No.61/病院職員間のパワハラについて、病院に対する損害賠償請求が認められた事例

No.61/2021.11.15発行
弁護士 永岡 亜也子

病院職員間のパワハラについて、病院に対する損害賠償請求が認められた事例

(東京地裁立川支部令和2年7月1日判決)

1.事案の概要

原告(昭和35年生)は、平成17年に本件病院(公立病院)の職員として任用され、平成25年に事務部医事課長に就任しました。その後、平成28年10月から平成29年2月にかけて、原告はA事務次長からパワハラを受けました。これに対して、B事務長・C庶務課長が適切な対応を採ることはなく、その結果、適応障害・睡眠障害等を発症した原告は、本件病院に対して、A事務次長のパワハラについて国家賠償法上の損害賠償を、B事務長・C庶務課長の安全配慮義務違反について債務不履行に基づく損害賠償を求めて、提訴しました。

2.裁判所の判断(東京地裁立川支部令和2年7月1日判決)

(1)A事務次長のパワハラについて

一般に、パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいい、この限度に至った行為は、国賠法上も違法と評価すべきである。 本件で、A事務次長は、原告の直属の上司であり、両名の会話の録音反訳におけるやり取りの内容や、このときの双方の態度に鑑み、A事務次長が原告の報告を受け、助言をするような優位の立場であったことは、明らかである。

① 事務部調整会議内での発言1について(平成28年10月28日)

発言1の内容は、原告が嘘つきである、偉そうに言っているからむかつくなどと叱責ないし罵倒するものであって、ペンで机を叩く動作も交えられたものであった。加えて、他の管理職が居合わせる会議の最中に、14分間近くにわたって厳しい叱責や侮辱的な発言をし、B事務長が文書での提出を命じて締め括ろうとした後も、さらに非難を続けたのであり、このような発言1の内容や態様からすると、発言1は、業務上の必要性を超え不必要に原告の人格を非難するに至っているものと認められる。

② ミーティングルーム内での発言2について(平成28年11月10日)

A事務次長の発言のうちには、報告書の記載に対する指摘や問い質し、管理職としての態度に対する注意を意図する部分も含まれるものの、「何一つ出来もしない一番程度の低い人間」、「人として恥」、「嘘つきと言い訳の塊の人間」、「生きてる価値なんかない」などという罵倒を含むに至っており、これらの発言は、個別の行為や業務態度に対する具体的な注意という範疇を超えて、人格全体に対する攻撃、否定に及んでいる。また、A事務次長の叱責及び罵倒は、机を叩く威圧的な動作も交え、報告事項と無関係な事柄も引き合いに出しつつ、約40分間という長時間に及ぶものであった。

③ 事務部調整会議内での発言3について(平成28年12月9日)

A事務部長は、この日の会議に患者満足度調査の集計結果が出されなかったことにつき、「なめてるのお前。」、「何でおめーみていな馬鹿のため謝んなきゃいけねーんだよ。」、「責任とってないの。よくよく考えた方がいいんじゃねえか。」などと発言した。しかも、発言3は、机を叩く動作を交えつつ、他の管理職の居合わせる会議の場で、約10分間にわたってなされたことにも鑑みると、発言3は、合理的理由なくなされた罵倒で、態様としても明らかに社会的許容限度を超えていると評価すべきであり、業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与えるものである。

④ 事務室内での発言4について(平成28年12月9日)

発言4におけるA事務次長の発言は、原告が患者満足度調査に関する資料を提出しようとするのを遮って、報告と無関係の事柄を持ち出して仕事ができないと詰り、「こんな馬鹿でもできることすらも。ていうか責任感ないよね」、「切っちゃうからいーけどさ。そーいうことは未来なくすからいいけど」、「最低だね。人としてね。で、一個は言い訳と嘘をつきっぱなしだよ」などど、業務上の能力や態度に対する注意としての限度を超え、人格否定にも及ぶ著しく侮辱的な内容や、脅しを含めた内容を述べるものであり、特にMAの出退勤管理の部分については、原告のわずかな返答にも長い非難を連ね、一方的に罵ったと評価すべき態様である。発言4は、A事務次長と原告の2名のみのやり取りであり、時間は約15分間と、2名のみのやり取りのうちでは比較的短時間であるが、発言がなされた場所は事務室内の事務次長席であり、他の管理職や、原告より下の地位の職員が多数在席する中であった。このような中で、業務上叱責の必要性が認められないにもかかわらず、人格否定にも及ぶような言葉を含めて、管理職としての資質や姿勢を否定するような叱責の仕方をされていることからすると、これは業務の適正な範囲を超えて、原告に精神的苦痛を与えるものに他ならない。

⑤ ミーティングルーム内での発言5について(平成29年1月24日)

