No.90/人生最終段階(終末期)における医療と患者・家族(その6)

No.90/2022.7.1発行
弁護士 福﨑博孝

人生最終段階(終末期)における医療と患者・家族(その6)
(4.具体的な症例の検討(事案の検討) 事例②)

4.具体的な症例の検討(事案の検討)

(2)事例②

終末期医療における治療方針について、①患者本人の希望、②家族の意向、③医療者側の考え方に乖離がある場合(医療者側と患者・家族との意向に乖離がる場合、患者と家族との意向に乖離がある場合など)には、どういう対応をしたらいいのか分からなくなることがあります。 このような場合にはどうしたらよいのでしょうか。

【わたしの考え】

1.終末期の医療行為(人生の最終段階における医療・ケア)の意思決定について、救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~(平成26年11月)~(以下「3学会救急集中治療ガイドライン」)では、次のようにされています。

(1)患者に意思決定能力がある、あるいは事前指示がある場合

それ(患者本人の意思)を尊重することを原則とする。この場合、医療チームは患者の意思決定能力の評価を慎重に評価する。その際、家族らに異論のないことを原則とするが、異論がある場合、医療チームは家族らの意思に配慮しつつ同意が得られるよう適切な支援を行う。

(2)患者の意思は確認できないが推定意思がある場合

家族らが患者の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重することを原則とする。

(3)患者の意思が確認できず、推定意思も確認できない場合

家族らと十分に話し合い、患者にとって最善の治療方針をとることを基本とする。医療チームは、家族らに現在の状況を繰り返し説明し、意思の決定ができるように支援する。医療チームは家族らに総意としての意思を確認し対応する。

また、近時では、ACP(アドバンス・ケア・プラニング)やSDM(シェアード・デシジョン・メーキング、共同意思決定)が重視されるようになっていることを忘れてはなりません(ガイドラインもそのことを前提としています。)。ACPやSDМに従って患者本人の意思の確認をし、それでも患者本人の意思が確認できない場合には、家族らによる患者の意思の推定を試みることになります。なお、以上の点は、人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(厚労省 平成19年5月 ≪改訂≫平成30年3月)(以下「厚労省人生最終段階ガイドライン」)でもほぼ同じように考えられています。

2.本件事案においてもまず、(1)患者本人の意思と選択が尊重されなければなりません。もちろん、その前提としての十分なインフォームド・コンセント(以下「IC」)、さらにはSDМ(共同意思決定)が必要となりますし、また、家族等の意思を無視してよいわけでもありません。次に、(2)患者の意思が直接確認できない時でも、アドバンス・ディレクティブ(事前の指示書)、リビング・ウイル(生きている間に発行する遺言)があれば、それで当該医療行為時の患者の意思が明確になることがあります。しかしそれもない時には、「家族らが患者の意思を推定する」ことにならざるを得ません。そしてさらに、(3)患者の意思が明確でなく、その意思の推定もできない場合には、患者にとって最善の治療方針が取られなければならないということになりますが(医療行為の医学的有効性や有益性等の考慮)、この「患者にとっての最善の治療方針」は、「家族らと十分に話し合うこと」が前提となります。しかし、最善の治療方針というくらいですから、医療側の医療判断が重要であることに変わりはありません。

いずれにしても、‟家族等の意思や考え方”は極めて重要ということになります。したがって、治療方針に対する医療者側と家族の考えの乖離が生じた場合には、きちんと家族等との協議を重ねながら、そして、患者本人の推定意思を探り、患者にとっての最善の治療方針を導き出す必要がある、ということになります。

それでも、医療側と患者側との考え方に乖離がある場合には、「3学会救急集中治療ガイドライン」にある通り、「患者や家族らの意思は揺れ動くことがまれではないため、その変化に適切かつ真摯に対応することも求められる。医療チームで判断できない場合には、施設倫理委員会(臨床倫理委員会など)にて、判断の妥当性を検討することも勧められる。」ということになります。当該病院に設置された「施設倫理委員会」(名称は様々でしょうが、一般的には「臨床倫理委員会」)などの協議を求めるしかないということなのです。つまり、医療チームと患者家族との間に、臨床倫理委員会などの第三者的な立場の者が立ち、そこで両者の考え方の調整をする必要があるのです。

3.終末期の医療行為の意思決定について、医師が単独で行うことほど危ないことはありません(これまでの安楽死・尊厳死などが議論された刑事裁判の事例では、家族の要請があったにせよ、医師の単独の判断又はそれに近い状況での判断がなされています。)。少なくとも、医師・看護師・その他コメディカルなどを含めた医療チームにおいて、医療チームの総意としての終末期医療に関する具体的な意思決定をしなければなりません。もし少しでも疑問・問題点が解決できない場合には、必ず臨床倫理委員会で検討してもらうことが必要です。終末期の医療行為は、医療行為の差控え・中止を含むものであって‟人間の生死に関わるもの”であることを考えると、病院組織としての責任において最終判断をすることが必要になります(それによって、医師等個人の責任は回避され、病院組織全体で責任を負う体制をとることができるのです。)。 当然、それでも家族らとの考えの乖離が埋まらない場合には、家族らの考え方に沿う治療方針を続ける傍ら、継続的に家族との協議や説得を続けるしかないと思われます。特に、家族等の考えが医学的有効性や有益性に反するものであるときには、医療者としても困難な事態に陥ります。しかし、「患者の意思(家族等による推定意思)は医学的有効性・有責性」よりも尊重されるべきである」という考え方もありますから(ただし、そのような考え方が正しいかどうかは微妙です。)、医療者とすれば粘り強く、家族等を説得するしかありません。

4.なお、本設例に直接的に回答を与える判例・裁判例はないと思いますが、終末期医療の現場において延命措置等の方針を決定する医師の注意義務の内容を判示した裁判例として東京地判平成28年11月17日があります。この裁判例は、「本ガイドライン(終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン:厚労省人生最終段階ガイドラインの前の呼称)は法規範性を有するものではないが、終末期医療の方針決定における医師の注意義務を検討する上では参考になるものである。」と判示しています。つまり、ガイドライン自体は法規範性(法律と同じ性質)をもつものではありませんが、証拠としては高い証拠価値を有するものといっているのです(そのように判示した裁判例は多くあります。)。したがって、医療側(医療チーム)と患者家族との間の‟意思の乖離”と‟その考えのすり合わせ”の過程においても、このような診療ガイドラインに従った対応を行う必要があるのではないでしょうか(それによって違法性を免れることができることにもなります。もっとも、その判断経過やその過程を診療記録に記録しておかないと、それを証明する手段を失います。)。

いずれにしても、判例・裁判例の立場からしても、まずはガイドラインを十分に理解し、ガイドラインに従った対応が「患者にとっての最善の治療方針」といえるかどうかなどを、健全な倫理観(倫理感)と社会常識に従って判断することだと思います。