No.60/職場でのハラスメント(組織で働く人たちが知っておくべきこと!) その6

No.60/2021.11.1発行
弁護士 福﨑博孝

職場でのハラスメント(組織で働く人たちが知っておくべきこと!) その6
- パワハラ防止法における事業者の講ずべき措置 -

6.パワハラ防止法における事業者の講ずべき措置

パワハラ防止法30条の3では「事業者の責務」が規定されており、「事業者は、優越的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。」(第2項)とされています。また、「事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならない。」(第3項)ともされています(もちろん、労働者に対しても、「労働者は、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第1項の措置に協力するよう努めなければならない。」(第4項)と定めています。)。すなわち、事業者には、①パワハラ問題についての労働者の関心と理解を深めさせる責務、②労働者の言動に注意を払う責務、③研修など必要な配慮をする責務、④国の措置に協力する責務などがあります。

(1)事業主の雇用管理上講ずべき措置の内容等

パワハラ防止指針では、下記のとおり、「職場における優越的な関係を背景とした言動」(いわゆる「パワハラ言動」)に起因する問題に関し事業主が「雇用管理上講ずべき措置の内容」を定めています。したがって、パワハラ防止法施行後においては、少なくとも下記の措置を講じなければ労働基準監督署の指導を受けることになるはずです。

(ⅰ)事業主の方針等を明確化及びその周知・啓発

(ア)職場におけるパワハラの内容及び職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。

(イ)職場におけるパワハラに係る言動を行った者については、厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書を規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。

(ⅱ)相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

(ア)相談への対応のための窓口(以下「相談窓口」という)をあらかじめ定め、労働者に周知すること。

(イ)(ア)の相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じて適切に対応できるようにすること。また、相談窓口においては、被害を受けた労働者が委縮するなどして相談を躊躇する例もあること等を踏まえ、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、職場におけるパワハラが現実に生じている場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるパワハラに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすること。

(ⅲ)職場におけるパワハラに係る事後の迅速かつ適切な対応

(ア)事案にかかる事実関係を迅速かつ正確に確認すること。

(イ)(ア)により、職場におけるパワハラが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた労働者(被害者)に対する配慮のための措置を適正に行うこと。

(ウ)(ア)により、職場におけるパワハラが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと。

(エ)改めて職場におけるパワハラに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること。

(ⅳ)(ⅰ)~(ⅲ)までの措置と併せて講ずべき措置

(ア)職場におけるパワハラに係る相談者・行為者等の情報は当該相談者・行為者等のプライバシーに属するものであることから、相談への対応又は当該パワハラに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。なお、相談者・行為者等のプライバシーには、性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含まれること。

(イ)労働者が職場におけるパワハラに関して相談したこと、事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと、都道府県労働局に対して相談、紛争解決の援助を求め若しくは調停の申請を行ったこと又は調停の出頭の求めに応じたこと(以下「パワハラの相談等」という。)を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知すること。

(2)事業主が行うことが望ましい取組み

また、パワハラ防止指針では、事業主が行うことが望ましい取組みとして、以下のように指摘しています。「望ましい取組み」としていますから、事業者にとって任意の対応で構わないと考えるかもしれませんが、上記(1)と同様に事業者の労働者に対する責務と考えておいた方が無難です(特に、民事訴訟においては、下記の取組みをしていないことが、違法性を判断する一つの要素として組み込まれたり、又は、安全配慮義務の対象とされる可能性もあります。)。

(ⅰ)職場におけるパワハラは、セクハラ、マタハラ、パタハラその他ハラスメントと複合的に生じることも想定されることから、事業主は、例えば、セクハラ等の相談窓口と一体的に、職場におけるパワハラの相談窓口を設置し、一元的に相談に応じることのできる体制を整備することが望ましい。

(ⅱ)事業主は、職場におけるパワハラの原因や背景となる要因を解消するため、次の取組を行うことが望ましい。なお、取組を行うに当たっては、労働者個人のコミュニケーション能力の向上を図ることは、職場におけるパワハラの行為者・被害者の双方になることを防止するうえで重要であることや、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適切な業務指示や指導については、職場におけるパワハラには該当せず、労働者が、こうした適正な業務指示や指導を踏まえて真摯に業務を遂行する意識を持つことも重要であることに留意することが必要である。

