No.89/身体拘束の適法性が問題となった裁判例(平成22年1月26日最高裁判決)

No.89/2022.7.1発行
弁護士 増﨑 勇太

身体拘束の適法性が問題となった裁判例

(平成22年1月26日最高裁判決)

第1 はじめに

社会全体の高齢化に伴い患者の高齢化も急激に進行する中で、患者の転倒、転落事故をいかにして予防するかは、医療現場でも頭を悩ませている問題と思われます。

特に、認知症等により落ち着かず、目を離すことができない患者に対する対応として行われてきたのが身体拘束です。 身体拘束については、平成13年3月に厚生労働省の「身体拘束ゼロ作戦推進会議」が「身体拘束ゼロへの手引き」を作成しており、医療機関・福祉施設における身体拘束をなくしていく動きが主流となっています。もっとも、患者の安全を確保するため、身体拘束を検討せざるを得ない場面も臨床現場では生じうると思われます。

本稿では、身体拘束が許容される判断基準を示した最高裁判決をご紹介するとともに、身体拘束の違法性を認めた最近の裁判例にも触れたいと思います。

第2 平成22年1月26日最高裁判決

1.事案の概要

患者Aさん(当時80歳)は、平成15年10月、変形性脊椎症、腎不全等と診断されてY病院外科に入院しました。Aさんは、別病院のトイレ内で転倒して左恥骨骨折の傷害を負っており、Y病院入院当初も腰痛により歩行困難な状態でしたが、徐々に軽快し手すりにつかまり立ちすることはできるようになっていました。 Aさんは、入院2週間後ころから、夜間に大声を出すなどせん妄症状が見られるようになり、また何度もナースコールを繰り返しておむつの交換を要求するようになりました。おむつが汚れていない旨の説明をしても理解せず、Aさんが1人でトイレに行って転倒したこともありました。

同年11月15日、Aさんは消灯後もナースコールを頻繁に繰り返し、おむつの交換を要求しました。看護師らが汚れていなくともおむつを交換するなどしてAさんを落ち着かせようと努めましたが、翌16日午前1時ころになっても、Aさんは車いすで詰め所に訪れるなどして要求を続けたため、看護師はAさんを詰め所に近い個室に移動させました。同個室で看護師らは、Aさんに声をかけたりお茶を飲ませたりして落ち着かせようとしましたが、Aさんの興奮状態は収まらず、ベッドから起き上がろうとする動作を繰り返したため、抑制具であるミトンを使用してAさんの両手をベッドの柵にくくりつけました。 看護師らは、午前3時ころ、Aさんの入眠を確認してミトンを外し、明け方ころに元の病室に戻しました。この際、Aさんがミトンを外そうとした際に生じたと思われる右手首皮下出血及び下唇擦過傷が確認されました。 その後Aさんは、身体拘束の違法性を主張し、Y病院に損害賠償を求めて訴訟提起しました(その後、訴訟係属中にAさんが亡くなったため、Aさんの子らが訴訟を承継しました。)。

2.裁判所の判断

最高裁は、以下の3つの観点から本件身体拘束の違法性を否定し、患者側の損害賠償請求を棄却しました。

① 切迫性:Aさんは、せん妄状態で、個室に移すなどしても興奮が収まらず、ベッドに起き上がろうとする行動を繰り返していた。Aさんが高齢で、転倒の経験もあったことからすれば、せん妄状態で興奮したままベッドから転落するなどして骨折等の重大な障害を負う危険性は極めて高かったといえる。

② 非代替性:看護師らは、約4時間にわたり、Aさんを落ち着かせようと努めたにもかかわらずその興奮状態は収まらなかったのであって、付き添いを続けることでAさんの状態が好転したとは考え難い。また、当直看護師3名に対し27名の入院患者に対応しており、長時間にわたりAさんに付きっきりで対応することも困難であった。また、腎不全のAさんに薬効の強い向精神薬を服用させることも危険であり、身体拘束以外にAさんの転倒転落を防止する適切な代替方法はなかった。

③ 一時性:本件抑制の態様は、ミトンによる両上肢のベッド固定であり、Aさんの入眠確認後は速やかに拘束を外したため拘束時間は2時間程度であったことからすれば、本件抑制行為は、当時のAさんの状態に照らし、転倒転落を防止する手段として必要最小限度のものであったということができる。

3.解説

最高裁が示した3つの判断基準は、前記「身体拘束ゼロへの手引き」に沿ったものです。同手引きでは、①切迫性(利用者本人又は他の利用者等の生命又は身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。)、②非代替性(身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと。)、③一時性(身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること。)の3つを身体拘束の要件として掲げています。

本事案では、3つの要件が具体的かつ詳細に認定されており、身体拘束を安易に認めたわけではない点は注意が必要です。本件の看護師らは、4時間にわたりAさんを落ち着かせようとするなど、身体拘束に至る前に相当の努力をしており、身体拘束後もAさんの入眠後すぐに拘束を解除できるよう注意を払い続けています。身体拘束の3要件に当てはまるか判断する際は、具体的な状況に応じて慎重な判断をすべきです。

また、看護師らが身体拘束に至った経緯やその後の経過を詳細に記録に残していたことが、違法性がないとの判断につながったと考えられます。やむを得ず身体拘束を行う場合は、どのような事実に基づいて上記3要件を満たすと判断したのか、カルテ等に詳細に記録しておくことが重要です。

第3 令和2年12月16日名古屋高等裁判所金沢支部判決

続いて、身体拘束の違法性を認めた最近の判決(令和2年12月16日名古屋高等裁判所金沢支部判決、以下「令和2年判決」といいます。)をご紹介したいと思います。

令和2年判決は、精神病により医療保護入院していた患者Bさんに対し、上下肢、肩及び体幹を約1週間にわたり拘束していたところ、拘束を原因とする急性肺血栓塞栓症によりBさんが死亡した事案です。

裁判所は、Bさんがしばしば興奮し、暴力に及ぶことがあったことも認めつつ、拘束開始時には興奮状態ではなく必要な診察行為もできていたことから、身体的拘束を必要とする危険性(切迫性)や非代替性は認められないとして、身体拘束の違法性を認め、Bさんの遺族に対する合計約3500万円の損害賠償責任を認めました。

本判決は、暴力行為等に及ぶこともあるBさんへの医療行為について「必要な場面において十分な人員を確保できない場合が生じることも想定される。」と認めつつ、「患者Bに対して必要な医療行為等を行うといった限定的な場面において、病院には、その都度、相当数の看護師を確保しなければならないことによる諸々の負担等が生じるとしても、身体的拘束は入院患者にとって重大な人権の制限となるものであるから、・・・患者の生命や身体の安全を図るため必要不可欠な医療行為等を実施するのに十分な人員を確保することができないような限定的な場面においてのみ身体的拘束をすることが許される。」との判断を示しました。

本件は、精神疾患の患者に対する強度の身体拘束に関する事案であり、身体拘束の要件には精神保健福祉法に基づき厚生労働大臣が定める基準(昭和63年厚生省告示第130号)が適用されることから、一般的な高齢者等に対する身体拘束よりも厳しい判断がされていると思われます。ただ、その点を踏まえても、裁判所の上記判断は、人員不足を理由とする安易な身体拘束は認めないという姿勢の表れとも考えられます。一般的な身体拘束についても、看護師らの見守りを含む代替手段で対応することが本当にできないのか、慎重な判断が求められているといえます。