No.59/第13回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム

No.59/2021.11.1発行

弁護士 永岡 亜也子

第13回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム(令和2年10月12日開催)
(テーマ)-抗凝固薬の休薬期間と医師の過失-

1.はじめに

東京地方裁判所では、平成13年から「医療集中部」が置かれており、医療分野に関わる訴訟については、主に医療集中部が取り扱うようになっています。また、同じころ、東京地方裁判所と、都内の医科大学と、東京にある3弁護士会とで構成する協議会が立ち上げられるに至り、その協議・意見交換等を進める中で、「医療従事者と法律実務家との間では、思考方法や用語の意味合いが違うのではないか」ということが認識され、「よりよい医療、よりよい医療訴訟を実現するためには双方の相互理解が必要ではないか」という共通認識が形成されるようになりました。そこで、双方の相互理解を図るべく、平成20年に「第1回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」が開催され、以降も継続的に開催されています。 令和2年10月に東京地方裁判所で開催された「第13回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」は、医療界から、都内の13医科大学と5歯科大学の医師らが、法曹界から、東京地方裁判所医療集中部の裁判官と、東京にある3弁護士会の医療訴訟に造詣の深い医療機関側・患者側弁護士が参加して行われました。テーマは、「休薬期間と過失」です。本稿では、その概要等をご紹介したいと思います。

2.題材事例

(1)事案の概要

実際に医療訴訟となった事件の中から、心房細動があるため直接経口抗凝固薬リバーロキサバンを処方されていた患者Pにつき、大腸ポリープの内視鏡的粘膜切除術実施に際して、手術1週間前から休薬したところ、手術翌日に脳梗塞で死亡した事例が題材として取り上げられました。 患者Pは死亡当時62歳の男性で、既往症に高血圧と心房細動がありました。被告病院は地方都市の総合病院で、過失を問われたA医師は循環器科に勤務する医師です。 患者Pは、2000年に高血圧症に対する治療を開始、2012年1月に発作性心房細動と診断されました。同年8月より、A医師からの勧めで、血栓症予防目的でワルファリンが開始されました。2013年8月からは、患者Pの希望により、ワルファリンに代えて、1日1回の服用で済み、効果判定のための採血も不要であるリバーロキサバンに処方薬を変更しました。その際の採血で、ワルファリンの抗凝固を見るPT-INRが異常高値を示し、また、腎機能を評価するクレアチニンも上昇し、中等症の腎機能障害があると考えられたことから、用量に関しては通常1日1回15mgのところを、1日1回10mgに減量して服用を開始しました。 同年10月に、結腸に複数のポリープが見つかり、内視鏡的粘膜切除術が必要と判断されました。消化器外科のB医師は、循環器科のA医師に、次のとおり、休薬期間について求意見をしました。「5~10個のポリープがあり、何個かは摘除が必要です。イグザレルト(リバーロキサバン)を服用しており、摘除に際して中止が必要です。2週間程度の休薬は可能でしょうか?ワーファリンのようにPTチェックが必要でしょうか?あるいはヘパリン持続点滴などの代替療法が必要でしょうか?」

これに対し、A医師は、「イグザレルト(リバーロキサバン)は効果の発現、消失は比較的速やかですので、手術1週間前(メーカー的には術前24時間前でよいようですが)から中止して頂き、術後出血ないことを確認したうえの24時間以上経過したところで再開して頂ければ幸いです。PT採血等は必要ありません。」と回答しました。 同年12月14日、消化器外科C医師から患者Pに対し、治療の概略と合併症についての説明が行われました。その際、偶発症として出血、穿孔等の説明はありましたが、脳梗塞のリスクについての説明はありませんでした。 同月18日から25日まで、患者Pはリバーロキサバンの服用を中止しました。そのうえで、同月25日に入院し、内視鏡下大腸ポリープ粘膜切除術が行われましたが、その翌朝、患者Pは脳梗塞を発症し、死亡しました。

(2)裁判所の判断

裁判所は、「平成25年10月時点で、B医師からの求意見に対して、A医師が、リバーロキサバンを手術の1週間前から中止すればよいと回答したことについて過失があるか」の判断を行うに際し、循環器内科の医師3名によるカンファレンス鑑定を実施しました。鑑定事項は、①患者Pの身体所見や診療当時の医学的知見等を前提に、平成25年10月に回答する場合、患者Pに対するリバーロキサバンの休薬期間として適切な期間はどの程度か、②患者Pの身体所見や診療当時の医学的知見等を前提とした場合、平成25年10月時点で、患者Pに対するリバーロキサバンの休薬期間を1週間と回答したことは不適切であったか、です。

1人目の鑑定人は、①1日~2日が理想、②医師の裁量の範囲内であり、不適切か否か判断するのは困難、との意見でした。2人目の鑑定人は、①54時間~78時間、②医師の裁量の範囲内であり、不適切とはいえない、という意見でした。3人目の鑑定人は、①については明言を避けたうえで、②医師の裁量の範囲内であり、不適切とはいえない、という意見でした。