A事務次長は、発言5において、原告について「失格」、「失格者」と繰り返し、「一体君は嘘つくのが8割うそつきなんだから、2割の本当は何なんだ」、「人として恥ずかしくねーかよ」、果ては「精神障害者かなんかだよ」などと、資料に関する指摘とはかけ離れ、原告の人格を否定する言葉をあからさまに並べている。その他にも「テメーの言うことが誰が聞くんだ馬鹿」、「俺から見るとぶっ飛ばしてーよ」、「何様なんだよ」などという侮辱的にすぎる発言や、「下がるか、この病院から去って欲しいよ。そこの根本的なところがわからない人間はもう失格なんだよ」、「お前なんかだれも課長だと思っちゃいねえぜ」、「誰もお前には期待していない」と、劣等感を煽り、暗に降格を促すような発言をしている。これらは、約50分間もの長時間にわたり、かつその大半において、A事務次長が一方的に原告を責め続けるという態様のものであって、業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与える行為であることは明らかである。

⑥ ミーティングルーム内での発言6について(平成29年1月26日)

発言6において、A事務次長は、「お前は本当にひどい人間だね。俺こーんな最低な子と思わなかったよ。」、「お前の人間性って全然甘い」、「うそつきなんじゃないの。君は、いつも嘘をついてきてんじゃないの」、「言い訳と嘘の塊」と発言しており、これらも、共用ディスク整理の方針検討や、それに関する管理職としての資質に関する注意という域を超え、性格や人間性といった、人格の否定に至る言葉である。さらに、A事務次長は、「全然わかってないよ。あまいよ。何様なんだよ。世の中なめてんじゃねえよ。馬鹿野郎」、「嘘ついてるんですか。そうやって。追い詰められれば、すぐ、そういう嘘をつく。」、「ただ課長としての仕事しろよな。やんなかったら懲戒分限処分てのをかけるからねよ。どんどん。」など、罵倒や脅しというべき言葉を交え、約54分間にわたって、原告を一方的に責め続けた。

⑦ ミーティングルーム内での発言7について(平成29年2月27日)

A事務次長は、発言7において、「一回、精神科行ったらー」、「病気なんじゃねーの」、「人として信じられないんですけど。あなた自身が。その狂い。」、「わりいけど病気なんかもしれんけど、そういうのはできない子かもしれんけど、迷惑なんだよー。」と発言しており、これらが業務上必要な注意の域を超えた人格否定であることは明らかである。さらに、それにとどまらず、「わからない脳みその中身なの。」、「お前は悪いけどD以下」などという侮辱的な発言、「できないなら、できないって言ってくれよー。自分で降りてくれよ頼むから」、「本当に迷惑、頼むから降格処分してくれよ」、「来年1年たったら、自分で出せ」などと、発言5以上に強く降格を促すような発言を含め、約1時間にわたって強い語調で、一方的に暴言を浴びせかけた。

⑧ まとめ

A事務次長の発言1ないし発言7は、いずれもパワーハラスメントとして、国賠法上違法な行為であると認められる。

(2) B事務長・C庶務課長の安全配慮義務違反について

一般に、使用者は、従業者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。そして、使用者に代わって従業者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従って、その権限を行使すべき義務がある。 B事務長は、事務長として、病院の事務を掌り、所属職員を指揮監督する職責を有しており、原告の上司の立場であるほか、事務部でのハラスメント防止の責任者でもあった。このことからすると、B事務長は、使用者に代わって従業者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者であった。 B事務長は、A事務次長の原告に対するパワーハラスメント行為の少なくとも一端を目の当たりにし、状況を認識していた。したがって、B事務長としては、原告の負荷軽減のために然るべき措置をとるべきであったにもかかわらず、そのことについて注意や制止をすることはなく、原告の休職以前に何らかの対応を採った様子も見当たらない。これは、上記の安全配慮義務に反するものというべきである。 さらに、B事務長は、原告の休職後も、A事務次長に対して、この時代ではこの言葉を使うとパワハラという風に取られてしまうという、具体性を欠く不十分な注意をするにとどまっており、原告の復職に当たっても、A事務次長の行動を何ら制限せず、原告の行動のみを制限した。これは、復職に当たって適切な環境を整えるという観点からの安全配慮義務に違反した行為である。 他方、C庶務課長は、庶務課の所属職員を指揮監督する立場であり、他の課の課長である原告に対し、安全配慮義務を負う立場にはない。

3.まとめ

パワーハラスメントについて、使用者の使用者責任や安全配慮義務違反が問われる事例は少なくありませんが、本事例は病院職員間のパワハラに関するものであり、病院においても、パワハラは無縁のものでないことがお分かりいただけると思います。 本事例におけるA事務次長の発言がパワーハラスメントに該当することは明らかだと思われますが、そこまでには至らないにしても、部下等(部下に限らず、同僚や上司であっても、職場内の優位性が認められる相手に対しては、パワハラが成立しえます。)に対して、本裁判例で具体的に摘示されているパワハラ発言に近い発言や態度等をとってしまったことはないでしょうか。ぜひこの機会に、職場内での日頃の発言・態度や、部下等への接し方を見つめ直していただき、その結果、少しでも改善すべき点に思い当たった場合には、その改善を心がけてみてください。 また、病院としては、万が一にもハラスメントが起こらないように、研修等の未然予防の措置をとることも重要ですが、それでもなお、ハラスメントが生じてしまった場合には、それに対する必要かつ適切な措置をとることが何よりも肝要です。そのための相談・対応体制等の整備・構築は、しっかりと行っておく必要があります。