No.49/病院内での紛失・盗難等に対する病院の責任について

No.49/2021.8.16発行
弁護士 増﨑勇太

はじめに

病院から受ける法律相談の中には、病院内で発生した紛失や盗難などに関する相談が少なくありません。病院は、比較的人の出入りが自由な施設であるため、患者家族が盗犯の対象にもなりやすいようです。警視庁が発表している統計によると、令和元年度には警視庁管轄である東京都内で、「病院荒らし」が54件、「病室狙い」の窃盗が92件発生しています。被害額が少額であれば、警察に被害申告をしない患者も多いと思われるため、警察が認知していない窃盗も含めれば、相当な件数になると思われます。 今回の医療法務だよりでは、病院内で紛失や盗難が発生した場合の病院の責任について解説をしたいと思います。

第1 免責条項の有効性について

1.長崎県内の病院の入院患者向けパンフレットなどを見たところ、「万が一、紛失や盗難等があった場合、一切の責任を負いかねますので、多額の現金、貴重品の持ち込みはご遠慮願います。」 という記載が多く見られました。このように事件事故等について責任を負わない旨の記載を「免責条項」といいます。この免責条項によって、病院は院内での紛失や盗難等について一切責任を負わないことになる(それが許される)のでしょうか。

2.病院と患者との間で締結される診療契約は、「消費者契約法」という法律によって規律されます。この法律は、事業者が消費者よりも強い立場にあることに鑑み、消費者の利益を擁護することを目的とした法律であり、事業者と消費者の間の契約に広く適用されます。病院と患者との契約関係(消費者契約としての診療契約)においても、病院は「事業者」、患者は「消費者」にあたります。 そして、消費者契約法の第8条は、事業者の債務不履行や不法行為によって消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項や、故意重過失により生じた損害の賠償責任の一部を免除する条項を無効としています。これは、要するに、事業者(病院)に落ち度(故意・過失)があるにもかかわらず消費者(患者)に対して一切責任を負わないとか、事業者に重大な落ち度(故意・重過失)があるにもかかわらず責任の一部しか負わないという、消費者に一方的に不利な契約は認めないという趣旨です。 「万が一、紛失や盗難等があったとしても、当院は一切の責任を負いかねます」という免責条項は、病院側の故意・過失の有無にかかわらず病院が責任を負わないという趣旨に読めますので、消費者契約法により無効といわざるを得ません。したがって、病院側に何らかの落ち度がある場合、たとえ免責条項に患者が同意をしたとしても、病院は紛失・窃盗等について損害賠償責任を負うことがあるのです。

3.では、どのような文言であれば、消費者契約法上も有効といえるのでしょうか。一つの案として、「万が一、 紛失や盗難等があった場合、病院に何らかの過失がない限り、一切の責任を負いかねます」として、病院が無過失の場合に限って責任を負わないことを明記することが考えられます。 ところで、そもそも病院に全く過失がないのであれば、免責条項の有無にかかわらず、病院が損害賠償請求を負うことは通常はありません。したがって、「病院に何らかの過失がない限り、一切の責任を負いかねます」という文言は、当然のことを指摘するにすぎず、法的な意義が大きいとはいえません。 もっとも、紛失や盗難等が発生すれば、病院に法的な責任が生じない場合であっても、患者との信頼関係が損なわれたり、紛失物の捜索や警察対応などの負担が発生するといった弊害は避けられません。このような事態を避けるためには、患者やその家族の側にも、紛失・盗難等に対する危機意識を持ってもらうことが重要です。そのような危機意識を持ってもらうために、紛失や盗難があった場合、病院に何らかの過失がない限り、病院は一切の責任を負わないと伝えることには、十分意味があると思われます。 患者やその家族に危機意識を持ってもらうという観点からは、単に病院が無過失の場合に責任を負わないということだけでなく、紛失や盗難を防ぐための具体的な方策(多額の現金や貴重品を持ち込まないこと、他の患者の持ち物と混同のおそれのある物品は名前を記載することなど)を患者やその家族に説明することも重要です。また、入院患者向けのパンフレットや病院ホームページに記載するだけでは目を通さない患者も多いでしょうから、貴重品の管理を含む入院生活の注意事項を説明する機会を入院前に設けたり、病室内に紛失・盗難等に関する注意書きを掲示したりすることも有用と思われます。さらに、入院患者が多額の現金等を所持していることが分かった場合には、個別に注意を促すとよいでしょう。 事前に患者やその家族に十分な説明をすることで、万が一紛失・盗難等が発生した場合でも患者側の納得を得やすくなるという点は、医療行為のインフォームドコンセントと同様です。その点を意識して、入院患者に対する注意事項の説明の在り方などを再検討いただければと思います。

第2 紛失・盗難による病院の責任

1.では、病院が紛失・盗難等に対し責任を負う場合とは、どのような場合でしょうか。 入院患者の私物管理は、原則として入院患者本人が行うものです。したがって、入院患者が病室内で私物を紛失したとしても、病院に何らかの責任が認められる場合は少ないと思われます。もっとも、入院患者の認知能力が衰えており、かつ多額の現金等を所有していることを病院が認識している場合など、病院が紛失の危険を予測できたにもかかわらず漫然と放置していたような場合には、病院の責任が認められる可能性も否定できません。このような場合には、患者の家族に紛失の危険を説明し注意喚起するなどすれば、紛失の予防にもなりますし、仮に紛失が発生した場合にも病院の責任は問われにくくなると思われます。 病室内での盗難についても基本的には紛失と同様であり、病院の責任が認められる場合は多くないと思われます。ただし、病院職員による窃盗の場合は、病院は職員の使用者として責任を負うことになります。また、病院の防犯体制が杜撰だった結果、盗難が発生した場合にも、病院が責任を負うことが考えられます。この点、厚生労働省は、平成18年9月25日に「医療機関における安全管理体制について(院内で発生する乳児連れ去りや盗難等の被害及び職員への暴力被害への取り組みに関して)」という通知を発出し、ホームページで公開しています( https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/hourei/)。この通知には、窃盗を含む院内犯罪防止のための方策が列挙されていますので、ぜひ参考にされてください。

2.ここまで、病室内の紛失・盗難を主に想定して解説をしてきましたが、外来の検査などの際に患者の所持品や装飾品を預かり、紛失・盗難等が発生するという事案も少なくないようです。意識のない患者が病院に救急搬送されてきた際、手術のために患者の指輪を取り外したところ、その指輪を紛失してしまったという事例もあるようです。 このような事案では、病室内の紛失・盗難等と異なり、病院が所持品等を患者から預かっているため、病院は預かり品を適切に管理する義務を負います。したがって、紛失・盗難等が発生した場合には、病院の責任が認められる可能性がより大きくなると考えられます。 病院の対策としては、患者から所持品を預かる場合について、その保管場所、 保管責任者、他の預かり品と混同しないための措置(患者の名前を記載した袋に保管する等)など、紛失・盗難防止策をルール化しておくことが不可欠です。病院においては、検査、手術、救急搬送時など、患者が身に着けているものを取り外さざるを得ない様々な場面があるはずですから、これらの場面のそれぞれについて、紛失・盗難防止のためのルールが定められているか、そしてそのルールが職員にきちんと共有されているか、この機会に見直してみてはいかがでしょうか。