No.87/医薬品の添付文書の記載内容と異なる医療行為につき、医師の注意義務違反が肯定された事例

No.87/2022.6.15発行
弁護士 永岡 亜也子

医薬品の添付文書の記載内容と異なる医療行為につき、医師の注意義務違反が肯定された事例

(京都地裁令和3年2月17日判決)

1.事案の概要

患者X(本件事故当時29歳)はY病院血液内科にてPNH(発作性夜間ヘモグロビン尿症)の治療中であったところ、妊娠時にその増悪の可能性を指摘されたことから、Y病院産科での周産期管理を希望し、平成28年1月7日以降、同科で継続的に診療を受けていました。 患者Xは、4月4日から、血液内科において、PNH治療のためにソリリス(エクリズマブ)の継続的な投与を受けるようになりましたが、ソリリスの点滴後に気分不良や熱発などが生じたことはありませんでした。 患者Xは、7月31日~8月6日、出産のためにY病院に入院しました。 患者Xは、8月22日午前中、血液内科でソリリスの投与を受けました。すると、昼過ぎから悪寒、頭痛が発生し、その後発熱しました。

午後4時55分ころ、患者Xは産科に電話し、午前中にソリリスの投与を受けたこと、その後急激な悪寒があり、39.5度の高熱があること、帰宅する頃には乳房緊満が強度で硬結もみられたが、帰宅後急いで搾乳し、硬結は消失したこと、今は乳房の痛みや熱感はないこと、かぜの症状はないこと等を伝えました。 同電話に対応した助産師①は、医師の指示を求めることをせずに、感冒症状もなく、当日のエピソードから推測すると乳房由来の熱発が考えられるとし、患者Xに対し、乳腺炎と考えられるので、今晩しっかりと授乳をし、明日の朝になっても解熱せず乳房トラブルが出現しているようであれば電話連絡をするよう指示をしました。 午後6時すぎの時点で、患者Xの体温は40度を超えていました。その後も悪寒や嘔気は治まらず、つらさを訴え続ける患者Xの状況を見かねた母は、午後9時18分ころ、産科に電話しました。そして、患者Xの熱が40度から少し下がったものの、悪寒があり、発汗が著明で、その後寒気があり、起き上がれないため水分摂取ができず脱水であること、手のしびれがあること、体がつらいため授乳できず、搾乳したが、乳房熱感はさほど強くなく、発赤や硬結も見られないこと、吐き気があること等を伝えました。

同電話に対応した助産師②から相談を受けた産科医師が、救急外来への来院を指示したことから、患者Xは午後9時55分ころにY病院を受診しました。患者Xを診察した産科医師は、乳腺炎は否定的であること、血球減少や血球の左方移動等を認めていることから感染症や発熱性好中球減少症の可能性があること、ソリリスの副作用の可能性があること、項部硬直などは認めなかったが頭痛や発熱が初期症状であることから髄膜炎菌感染症の可能性があることを考え、午後10時45分ころに患者Xを血液内科に引き継ぎました。 引継ぎを受けた血液内科医師は、患者Xの当日の診療内容及びソリリスの添付文書の内容を確認したうえで、患者Xを診察しました。患者Xは、意識状態に問題はなく、意思疎通は問題なく行うことができており、移動には介助が必要であるものの、短い距離であれば介助なしで歩行できる状態でした。また、血液検査の結果も、WBC(白血球)・PLT(血小板)ともに基準値内でした。そこで、血液内科医師は、患者Xにつき、入院経過観察と決定しました。 翌23日午前4時25分、患者Xは全身に紫斑が出現してショック状態となり、午前10時43分に死亡しました。 翌24日、患者Xの細菌培養検査の結果が判明し、髄膜炎菌が同定されました。