ところが、裁判所は、3名の鑑定人がいずれも「A医師の判断は不適切ではない」との意見を述べたにもかかわらず、「休薬期間としては78時間が相当であり、B医師からの求意見に対しA医師がリバーロキサバンを手術の1週間前から中止すればよいと回答したことは、医師の裁量を逸脱するもので過失がある」と結論付けました。 その理由ですが、まず裁判所は、「当時、リバーロキサバンは平成24年4月に販売が開始されたばかりの新薬であり、当時その休薬期間に関して添付文書上、24時間以上との記載があるほか、消化器内視鏡診療ガイドライン上、平成24年4月にダビガトランと同様の適用で上市されたとの記載があるだけであり、内視鏡手術を行う場合にどの程度の休薬期間を設けるべきかについて、確たる知見やガイドラインはなかった」としながらも、「もっとも、消化器内視鏡診療ガイドラインにおいて、抗血栓薬の休薬による血栓塞栓症の誘発にも配慮すべきとされて、ワルファリンやダビガトランについては、一定の休薬期間の指針が提唱されていたこと、あるいは添付文書上、リバーロキサバンの薬効の消失半減期は5~13時間とされ、その効果の発現及び消失は相当に早く、その上で24時間以上との記載がされていたことからすると、基本的には24時間程度の休薬で足りることを前提として、個々の患者ごとに休薬期間の伸長を判断すべき」と考えました。そして、本件事案では、A医師の主張にはいずれも合理性が認められず、1週間の休薬期間を設けることには合理性がない、と判断したのです。

3.意見交換

出席医師からは、「心臓外科医です。…イグザレルト(リバーロキサバン)を1週間(休薬)というのは、我々からしますとあり得ないんですね。1日か2日で切るべきだというふうに、臨床的には、そのためにこの薬があるのかなというふうに我々は思っています。…今日の議論は、この1週間前に切った理由を後から付けちゃうというような議論に、どうしても聞こえてしまうんですね。そこまですごく考えてやったのであったら、カルテに書いてあると思うんですよ。」、「私は脳外科医ですから、この抗血栓薬を出す方の医師としては、手術のときは出血していてもやってくださいとお願いしたいぐらい、休薬するのは怖いです。…できるだけ短い期間で、…早く薬を再開してほしいという気持ちで、ずっとその期間待つんです。…それから、必ずICの際には私たちも入って、薬をやめるということに関しては脳梗塞が起こる可能性をかなり強調します。そのリスクとベネフィットを話した上で手術に入っていただかないと、休薬と脳梗塞予防することのせめぎ合いのところの状況を、患者さんに理解してもらわないと進まないと思っています。」といった意見の他、「今医療現場で抗凝固薬と抗血小板薬は、緊急的処置において、休薬に絡む部分は混乱しているわけです。多分これは確立されていることではなくて、いまだにエビデンスがない状態の中、現場では対応しなくてはいけない状況に置かれていて、後でこういうふうに、理詰めで責められるのは、やっぱりちょっと現場的には、なかなかつらいという面も、正直なところあります。…医療の置かれた状況をもう少し踏まえて、医療現場のかたがたにも受け入れられるような、医療が疲弊しないような、少しそういう配慮というか、法律だけで割り切れない部分がいっぱいあるということは、ぜひ御理解いただきたいと思います。」、「エビデンスが確定していない状況の中で、適切な休薬期間と不適切な休薬期間というのはある程度明確になると思うんですけれども、その間に広範にどちらともいえないという領域があるわけですよね。…そのどちらともいえないといわれているものに対して、いろいろ理由は付けられるとは思うんですけれども、そこに関して(裁判所が)突っ込んだのにはちょっと行き過ぎなのかなと。」といった意見が出ました。

4.まとめ

休薬期間については、エビデンスがまだなお十分に確立しておらず、臨床現場における医療者の経験等を頼りに、手探りで進められている部分があるのだろうと思います。題材事例では、裁判所が、そのように医療者の中でも判断が分かれ得る領域に正面から踏み込んで、医師の過失を肯定しており、出席医師からは、その行き過ぎを指摘する声もあがっていました。確かに、医療者の中でもエビデンスが確立していない領域に、裁判所が必要以上に踏み込み過ぎることは、望ましくないように思われます。しかしながら、少なくとも本件事案では、医療者側において、1週間の休薬期間を設けることの合理的根拠を説得的に示せていたとはいえず、その結果として、医師の過失が肯定されるに至っています。逆に言えば、医療者側において、1週間の休薬期間を設けることの合理的根拠を説得的に示せていたならば、医師の過失が否定された可能性もあったように思われます。 この点、上記3で紹介した心臓外科医の意見の中に、「そこまですごく考えてやったのであったら、カルテに書いてあると思うんですよ。」とありますが、まさにそのとおりだと思います。医療者の中でも判断が分かれ得る領域において、たとえば1週間という休薬期間を選択しようという場合には、必ずその選択に至るだけの理由・根拠があるはずです。その理由・根拠がきちんと診療記録に残されていたならば、そして、その判断が合理的・説得的なものであったならば、本件のような裁判所の判断には至らなかったように思われます。 また、上記3で紹介した脳外科医の意見の中に、「必ずICの際には私たちも入って、薬をやめるということに関しては脳梗塞が起こる可能性をかなり強調します。」とありますが、この意見もまた非常に重要です。本件事案では、脳梗塞のリスクについてのICがなされておらず、患者・家族において、休薬することのリスクを十分に理解できていたとはいえません。もし、病院側が休薬することのリスクを患者・家族に十分に説明していたならば、もう少し違った展開もあったのかもしれません。

いずれにしても、医療者の中でも判断が分かれ得る領域について、個々の医療者の判断に漫然と委ねておくことは、本件事案のような事例を生み出すことに繋がります。医療界として、できる限り早期にガイドライン等の整備を図ることで、臨床現場の混乱を解消することが望まれます。