No.81/看護師のHIV感染情報を本人の同意なく職員間で共有したことが不法行為と認められた事案

No.81/2022.5.6発行
弁護士 増崎勇太

看護師のHIV感染情報を本人の同意なく職員間で共有したことが不法行為と認められた事案
(福岡地裁久留米支部H26.8.8判決)

はじめに

今回ご紹介するのは、看護師がHIVに感染したとの情報を本人の同意なく院内の一部職員間で共有したことが、プライバシーを侵害する不法行為にあたるとして、看護師から病院に対する損害賠償請求が認められた事案です。 HIV等の感染症について、患者の感染情報が秘匿性の高い情報であることは言うまでもありませんが、一方で感染情報を院内で共有することが感染拡大防止のために必要な場合があります。そのため、院内職員の感染情報をどのように取り扱うかは非常に難しい問題です。本件では、感染情報を院内で共有することについて本人に事前の同意を取ることができたにもかかわらず、これを怠って情報共有したことが違法と判断されました。本件事例を参考として、感染情報の取り扱いを再度ご確認いただければと思います。

第1 事案の概要

原告Xは、看護師としてY病院に勤務していた人物です。 Xは、平成23年6月頃、目の異常を感じたことから勤務先のY病院で医師の診察を受け、当初は梅毒の疑いとして大学病院に紹介されました。そして、Xは同年8月8日、大学病院においてHIV感染症の確定診断を受けました。 大学病院でXを診断した医師は、紹介元であるY病院のA医師に対し、XがHIV陽性であることを伝えました。連絡を受けたA医師は、Y病院の副院長にXがHIVに感染していることを伝え、その後Xの感染情報はY病院の院長、看護師長、看護部長、事務長に伝達されていきました。 同月22日には、副院長、看護師長、看護部長、事務長がXと面談し、Xのウイルス量が高く感染リスクがあるため仕事を休んでもらいたい旨を伝えました。Xは、副院長らがHIV感染の事実を知っていることを不審に思い、「大学病院の主治医から働くのに支障はないといわれている」などと主張しましたが、翌23日からは病欠扱いで欠勤しています。そして、同年11月末日付で病院を退職しました。 その後、Xは、本人の同意なくHIV感染情報を他の職員に共有したことやHIV感染を理由に就労を制限したことは不法行為であると主張し、Y病院に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。

第2 裁判所の判断

(1)HIV感染情報の共有について

裁判所は、個人情報の利用をその利用目的の範囲内に制限する個人情報保護法15条、16条等を根拠に、感染情報の目的外利用も本人の事前の同意がない限り許されないとしました。そして、XがHIVに感染しているという情報は、その診療に関して得られた情報であって、Xに対する医療の提供等の範囲でのみ利用すべきであり、労務管理目的で利用することは許されないと判断しました。 そして、Xの診療に関与していない看護師長、看護部長及び事務長にXの感染情報を伝達したことは、診療目的の範囲に含まれず、Xの労務管理(休業の要請)が目的であったといえるから、個人情報保護法が禁止する個人情報の目的外利用に当たると判断しました。 これに対し、病院側は、感染防止を目的とする労務管理のために感染情報を共有する必要性は極めて高く、またX自身も医療従事者として感染情報を病院に報告する義務があったと主張していました。
しかしながら裁判所は、Xの主治医が業務上患者に感染させるリスクは極めて低いのでHIV感染を病院の上司に報告する必要はないと述べていたことや、事前にXの同意を得ることは十分可能であったにもかかわらずこれを得ないまま情報共有がされたことなどを指摘し、病院の主張を排斥しています。

(2)Xに対する休業指示について

裁判所は、医療従事者がHIVに感染した場合であっても、大多数の医療行為においては患者にHIVウイルスを伝染させる危険はないという見解を指摘し、Xについても配置転換などによって患者への感染を防止しつつXの就労を継続する方法を検討すべきだったのであって、そのような措置を検討することなくXの就労を制限したことは正当な理由を欠くと判断しました。

(3)損害額

裁判所は、Xが感染情報の目的外使用によりプライバシーを侵害され、また正当な理由によらず就労を制限されたとして、休業損害および慰謝料として病院側に115万6076円の損害賠償義務を認めました。なお、第一審判決後、病院側は控訴しましたが、控訴審(福岡高判平成27年1月29日)は不法行為の成立について第一審の判断を維持し、損害額については61万6076円に減額して認定しました。その後、上告不受理により高裁判決が確定しています。

第3 コメント

(1)個人情報保護と院内感染対策の関係

本件判決は、病院の損害賠償責任を認めましたが、感染対策のために感染情報を院内で共有することを必ずしも否定するものではありません。本判決は、患者の事前の同意を得ることなく情報共有がされた点を問題としています。 本件事例では、病院側はあくまで医師と患者としての関係(診療目的)に基づいて原告の感染情報を取得しています。このような医師と患者の関係(診療目的)を超えて、原告を休業させるという労務管理目的で感染情報が共有されることは、個人情報保護法や医師の守秘義務に抵触し違法であるというのが裁判所の判断です。 では、仮に感染者が感染情報の共有に同意しなかった場合、感染情報の共有は不可能となるのでしょうか。

控訴審判決は、個人情報保護法第16条3項2号が、人の生命、身体または財産の保護のために必要であって、本人の同意を得ることが困難である場合に、本人の同意によらない個人情報の目的外使用を認めていることに言及しています。

この点を踏まえれば、判決で直接述べられてはいないものの、感染拡大防止のために感染情報の共有が必要であるにもかかわらず、感染者が情報共有を明確に拒絶している場合などでは、本人の同意を得ることが困難であるとして、個人情報保護法第16条3項2号に基づき本人の同意なく感染情報の院内共有をすることが認められる可能性が高いと考えられます。

(2)ガイドライン等が病院に求めている感染防止策等

なお、厚生労働省が公表している「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」では、医療機関における感染防止について「医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き」等を参考にするよう求めています。同ガイドラインでは、 HIV抗体陽性の血液等の暴露発生に備え、HIV抗体の緊急検査や専門医相談のための連絡網などをあらかじめ決めておくこと、血液等暴露発生時には被暴露者は直ちにHIV専門医もしくは院内感染担当者に予防内服の相談をすることなどが記載されています。

これらのガイドライン等の定めからしても、院内でHIV感染者が発生した場合に適切な情報共有をすることが求められていることは間違いありません。ただし、診療行為の中で感染が発覚した場合は、感染情報を共有することについて、まずは患者自身に対するインフォームドコンセントがしっかりなされることが重要です。