2.裁判所の判断 <引継ぎを受けた血液内科医師の投薬義務違反について>

ソリリスの添付文書には、「重大な副作用」の項目に、「髄膜炎菌感染症を誘発することがあるので、投与に際しては同感染症の初期徴候(発熱、頭痛、項部硬直、羞明、精神状態変化、痙攣、悪心・嘔吐、紫斑、点状出血等)の観察を十分に行い、髄膜炎菌感染症が疑われた場合には、直ちに診察し、抗菌薬の投与等の適切な処置を行う(海外において、死亡に至った重篤な髄膜炎菌感染症が認められている。)。」との記載があり、「使用上の注意」の項目に、「投与により髄膜炎菌感染症の初期徴候(発熱、頭痛、項部硬直等)に注意して観察を十分に行い、髄膜炎菌感染症が疑われた場合には、直ちに診察し、抗菌剤の投与等の適切な処置を行う。髄膜炎菌感染症は、致命的な経過をたどることがある…」との記載がある。

…仮に、血液内科医師が、本件診察の時点で、髄膜炎菌感染症の疑いを有していた場合には、高熱、頭痛、嘔吐等の症状がみられたことをもって、細菌感染についても相応の疑いを抱いていたのであるから、添付文書に従って速やかに抗菌薬を投与すべき注意義務があったといえる。

また、仮に、血液内科医師が、本件診察の時点で、髄膜炎菌感染症を含む細菌感染の可能性はほとんどないと考えていた場合には、細菌感染の可能性がほとんどないと考えていたこと自体が不適切であって、客観的に髄膜炎菌感染症の疑いが認められた本件診察の時点において、細菌感染の可能性を適切に疑った上で、添付文書に従って速やかに抗菌薬を投与すべき注意義務があったといえる。

しかるに、血液内科医師は、前者の場合には細菌感染の可能性を疑いながら速やかに抗菌薬を投与せず、また、後者の場合には細菌感染の可能性について疑いを抱かなかったために速やかに抗菌薬を投与しなかったといえるから、いずれにしても速やかに抗菌薬を投与すべき注意義務に違反する過失があったというべきである。

3.まとめ

本判決は、血液内科医師の投薬義務違反のほかにも、助産師①の受診指示義務違反(医師の指示を仰がずに経過観察を指示したことの過失)を認定しましたが、助産師①の過失と本件患者の死亡との因果関係等については認めませんでした。一方、血液内科医師の過失と本件患者の死亡との間の因果関係については認めて、これによる損害賠償責任を肯定しました。

なお、病院側は、院内調査報告書及び医療事故調査・支援センター調査報告書において、「すぐに抗菌薬を投与するか経過観察をするかは、いずれもあり得る選択であり、いずれかが正しいというものではない」との見解が示されていることを根拠に、医師の裁量を主張していましたが、本判決は、「あえて添付文書と異なる経過観察という選択が裁量として許容されるというためには、それを基礎付ける合理的根拠がなければならない」としたうえで、本事例においては、「添付文書に従わないことを正当化する合理的根拠はない」と結論付けています。

また、病院側は、敗血症診療ガイドラインを指摘して、同ガイドラインでは、「全身の紫斑、血圧低下、意識状態の低下などの症状を認めてから1時間以内に抗菌薬を投与する治療」が推奨されており、そのとおりの治療を行っている旨主張していましたが、本判決は、「同ガイドラインは敗血症一般を対象にしたものであり、ソリリスの投与中に発生する髄膜炎菌感染症の場合にはそのままには妥当しない」、「ソリリスを投与しているケースにおいては、敗血症一般のガイドラインではなく、ソリリスの添付文書の警告に従って行動することが求められる」と結論付けています。

本判決は、添付文書の記載内容を前提に、医師の注意義務違反の有無を判断するものであり、添付文書の記載内容の重要性を再認識させられるものです。まずは、添付文書の記載内容をしっかりと理解して、これに基づく医療行為を行うべきことが大原則となりますが、もし仮に、添付文書の記載内容と異なる医療行為を行おうとする場合には、その選択の合理性を根拠づけられるだけの十分な医学的知見等が必要となりますので、そのことを日頃から意識しておくことが肝要です。