No.56/職場でのハラスメント(組織で働く人たちが知っておくべきこと!) その4

No.56/2021.10.1発行
弁護士 福﨑博孝

職場でのハラスメント(組織で働く人たちが知っておくべきこと!) その4

- パワハラ防止指針に示された‟パワハラの行動類型” -

4.パワハラ防止指針に示された‟パワハラの行動類型”

(1)はじめに

前述のとおり(「その3」で説明したとおり)、パワハラ防止法では、「パワハラ」を「①職場において行われる、②優越的な関係を背景とした言動であって、③業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり、④労働者の就業環境が害される行為」と定義しています。そして、パワハラ防止指針(厚労省告示)では、職場におけるパワーハラスメントの状況は多様ではあるものの、代表的な言動の類型としては次項(2)の(Ⅰ)から(Ⅵ)の類型があり、その上で、当該言動の類型ごとに、典型的な職場におけるパワーハラスメントには、「(ⅰ)該当すると考えられる例」と「(ⅱ)該当しないと考えられる例」があるとしてその具体例(①②③…)を挙げています。いずれにしても、パワハラ防止指針では、「職場でのパワハラ」に該当する行為類型として、次項(2)の(Ⅰ)から(Ⅵ)のような行為類型と例示を掲げており、これらは、これからの働く者たちにとって重要な指標となることが予想されます。もっとも、これらの類型化については、個別の事案の状況等によって判断が異なる場合もあり得ること、また、これらは限定列挙ではないこと(例示的列挙であること)に十分留意し、適切な対応(十分な調査と検討を経た上での対応)を行うようにすることが必要です。

(2)パワハラの行動類型

パワハラ防止指針では、(Ⅰ)暴行・傷害(身体的な攻撃)、(Ⅱ)脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)、(Ⅲ)隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)、(Ⅳ)業務上明らかに不当なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)、(Ⅴ)業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)、(Ⅵ)私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)の6つの類型を「職場でのパワハラ」に該当する類型とし、さらに、下記のとおり(ⅰ)を「パワハラに該当すると考えられる例」とし、(ⅱ)を「パワハラに該当しない例」と例示しているのです。しかし、これらはあくまで例示であり、個別の事案において、「①職場において行われる、②優越的な関係を背景とした言動であって、③業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり、④労働者の就業環境が害される行為」という「定義」に該当するか否かを、具体的に調査し検討しなければならないということになるのです。

(Ⅰ)暴行・傷害(身体的な攻撃)

(ⅰ)該当すると考えられる例 ① 殴打、足蹴りを行うこと。 ② 相手に物を投げつけること。

(ⅱ)該当しないと考えられる例 ① 誤ってぶつかること。

※ 暴行・傷害という身体的な攻撃(①、②)は無条件にパワハラに該当します。しかしこれは、「故意」が認められる場合の暴行・傷害であって、過失によって傷害を負わせた等というときにはパワハラに該当しないということも考えられます。(私見)

(Ⅱ)脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)

(ⅰ)該当すると考えられる例 ① 人格を否定するような発言をすること(例えば、相手方の性的指向・性自認に関する侮辱的な発言をすることを含む。)。 ② 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。 ③ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。 ④ 相手方の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛に送信すること。

(ⅱ)該当しないと考えられる例 ① 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意しても、それが改善されない労働者に対して一定程度強く注意すること。 ② その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意すること。

※ 人格を否定するような発言((ⅰ)の①)は無条件にパワハラに該当することになる可能性が高いと思われますが、(ⅰ)の②や③(叱責など)については微妙です。そもそも、(ⅱ)の①や②とどのように区別するのか困難な場合も考えられます。「必要以上に長時間にわたる厳しい叱責」と「一定程度強く注意すること」とは表現としては明確に区別できそうですが、具体的な事案として実際に判断する場合にはそう簡単なことではなさそうです(‟厳しく・威圧的に叱責すること”と‟一定程度強く注意すること”が、どこがどう違うのか…)。(私見)

