するために厳正に対応していることを示すために有用な選択肢と思われます。一方で、懲戒処分の公表は、懲戒処分を受けた者に対する名誉棄損と評価される場合もあり、慎重な判断が必要です。今回は、2つの裁判例を中心にして、懲戒処分の公表が違法とされないために気を付けるべきことを考えてみたいと思います。

2.東京地裁平成20年12月5日判決

(1)事案の概要

Xは、Y学校法人に雇用され、大学の教員を務めていましたが、Xは、Yの許可を得ないで、同時通訳業、語学講座の経営(土曜日だけ)、語学学校の講師(夜間のみ)などを務めていました。また、海外で同時通訳を実施する際には、講義を休講とすることもありました。Yは、平成19年3月29日、就業規則で懲戒事由に定める無許可兼業、職務専念義務違反に該当するなどとして、Xを懲戒解雇(諭旨解雇)とし、さらに、Yは、同日以降、1年間以上にわたってソフィア掲示板と称する学内の教職員が閲覧できる学内ネットワーク上の掲示板に、Xが就業規則に違反する行為により、懲戒処分として解雇された旨公示していました。これに対し、Xは解雇権の濫用であること、及び、懲戒処分の公表は違法であることを主張して、提訴しました。

(2)裁判所の判断

ア 懲戒処分の違法性

本判決は、Xの兼業は、YにおけるXの授業等の労務提供に支障を生じさせていないこと、及び、YはこれまでXが同時通訳業等を営んでいることを把握していながら、何ら問題としていなかったこと等の経過から、仮に懲戒事由に該当するとしても、本件懲戒は解雇権を濫用したものであり、違法であると判断しました。

イ 懲戒処分を公表したことの違法性

本件懲戒は無効であることは前記のとおりであり、それにもかかわらず、Yは1年以上にもわたって学内の教職員が閲覧できる学内ネットワーク上の掲示板に、Xが就業規則に違反する行為による懲戒処分として解雇された旨公示しているのであるから、Yの行為がXの名誉を侵害する不法行為にあたることは明らかであるとして、50万円の慰謝料請求を認めました。

(3)コメント

懲戒処分が違法となれば、当然、当該懲戒処分の公表も名誉棄損かつ違法と判断される可能性が高いです。懲戒処分を公表する以前に、当然のことではありますが、懲戒処分が法的に十分な根拠を有しているのか(労働契約法第15条、第16条の要件を満たすのか)、慎重な検討が必要といえます。さらにその上で、懲戒処分が有効であったとしても、懲戒処分の公表の仕方次第では、公表が違法となる可能性もありますので、今度は、公表の仕方についても慎重に検討する必要があります。

3.大阪地裁平成23年9月15日判決(Q大学事件)

(1)事案の概要

週刊誌にY大学の准教授であるXが同大学大学院R研究科において開催された新入生歓迎会の後、帰ろうとしていた女子学生(以下、「A女」といいます。)を自らの研究室に連れ込んでレイプをした旨の記事がXの実名入りで掲載されました。Y大学は、事実調査・審議を行った結果、Xの行為は大学の名誉または信用を傷つけ、また、大学の秩序、風紀または規律を乱したものとして、停職6か月の処分を行いました。さらに、Yは「懲戒処分の公表について」と題する書面を公表し、同書面には、事案の概要として、「被処分者が女子大学院生を自分の研究室に誘い、当該研究室において性交渉の事実を疑われるような状況を作っていたこと、このような行為は、たとえ過去の行為であったとしても、現時点において明らかとなった以上、Yにおいて教育研究上維持されるべき良好な環境及び秩序・風紀を著しく害したものであること、以上のことは社会通念から見ても、ましてや教育者として許されるものではなく、就業規則37条2項3号により6月間停職としたこと」が記載されていました。一方で、被処分者については、「R研究科准教授(男性・○歳代)」と記載されているのみでXの氏名は掲載されていませんでした。

(2)判決の内容

ア 懲戒処分の違法性

A女がXから交際を強要されたような事実も窺われないこと等からすると、停職期間としてはせいぜい3か月程度に留めるのが相当であるというべきであり、停職期間を6か月間とした本件処分は処分内容として重きに失し、Yの裁量を逸脱した違法があるというべきであるとしました。

イ 懲戒処分を公表したことの違法性

一方で、Yの行った懲戒処分の公表については、被処分者であるXの氏名を特定して行ったものではないこと、公表の内容についても、処分事由を要約して行ったに過ぎないものであるから、Xとの関係で不法行為に当たる余地はないものというべきである、と述べて懲戒処分の公表は違法ではないとしました。

(3)コメント

懲戒処分を公表するに際しては、その目的や必要性を十分に検討する必要があり、また、被処分者への名誉に対する配慮も必要です。社会的に影響のある事件への関与を理由に懲戒解雇となった場合等は、氏名の公表がやむを得ない場合もあり得るかもしれませんが、その判断は十分慎重に行われる必要があります。公表の有無が恣意的とならないよう、懲戒処分の公表の基準を定める社内規定等を設けることも有用かもしれません。 人事院「懲戒処分の公表指針」(平成15年11月10日総参―786)においては、原則として、懲戒処分の公表は「事案の概要、処分量定及び処分年月日並びに所属、役職段階等の被処分者の属性に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。」としています(当該事案の社会的影響等よっては別段の取り扱いもあり得る。)。事件の重大性や、社会的影響力、被処分者の職責等を考慮して、公表もやむを得ないと評価し得るような事案以外を除いては、極力、氏名などの本人特定事項の公表は差し控えたほうが良いでしょう。