No.84/医師がなすべきインフォームド・コンセントの一部を看護師が代わりに担ったことで、 医師の説明義務違反が否定された事例

No.84/2022.5.16発行
弁護士 永岡 亜也子

医師がなすべきインフォームド・コンセントの一部を看護師が代わりに担ったことで、

医師の説明義務違反が否定された事例(大阪地裁平成19年9月19日判決)

1.事案の概要

A(昭和14年生)の実弟Bは多発性骨髄腫に罹患しており、造血幹細胞移植の目的で、平成13年6月14日にY1病院血液内科に入院しました。 同月19日、Aは他の血縁者とともに、Y1病院においてHLA抗原型の検査を行いました。その結果、AとBはHLA型が同一の姉弟であると推定されました。 7月10日、AはY1病院において、ドナー適格性を判断するための各種検査・問診を受けました。その結果、Aにドナー適格性が認められたことから、Y2医師は、A及びX(Aの夫)に対し、①移植の方法として骨髄移植と末梢血幹細胞移植とが存在すること、②骨髄移植の治療法、危険性、安全性等、③末梢血幹細胞移植の治療法、危険性、安全性等を説明しました。さらにY2医師は、A及びBの家族に対し、Bの場合は、骨髄移植を行うよりも末梢血幹細胞移植を使用した方が安全性が高いと推測されるとの説明を行いました。 8月20日、Bの家族から、Aがドナーになることを承諾したと聞いたY2医師は、同月28日に、同種末梢血幹細胞ドナー登録センターにAのドナー登録申請書を送付しました。 9月6日、Aは、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子製剤)を投与して末梢血幹細胞を採取する目的で、Y1病院に入院しました。Y2医師は、Aがその前日に風邪の診察を受けていたことから、血液検査を行い、炎症反応がないことを確認したうえで、予定通り末梢血幹細胞採取を行うことを説明しました。そのうえで、入院後の医療行為等の内容を記載した入院診療計画書の末尾にAの署名を得ました。 Aは、入院後、幹細胞採取という手法を理解しておらず、未知の経験であることや、同手法による有害事象や副作用の有無、入院直前に風邪気味等の体調不良があったため、末梢血幹細胞採取等に影響しないか、退院後のケアーはどうなっているのか等といった不安を持っており、Y1病院の看護師らに対しても不安を口にしていました。これに対して、Y1病院の看護師は、現在のAの状況と白血病の違いについて説明するとともに、アフェレーシス中は医師と看護師が同席する旨の説明をしました。 同月10~11日、Aは末梢血幹細胞の採取を受け、翌12日にY1病院を退院しました。このとき、Y1病院の看護師はAに対し、体に異常を感じたときは早期に受診をし、その際、Y1病院にて同種末梢血幹細胞移植をしたことを告げるよう説明しました。 平成14年11月21日、Aは急性骨髄性白血病のため、Z病院に入院しました。その旨の連絡を受けたY2医師は、同種末梢血幹細胞ドナー登録センターに対し、Aの事例を重篤な有害事象発症例として報告しました。 Aは、平成14年12月1日、急性骨髄性白血病により死亡しました。

2.裁判所の判断

・・・一般に診療ガイドラインは、作成時点で最も妥当と考えられる手順をモデルとして示したものであることが認められ、具体的な医療行為を行うにあたって、ガイドラインに従わなかったとしても、直ちに診療契約上の債務不履行又は不法行為に該当すると評価することができるものではないが、当該ガイドラインの内容を踏まえた上で医療行為を行うことが必要であり、医師はその義務を負っていると解される。 同種末梢血幹細胞移植は、平成12年4月の診療報酬改定で健康保険適用が承認され、ガイドラインも策定されたが、同年3月下旬に有害事象が発生したため、同年7月にガイドラインの改訂がされたものであるところ、改訂後のガイドラインにおいて、末梢血幹細胞を採取するためには、ドナーに対し、G-CSFを投与する必要があるが、その短期及び長期の安全性について十分認識されていないことから、同種末梢血幹細胞移植の概略を説明した上で、G-CSF投与及びアフェレーシスの目的、方法、危険性と安全性について詳しく説明し、文書による同意を得るようにすること、その際、G-CSF投与後の短期及び長期の安全性調査(フォローアップ制度)を実施し、調査への協力を依頼することなどが定められている。 しかるに、Y2医師は、AやX(Aの夫)に対し、ドナーの安全性を確保するための制度として設置されたフォローアップ制度について、その目的等を説明せず、単に年1回の定期検査があるとの説明及びBに面会に来た際に声をかけてくれれば血液検査を行う旨を告げたにすぎず、Y2医師の説明内容は、ドナーの安全性確保というフォローアップ制度の趣旨、目的を適切に伝えたものであるとはいえず、本件ガイドラインを踏まえた説明をしたとは認められない。・・・よって、Y2医師には、上記の点について説明義務違反が認められる。 X(Aの夫)は、他に末梢血幹細胞移植についての説明が不十分であったことなどの説明義務違反やガイドライン遵守義務違反を主張するが、・・・Y2医師は、7月10日及び9月6日に、Aに対し、骨髄移植や末梢血幹細胞移植の治療法、危険性、安全性等の説明や、入院診療計画書によって入院後の医療行為等の内容を説明しており、同種末梢血幹細胞移植に関して説明どおりの投薬、アフェレーシスの実行を行っていること、Y1病院の看護師らは、AやX(Aの夫)からの質問に対して適切な回答をしてAの不安を取り除く努力をしていることが認められるところであって、Y2医師の行った医療行為には本件ガイドラインの内容と齟齬する部分もあるが、Y2医師の過失ないし注意義務違反と評価できるほどのものは認められない。

3.まとめ

本判決は、医療行為に先立ち、診療ガイドラインの内容を踏まえた説明(フォローアップ制度の趣旨、目的に関する説明)を行わなかった医師の説明義務違反を肯定したものであり、診療ガイドラインの重要性を再認識させるものです。 なお、Y1病院やY2医師は、長期フォローアップ制度の説明を行わなかったのは、年1回の定期検査がある旨の説明に対してAが同検査を断ったためである旨主張していましたが、本判決は、仮にそのような事実が存在するとしても、それは、Y2医師の説明内容が、フォローアップ制度の重要性等を適切に伝えるものではなかったことに起因すると認められるとして、そのことにより、Y2医師の説明責任を免れるものではないと結論づけています。 これに対して、本判決は、末梢血幹細胞移植自体についての説明義務違反については否定しました。その理由として、本判決は、Y2医師が骨髄移植や末梢血幹細胞移植等について一応の説明を行っていることに加えて、Y1病院の看護師がAやX(Aの夫)からの質問に対して適切な回答をしていることを指摘しています。 しかしながら、本来は、AやX(Aの夫)の質問や不安を受け止めて必要適切な回答をすべきは、Y2医師であったはずです。医師のインフォームド・コンセントは、医師から患者に対して一方的に行えば足りるようなものではなく、医師と患者の対話の中でこそ、その充実度を増すものであると考えられます。本事例では、Y2医師がなすべきインフォームド・コンセントの一部を、Y1病院の看護師が代わりに担ってくれていたようですが、もし、この看護師の対応がなかったならば、末梢血幹細胞移植自体の説明義務違反についても、肯定されていたかもしれません。 医師の皆さんは、日頃から、患者との対話を大切にして、充実したインフォームド・コンセントの実践に努めることが肝要です。また、看護師の皆さんには、医師がなすべきインフォームド・コンセントを支え補完する役割が求められているという意識を持って、できる限り、医師と患者の対話の橋渡しをしていただくことが望ましいと考えます。