(Ⅲ)隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)

(ⅰ)該当すると考えられる例 ① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。 ② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立さえること。

(ⅱ)該当しないと考えられる例 ① 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。 ② 懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。

※ ここでの類型も難しい問題があります。ある部署でどうのように指導しても仕事ができない職員を持て余し、他の職員や上司が仕事を与えずに無視していたとしたらパワハラに該当するのか…その対応に困るのではないでしょうか。労働能力に劣る職員への上司や同僚の対応は、可能な限り同職員に仕事を覚えさせる等の指導や教育が必要不可欠ですが、その周囲の努力が限界を超えた時にどう対応すればよいのかが問題とならざるを得ないのです。(私見)

(Ⅳ)業務上明らかに不当なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)

(ⅰ)該当すると考えられる例 ① 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。 ② 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま、到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。 ③ 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。

(ⅱ)該当しないと考えられる例 ① 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。 ② 業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

(Ⅴ)業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)

(ⅰ)該当すると考えられる例 ① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。 ② 気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。

(ⅱ)該当しないと考えられる例 ① 労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。

※ (ⅰ)の②も微妙の場合が多くなりそうです。気に入らない労働者だから「嫌がらせのために」仕事を与えないのか、それとも、当該職員が仕事がさっぱりできないことから仕事を与えられないのか、そこには主観が関わることになり、その判断は難しいものとなります。(私見)

(Ⅵ)私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

(ⅰ)該当すると考えられる例 ① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。 ② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ず他の労働者に暴露すること。

(ⅱ)該当しないと考えられる例 ① 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒヤリングを行うこと。 ② 労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。

※ ここでは、「私的なことに過度に立ち入ること」が「個の侵害」としてパワハラになることを示唆しています。その趣旨からすると、上記の機微な(センシティブな)個人情報以外であっても、「当該職員が嫌がること」をその同意もなく他の職員に暴露すること(いわば噂話のたぐい)であっても「個の侵害」になりかねません。そのことからすると、業務に無関係な同僚職員等の噂話を就業時間中にすること、そのことによって当該職員を白眼視し交流が疎遠になること等も、パワハラに該当する可能性は大きいといえます。(私見)

(3)まとめ

以上のとおり、パワハラ防止指針では、パワハラの行為類型として、「(ⅰ)該当すると考えられる例」と、「(ⅱ)該当しないと考えられる例」とに分けて例示していますが、厚労省の指針策定過程においては、事業者側と労働側との意見が対立したといわれています。つまり、その「(ⅰ)該当する例」と、「(ⅱ)該当しない例」との「線引き」が非常に難しいことがその理由なのです。

例えば、前述したとおり、「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」は「パワハラに該当する」とされていますが、「遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意しても、それが改善されない労働者に対して一定程度強く注意すること」は「パワハラに該当しない」とされており、その区別はそう簡単なことではないのです。要するに、事業者側は、パワハラがこのように区別の曖昧な概念である以上、組織において上司が部下を指導・教育・管理するために「叱る」「怒る」ということが不可能になることをおそれているのです。

ところで、「叱る」と「怒る」とでは、そのニュアンスが違うようでもあります。「怒る」は感情が伴いますので、それだけで許されない(パワハラになる)ということになりかねません。しかし、その意味では、「叱咤」(激励?)という言葉があるように、「叱る」ことの方が部下の指導・教育・管理というニュアンスが強くなり、また、「感情」という要素も比較的弱くなることから、そのことは許される(パワハラではないとされる)可能性があるように思えます。 しかし、業務上の指導・教育あるいは指示管理のために「叱る」とか「怒る」ということが必要なのでしょうか…「叱る」「怒る」と方法が簡単な方法ではありますが、もっとも誠意を尽くして指導・教育し指示する技術や能力の修得が必要な時代になっているのかもしれません。このことは後述(その7)します。