No.54/職場でのハラスメント(組織で働く人たちが知っておくべきこと!) その3

No.54/2021.9.15発行
弁護士 福﨑博孝

職場でのハラスメント(組織で働く人たちが知っておくべきこと!) その3
- パワーハラスメント(パワハラ)の定義 -

3.パワーハラスメント(パワハラ)の定義

(1)はじめに

2019年(令和元年)5月29日に成立したパワハラ防止法(いわゆる「労働施策総合推進法」、以下同じ。)によって、パワハラは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」と定義付けされ、職場でのパワハラを規制することとしました。そのために厚生労働省は、2020年(令和2年)1月15日、「パワハラ防止指針」を告示し、パワハラ防止法とともに、大企業については2020年6月1日から施行され、また、中小企業については2022年4月1日から施行されることとなっています。)。

(2)パワハラ防止法における「パワハラ」の定義

パワハラ防止法30条の2は、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と規定しています。すなわち、パワハラ防止法では、パワハラを「職場において行われる 優越的な関係を背景とした言動であり、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであって、労働者の就業環境が害されるもの」と定義付けしており、①職場において行われるものであること、②優越的な関係を背景とした言動であること、③業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること、④労働者の就業環境が害されるものであることという4つの要件が定められているのです。 また、厚生労働省の「パワハラ防止指針」では、これらの定義について、次のように説明しています。

(Ⅰ)職場・労働者(①)

「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については「職場」に含まれるとされています。また、ここでの「労働者」とは、いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用する労働者の全てをいいます。

(Ⅱ)優越的な関係を背景とした言動(②)

「優越的な関係を背景とした言動」とは、当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」という。)に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指し、例えば、以下のもの等が含まれます。

  ❶ 職務上の地位が上位者による言動

 ❷ 同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの

 ❸ 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの

以上のとおり、パワハラ防止指針では、「優越的な関係を背景とした言動」とはしていますが、決して上司から部下への言動のみを問題とするものではなく、部下から上司に対しても、同僚から同僚に対しても(同僚どうしでも)パワハラも成立する余地があります。特に、業務において力のある部下であれば、上司に対してパワハラを行うことは十分に想定されますし、また、部下であっても集団で上司に立ち向かえばひどいパワハラに発展することもあり得ます。 なお、パワハラ防止指針では、上記のとおり、パワハラを受ける労働者が当該行為者に対して「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの」としていますが、この点を重視し厳格に解釈すると、「職務上の地位が上位者による言動」に限定され、同僚や部下から上位者への言動がパワハラに該当するということは困難になることも考えられることから、柔軟な解釈が求められるものと思われます。

(Ⅲ)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動(③)

「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」とは、社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指し、例えば、以下のもの等が含まれます。

 ❶ 業務上明らかに必要性のない言動

 ❷ 業務の目的を大きく逸脱した言動

 ❸ 業務を遂行するための手段として不適当な言動

 ❹ 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動

この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、行為者との関係性等)を総合的に考慮することが適当とされています。また、その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要です。

(Ⅳ)労働者の就業環境が害される言動(④)

「労働者の就業環境が害される言動」とは、当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。 この判断にあたっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当であるとされています。パワハラ、セクハラは、「被害者がそう感じたかどうか」が重要とされていますが、労働者の主観だけでは判断されていません。セクハラ防止指針では、「『労働者の意に反する性的言動』及び『就業環境を害される』の判断に当たっては、労働者の主観を重視しつつも」としながらも、最終的には、「事業主の防止のための措置義務の対象となることを考えると一定の客観性が必要です。」とされています。このことはパワハラ防止指針においても同様に考えられ、その意味を込めて、「平均的な労働者の感じ方」としているのです。

(Ⅴ)まとめ

職場におけるパワハラは、上記(Ⅰ)~(Ⅳ)の要素(要件)を全て満たすものをいいますが、個別の事案についてその該当性を判断するに当たっては、上記総合考慮することとした事項のほか、当該言動により労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等を総合的に考慮して判断することが必要とされています。確かに、最終的には労働者の主観を重視しつつも一定の客観性が必要ということにはなり、「平均的な労働者の感じ方」を前提にすることになりますが、「当該言動により労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等を総合的に考慮して判断」とされているとおり、「客観性に重きを置き過ぎないようにしなければならない」ともいえるのかもしれません。 いずれにしても、個別の事案の判断に際しては、相談窓口の担当者等がこうした事項に十分留意し、相談を行った労働者(相談者)の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、相談者及び行為者の双方から丁寧に事実確認等を行うことが重要になります。 これらのことを十分踏まえて、予防から再発防止に至る一連の措置を適切に講じることが必要となるのです。