(ア)コミュニケーションの活性化や円滑化のために研修等の必要な取組みを行うこと。

(イ)適正な業務目標の設定等の職場環境の改善のための取組を行うこと。

(ⅲ)事業主は、(ⅰ)の措置を講じる際に、必要に応じて、労働者や労働組合等の参画を得つつ、アンケート調査や意見交換等を実施するなどにより、その運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めることが重要である。

(3)事業者が自ら雇用する労働者以外の者に対する言動に関し行うことが望ましい取組の内容

さらに、パワハラ防止指針では、自らの労働者の‟下請け業者の労働者等に対する”パワハラ言動についても、「事業主は、労働者が、他の事業主が雇用する労働者のみならず、個人事業主、インターンシップを行っている者等の労働者以外の者に対する言動についても必要な注意を払うよう配慮するとともに、事業主自らと労働者も、労働者以外の者に対する言動について必要な注意を払うよう努めることが望ましい。」とし、「職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針の明確化等を行う際に、当該事業主が雇用する労働者以外の者に対する言動についても、同様の方針を併せて示すことが望ましい。また、これらの者から相談があった場合には、その内容を踏まえて、必要に応じて適切な対応を行うように努めることが望ましい。」としています。 ここでも「望ましい取組み」とはされていますが、上記(1)と同様に、事業者の下請け業者の労働者に対する責務と考えておいた方が無難です。

(4)事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワハラや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組の内容

さらに、パワハラ防止指針では、自ら雇用する労働者が他の労働者や顧客等から受ける著しい迷惑行為についても定めており、「事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主からのパワハラや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、強迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上(下記の)(ⅰ)及び(ⅱ)の取組を行うことが望ましい。また、(ⅲ)のような取り組みを行うことも、その雇用する労働者が被害を受けることを防止するうえで有効と考えられる。」としており、「他の事業主の雇用する労働者等からのパワハラ」や「顧客等からの迷惑行為」(カスハラ)も想定しています(外部者からのハラスメント行為)。要するに、パワハラ防止指針では、「職場において」という要件を満たす限り(以前のように「同じ職場の者に対し」とはされていません。)、「外部者からのパワハラ(カスハラ、ペイハラを含む)」についても下記のような対応を求めているのであり、「望ましい取組」という表現であって、義務規定とはされていませんが、わが国の法令が「カスハラ」「ペイハラ」なども含めて法的対応を始めたものといえます(なお、厚労省は、パワハラ防止指針の提示と同時にセクハラ指針の改正が行われていますが、そこでは、「当該言動を行う者(セクハラの行為者)には、労働者を雇用する事業主、上司、同僚に限らず、取引先等の他の事業主又はその雇用する労働者、顧客、患者又はその家族、学校における生徒等もなり得る。」としています。すなわち、セクハラに関して言えば、そのセクハラ行為者が「顧客」であろうが、「患者等」であろうが、「生徒」であろうが、被害者である労働者の事業主はそれをセクハラとして取り扱う必要があることになります。要するに、患者又はその家族が医療者にハラスメントを行うようであれば、事業者は、上記セクハラと同様に、患者又はその家族からのハラスメント行為を止めさせる責務があるということになります。)。

(ⅰ)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

労働者からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するために必要な体制の整備として、次の取組を行うことが望ましい。また、併せて、労働者が当該相談をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを行ってはならない旨定め、労働者に周知・啓発することが望ましい。

(ア)相談先(上司、職場内の担当者等)をあらかじめ定め、これを労働者に周知すること。

(イ)(ア)の相談を受けた者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。

(ⅱ)被害者への配慮のための取組

事業主は、相談者から事実関係を確認し、他の事業主が雇用する労働者等からのパワハラや顧客等からの著しい迷惑行為が認められた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための取組を行うことが望ましい。 (被害者への配慮のための取組例)事案の内容や状況に応じ、被害者のメンタルヘルス不調への相談対応、著しい迷惑行為を行った者に対する対応が必要な場合に一人で対応させない等の取組を行うこと。

(ⅲ)他の事業主が雇用する労働者等からのパワハラや顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組

他の事業主が雇用する労働者等からのパワハラや顧客等からの著しい迷惑行為からその雇用する労働者が被害を受けることを防止するうえでは、事業主が、こうした行為への対応に関するマニュアルの作成や研修の実施等の取組を行うことも有効と考えられる。