No.55/ベッドサイドモニタのアラーム設定確認不足が過失と認定された事例

No.55/2021.10.1発行
弁護士 増﨑勇太

ベッドサイドモニタのアラーム設定確認不足が過失と認定された事例

(東京地裁令和2年6月4日判決)

はじめに

今回ご紹介するのは、入院患者の生体情報を監視するベッドサイドモニタのアラーム機能が誤ってオフになっていたため患者の容態急変に気付くのが遅れ、患者が死亡するに至った事案です。結論として、裁判所は、アラーム設定の確認が不十分であったとして病院側の過失を認め、合計6000万円超の損害賠償義務を認めました。 入院患者の容態の変化に素早く対応できるよう、入院患者の生体情報を監視するモニタ機器を導入している病院は少なくないと思われますが、機器の使用方法を誤れば、本件のような医療事故につながる恐れもあります。本件事案を通じて、各病院のモニタ機器の使用・管理の在り方を考えていただければと思います。

第1 事案の概要

1.大学病院であるY病院では、患者のベッドサイドに設置して患者の生体情報を測定するベッドサイドモニタを導入していました。このベッドサイドモニタは、SPO2、APNEA(無呼吸)、呼吸数、心拍数、血圧、脈拍の数値に異常が生じた場合はアラームで警告する機能があり、アラームをオフにすることも可能でした。また、ベッドサイドモニタで測定された患者の生体情報は、ナースステーションに設置されたセントラルモニタを通じて監視されていました。 さらに、Y病院ではベッドサイドモニタや電子カルテの設定等を一元的に管理する管理システムを導入していました。この管理システムを通じて、電子カルテの設定とベッドサイドモニタの設定が自動的に連動するようになっていました。

2.本件で問題となる患者のAさんは、平成27年に自宅で後頭部痛、嘔吐等を生じ、Y病院を受診しました。Aさんはくも膜下出血と診断され、直ちにSICU(外科系集中治療室)に入院しました。

3.Aさんは再出血の危険があり、十分な鎮静が必要でしたが、Aさんには統合失調症の既往があり、不穏な言動等も見られたため、鎮静剤の投与がされていました。病院は、ベッドサイドモニタのアラームが鳴るとAさんを刺激する恐れがあるとして、アラームの設定を全てオフにしました(のちに、心拍数と血圧のみオンにされました。)。

4.入院翌日、頭部CT検査において出血拡大や動脈瘤が認められなかったため、Aさんは手術の必要なしと判断され、SICUからSHCU (外科系高度治療室)へ転床することとなりました。 この際、担当医師は、Aさんの鎮静の方法をフルニトラゼパム、ニトラゼパムの経口投与に変更することにしました。これらの鎮静剤は呼吸抑制の副作用があるため、Aさんの血圧や呼吸状態には十分に注意する必要がありました。 医師は看護師に対し、Aさんの転床後に血圧やSPO2の数値が一定値以下となった場合はドクターコールをすることなどを指示しました。指示を受けた看護師は、Aさんの転床先となる予定の病室のベッドサイドモニタにおいて、SPO2、APNEA(無呼吸)、呼吸数、心拍数、血圧、脈拍のアラーム設定をオンにしておきました。

5.その後、AさんがSHCUに転床した際、電子カルテにおいて「転室・転床」の登録がされました。この時、管理システムを通じて、ベッドサイドモニタで自動的に「床移動」の機能が働きました。この「床移動」機能は、患者が転室・転床した際、転床前のベッドサイドモニタの設定が転床後のベッドサイドモニタに自動的に反映される機能です。この機能により、Aさんの転床後のベッドサイドモニタは、転床前のベッドサイドモニタの設定が反映されてしまい、心拍数と血圧以外のアラームがオフの状態になってしまいました。 Y病院では、1日2回の看護師勤務交代の際、患者のベッドサイドモニタのアラーム設定確認画面を開き、アラーム設定の確認をすることとされていました。しかしながら、転床5日後の事故発生まで、Aさんのベッドサイドモニタのアラームがオフになっていることに医療従事者らは気づきませんでした。

