No.62/職場でのハラスメント(組織で働く人たちが知っておくべきこと!) その7

No.62/2021.11.15発行
弁護士 福﨑博孝

職場でのハラスメント(組織で働く人たちが知っておくべきこと!) その7
- 働きやすい職場をつくるために(最後に) -

7.働きやすい職場をつくるために(最後に)

(1)某病院でのパワハラアンケートの結果

2020年(令和2年)8月、某病院の職員約1000人(医師・看護師その他コメディカル、事務職員など)に対しパワハラアンケートを実施し、約600人からの回答がありました。そこでは、回答者の約20%の人がパワハラを経験し、約30%の人が職場でのパワハラを目撃したと回答しているのです。 そしてさらに、そのパワハラの類型を問うと、その全体の割合は、身体的攻撃が4%で、その他の精神的攻撃等が合計96%となっています。パワハラとしての身体的攻撃(暴行・傷害)では、当該行為者が意図的(故意をもって)に行うことは間違いないことなのですが、精神的攻撃等は当該行為者が‟意図していない”(‟パワハラになっていることを意識していない”、‟故意がない”)場合が多いという現実があります。すなわち、パワハラ、セクハラ等のハラスメントは、その多くの場合において、職員が意図せずに(故意ではなく)犯してしまう違法行為の典型でもあるのです(これは、一般職員・幹部職員を問いません)。要するに、パワハラやセクハラ等のハラスメント行為者(ハラッサー)のうちの比較的多くの人は、自らがハラスメントを行っていると自覚できていない(自覚できていない)可能性があるのです。

(2)ますます重くなるパワハラ行為者の責任

しかしそれでも(行為者がパワハラと認識していようがいまいが。故意があろうがなかろうが。)、このような加害行為をパワハラ防止法等の法律で規制してしまった以上、それに違反した職員(行為者)に対する事業者の処分(懲戒処分等)は重いものとせざるを得ません。また、被害者から行為者への刑事告訴や損害賠償請求などの民事的対応がこれまで以上に増えてくることが考えられます。いずれにしても、ハラスメントの行為者に対しては、当該行為がそれを意図していなかったとしても、‟事業者がこれまでにも増して厳しい対応(重たい懲戒処分等)をとらざるを得なくなること”や‟社会からの風当たりもひどくなってくること”を、職員自身が十分に銘記しておく必要があります(「その1」でご紹介したILOのハラスメント禁止条約が世界の今のトレンドであることを銘記しておいて下さい。)。 パワハラ、セクハラ等のハラスメントは、職場での人間関係を破壊し、職場環境を劣悪化させます。劣悪化した職場環境での就労は、そこで働く職員らの精神(メンタル)を蝕んで追い詰めていきます。そこに長時間労働などの悪条件が加わると、職員の精神は病むに至り、それこそ自死(自殺)や過労死にいざなわれることさえもあります。職場で働く職員すべてがそのことを想像し自覚しておかなければ、働きやすい職場の実現など望むべくもないのです。

(3)パワハラにならない方法による指導・教育・管理を行う必要性

むかし、‟親の子に対する折檻”や‟教師の教え子に対する体罰”が、「愛のムチ」と言われてほとんど許容されているかのような時代がありました。しかし現代社会においては、これらが許容されることはあり得ず、欧米と同じように犯罪とされて刑事摘発されることも覚悟しなければなりません。同じように、上司の部下に対するパワハラ的な教育・指導・管理は、上司の部下に対する「愛情の表れ」等と考える傾向はほとんどなくなりつつあります(「情熱的な教育・指導・管理」と「パワハラ的な教育・指導・管理」とは異なるものと考えておかなければなりません。パワハラはあくまでも‟上司の部下に対する許されない行為”とされているのです。)。 そして、パワハラ禁止・撤廃が進む中で、各企業や組織は、上司の部下に対する教育・指導・管理が‟どうあるべきなのか”について、その苦衷の中にあるようです。もちろん暴力は使ってはいけませんが、「怒鳴って叱って指導する」「強く叱って指導する」「時間をかけてしつこく叱りながら指導する」などという上司の部下へのアプローチが「パワハラ」とされかねない「パワハラ防止法」の下で、企業や組織の上司は部下をどう教育し指導し管理していけばいいのか。そして、その企業や組織のいまの苦衷こそが、これまで日本の社会にパワハラ防止法が成立しなかった理由や背景でもあったのです。

(4)‟コミュニケーションを前提とした指導”、‟やむを得ない業務命令・人事評価・懲戒権行使”へ

しかし、事業者には、「業務命令権限」、「人事権限(人事評価権)」、「懲戒権限」、「普通解雇権限(勤務成績不良・協調性の欠如・業務命令不服従・精神疾患など)」などがあり、その一部を上司は部下に権限行使することが可能であるといえます。また実際に、いまでも上司は部下に対し(無意識ではあっても)その権限行使をしているはずです(もちろん、これらの権限を濫用することは厳に慎まなければなりません)。したがって、これから先の上司が部下を教育して指導して管理していくためには、パワハラ的な教育・指導・管理を避けて、コミュニケーションを重視した対話型の指導を行い、そしてそれと伴に、それこそやむを得ない場合においては、これらの権限を背景とした教育・指導・管理が必要になるものと思われます。 すなわち、声を荒げず、怒鳴りもせず、強く怒ることもせず、強く叱ることもせず、感情を表に出さずに、冷静にしかも淡々と、部下との間のコミュニケーションを重視した対話型の指導を行い、そして、その部下のことを思いやりながら教育し指導し管理をしていくことになりますが、そのような教育・指導・管理に部下が従わない時には、業務命令を発令しなければなりませんし、また、人事評価に反映しなければなりません。さらにそれでも、上司の指示に従わない時には、懲戒処分もあり得ますし、常識的な言動が不可能な部下であるときには普通解雇も許される場合もあり得ます。 このように考えると、上司が部下を教育し指導し管理するときに、声を荒げることも、怒鳴り散らすことも、強く怒ることも、強く叱ることもその必要性はないとはいえないでしょうか。「感情的にならずに淡々と常識的な言動で説明して説得し、その指示・指導に従ってもらう。」、「しかしそれがダメなら、やむを得ないので、『あなたのリスク(人事評価、懲戒処分等)になります。そのつもりで。』」ということでいいのではないでしょうか。もっとも、このようなやり方を採る以上、公平公正で厳格な人事評価、私情を差し挟まない適正な懲戒手続の実践が強く求められることも忘れないで下さい。

(5)パワハラの定義を常時意識しながら、自らの言動を常にかえりみること

職場からパワハラを放逐するためには、‟自らの言動がパワハラになっていないかどうか”を普段から意識する必要があります。‟自らの言動が部下を育てる目的で行われているのか否か、それとも感情に流された言動になっていないか”、‟言動の目的は正しくとも、それが行き過ぎてはいないか。感情的になってはいないか”、‟その言動が部下の人格を否定するものになってはいないか”、‟自らの言動が正当なものという思い込みはないか”などを、常にパワハラの定義や指針の例示を意識しながら、その自らの言動をかえりみることが必要なのです。