No.63/公益通報者保護法とその改正について(その1)

No.63/2021.12.1発行
弁護士 増﨑勇太

公益通報者保護法とその改正について(その1)

-法の概要と改正の内容-

公益通報者保護法とは、労働者が勤務先で‟犯罪行為又は罰則付きの違法行為”が行われていることを自社又は関係機関等に通報(公益通報)した際、通報者が不利益を被ることがないように保護することを目的とした法律です。 公益通報者保護法は、平成16年6月に制定され令和2年6月8日に改正されています。改正法では、労働者の保護範囲を拡大したほか、事業者に内部通報体制を整備する義務を定めました。改正法は公布から2年以内(令和4年6月まで)に施行されることとなっており、医療機関その他組織においても改正法に対応する準備をする必要があります。 今回(その1)は、この公益通報者保護法及び改正法の概要を紹介させていただきます。

第1 公益通報者保護法の概要

1.公益通報の定義

公益通報とは、労働者(改正により役員や退職した労働者も含まれます。)が、勤務先又は勤務先の役員、従業員等が特定の法に違反する行為を行っていること、あるいは行おうとしていることについて通報することをいいます。 通報の対象となる違法行為について、公益通報者保護法は400以上の法律を指定し、広く通報の対象としています。医療機関が関係しうる法律としては、刑法、個人情報保護法、健康保険法、労働基準法、育児・介護休業法、大麻取締法、母体保護法、医療法、医師法、介護保険法などがあります。 なお、前回の医療法務だよりで紹介した労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)も対象の法律に含まれます。もっとも、通報の対象となる行為は犯罪とされている行為あるいは刑罰で強制されることとなる法律違反行為に限られます。したがって、パワハラ・セクハラ・マタハラ・パタハラ行為については直接的には罰則等がありませんので、通報の対象とはなりません。ただし、暴行や強制わいせつなど、刑法違反にあたる行為については通報の対象となります。

2.公益通報の通報先

公益通報の通報先は、勤務先や関係行政機関のほか、違法行為の発生や被害の拡大を防止するために通報が必要な者も含むとされており、具体的には、マスコミ、消費者団体、被害者本人などが通報先となりえます。 ただし、関係行政機関に対する通報は、通報対象事実が行われていると信じるに足りる相当な理由(客観的な根拠資料等)が必要とされています。さらに、マスコミ、消費者団体、被害者本人等の第三者に対する通報は、内部通報をすれば証拠を隠滅されたり通報者が解雇等の不利益な処分を受ける恐れがある場合、個人の生命・身体に危害が発生すると信じるに足りる理由がある場合など、一定の場合に限定されています。もっとも、勤務先に対する通報では十分な解決が図れない場合も少なくないことから、後記の通り、法改正により勤務先以外への通報の要件が緩和されました。

3.公益通報者に対する保護

公益通報者保護法は、公益通報を行ったことを理由に労働者を解雇したり、派遣契約を解除したりすることを無効としています。また、公益通報を行ったことを理由とする不利益処分(減給、降格、訓告、退職強要等)も禁止しています。

4.公益通報を受けた事業者の対応

書面(メール等の電磁的方法を含む)による公益通報を受けた事業者は、通報対象事実を是正するための措置を取った時はその旨を、通報対象事実がないときはその旨を通報者に対し遅滞なく通知するよう努めなければなりません。 労働者が事業者に対して書面での通報をしたにもかかわらず、事業者が20日以内に調査を行う旨の通知をしない場合、労働者はマスコミ、消費者団体、被害者本人等への通報をすることができます(ただし、外部通報の要件を充たす必要があります。)。

第2 公益通報者保護法の改正について

1.改正の経緯

公益通報者保護法の制定後も内部通報者に対して不利益な取り扱いがされる事例は発生し続けており、制度の実効性確保が課題となっていました。 このような問題意識のもと、令和2年6月8日に公益通報者保護法の改正法が可決され、同月12日に公布されました。この改正法は、公布の日から2年以内に施行されることとなっています(‟令和4年6月までに”ということになります。)。

2.保護対象者の拡大

改正前の公益通報者保護法(以下、「旧法」といいます。)は、通報者を労働者(現に雇用関係にあるもの)に限定していました。改正法は、退職後1年以内の者や、役員(取締役、監査役、理事、監事等)も通報者として保護することになります。また、改正法は、事業者が通報者に対し、公益通報により損害を受けたことを理由として損害賠償請求できないことを明確に定めました。

3.外部通報の要件の緩和

前記のとおり、旧法は事業者以外への公益通報(外部通報)を一定の要件を満たす場合に限定しています。しかしながら、実際には内部通報による企業の自主的な対応には限界があります。そこで改正法は、通報者の氏名や通報対象事実を明記した書面(メール等の電磁的方法を含む)により行政機関に通報する場合については、通報対象事実を信じるに足りる相当な理由があるとはいえない場合でも、保護対象とすることにしました。 また、改正法は、マスコミ、消費者団体、被害者本人等の第三者に対する通報の要件についても、個人に対し回復不能な財産的損害が生じる危険や多数の個人に多額の財産的損害が生じる危険のある場合、内部通報をすれば通報者を特定しうる情報が正当な理由なく漏洩されると信じるに足りる相当な理由がある場合などを要件に追加し、第三者に対する通報の保護範囲を広げました。

4.内部通報体制整備の義務付け

改正法は、従業員(パートタイマー含む)の数が300名を超える事業者に対し、公益通報対応業務従事者(通報の受付、調査、是正措置をとる業務に従事する者。いわゆる「従事者」といわれています。)を定めるとともに、内部通報に適切に対応するために必要な体制を整備する義務を課しました(従業員が300名以下の中小事業者については努力義務にとどまります。)。 内閣総理大臣は、内部通報体制の整備措置について、事業者に報告を求めたり、助言、指導、勧告をしたりすることができます。事業者が報告を怠ったり、勧告に従わない場合には、罰金の対象となります。 なお、内部通報体制の具体的な内容については、消費者庁が令和3年中にガイドラインを公表する予定であり、 令和3年4月には公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会が消費者庁に対し報告書を提出しています。 また、消費者庁は、「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」をホームページで公表しています。このガイドラインは現行法を前提としたものではあるものの、内部通報体制構築の具体的内容を検討する際に参考となります。同ガイドラインは、内部通報制度の整備について、「通報者の匿名性を確保するとともに、経営上のリスクに係る情報を把握する機会を拡充するため、可能な限り事業者の外部(例えば、法律事務所や民間の専門機関等)に通報窓口を整備することが適当である。」と記載しています。外部通報窓口を設置することで、通報者が内部通報をしやすくなり、問題が深刻化する前に内部での解決を図りやすくなるというメリットもあります。また、改正法は、当然のことですが、公益通報対応従事者に守秘義務を課しており、守秘義務違反に対しては罰則もあります。内部通報に係る情報を適切に管理するという観点からも、外部通報窓口の設置は有用といえますので、是非ご検討ください。