6.転床後、Aさんはベッド上で頻回に起き上がる、膀胱留置カテーテルを自己抜去するなど不穏な言動が見られたため、両手にミトンが装着され、ナースコールを押すことができない状態になりました。

7.転床後もAさんは鎮静剤の投与を継続しており、傾眠が強く、呂律が回らず動作も緩慢でした。そのため、Y病院の看護師らも、Aさんの呼吸抑制等に注意が必要であることは認識していましたが、心拍数と血圧以外のアラーム設定がオフになっていることは気づかれないままでした。 Aさんの転床から5日後の午前3時頃から、Aさんには15秒以上の無呼吸、5回/分未満の徐呼吸、30回/分超の頻呼吸が複数回現れました。午前4時30分頃からはSPO2が低下し始め、4時57分には呼吸停止の状態となりました。看護師らは、30分ごとの見回りや、セントラルモニタの監視を行っていたものの、Aさんの呼吸状態の異常に気付かず、4時59分頃に血圧低下を警告するアラームが鳴ったことで初めてAさんの異常に気付きました。この時すでにAさんは瞳孔反応なども見られない状態であり、心肺蘇生措置によって自己心拍と自発呼吸は再開したものの、低酸素脳症による遷延性意識障害となりました。 その後、AさんはY病院での入院治療を継続しましたが、令和元年10月に多臓器不全で亡くなりました。

第2 裁判所の判断

裁判所は、 本件事案について、Aさんは鎮静剤を投与されており血圧や呼吸状態が悪化していないか監視の必要があったことや、Y病院では1日2回ベッドサイドモニタのアラーム設定を確認することとなっていたことを指摘し、医療従事者らはアラーム設定が維持されていることを継続的に確認すべき注意義務があったと判断しました。そして、電子カルテの「転室・転床」操作によって転床先のベッドサイドモニタのアラーム設定が変更されることを医療従事者らが認識していなかったとしても、アラーム設定を継続的に確認していればアラームがオフになっていることは容易に気付くことができたとして、病院側の過失を認めました。 さらに、適切なアラーム設定がされていれば、SPO2が90%を下回る時点でアラームが鳴り、異常を察知した医療従事者らによって低酸素脳症を回避することができたとして、アラームの設定を確認しなかった過失とAさんの死亡との因果関係を認めました。そして、Y病院に対し、合計約6000万円の損害賠償支払義務を認めました。

第3 まとめ

本件は、看護師が一度は適切なアラーム設定をしたにもかかわらず、病院の管理システムによって医療従事者らも気づかないうちにアラーム設定が変更されたというやや特殊な事案です。管理システムの説明書上も、電子カルテの設定変更が自動的にモニタ機器に反映されることは記載されていたものの、分かりにくい記載となっていたようです。 特に本件のY病院のような大規模病院においては、病院内の様々な医療機器はシステム上連結し、患者の医療情報、投薬情報など様々な情報が院内で共有されるようになっています。このようなシステム化は情報伝達の漏れを防ぎ、大変便利なものではありますが、一方でシステムが複雑化し、各医療従事者がシステムの全体を把握することは困難になりつつあります。そのため、医療機器の設定をシステムに任せきりにするのではなく、医療従事者らが目視等で適宜の確認をすることも重要です。本件も、1日2回看護師がベッドサイドモニタのアラーム設定を確認するという院内ルールを適切に実行していれば、事故を防ぐことができた可能性が高いと考えられます。 本件事例を参考として、医療機器の管理のルールが院内で徹底されているか、確認してみてはいかがでしょうか。 なお、本件以外にも、モニタ機器のアラームに関わる過失を認めた裁判例がいくつかあります。これらの事案は、一旦オフにしたアラームを再度オンにするのを失念したとか、アラームが鳴っているにも関わらず聞き漏らしたなど、より単純な過失の事案です。特に、アラームの聞き漏らしの事案は、人員不足によりナースステーションの看護師が長時間不在であったことなどが主な原因となっています。院内の医療システムを整備するだけでなく、それに見合った人員が配備できているかも注意が必要です。