No.48/ 医療訴訟における「相当程度の可能性」と「適切な治療を受ける期待権」(その2)

No.48/2021.8.2発行
弁護士 福﨑 龍馬

3.期待権侵害について

(1)期待権侵害とは

前回に引き続き、今回は、「適切な治療を受ける期待権」に関する裁判例を見ていきたいと思います。上記の通り、医療の際に患者が亡くなった場合、人にとって最も重要かつ基本的な利益を失ってしまうという重大性を考慮し、判例では、生存し得た「相当程度の可能性」があれば医師に一定の法的責任を認めています。これは、医療者側の責任を拡大しているものとみることができます。さらに進んで、医療上の過失がなければ「生存し得た相当程度の可能性」すら認められない、という場合(生存し得た可能性が20%以下で、数%程度しかなかった、という様な場合)においても、医療行為があまりに著しく不適切であった場合には、「適切な治療を受ける期待権」を侵害するものとして、医師が一定の責任を負うことになるのではないか、という考え方であります。それが下記の最高裁判決であり、「適切な医療行為を受ける期待権」が侵害された事案の医師の法的責任について言及しています。

(2)最高裁平成23年2月24日判決(以下「平成23年最判」といいます。)

Xは、昭和63年10月29日、左脛骨高原骨折の傷害を負い、Yの設置する病院(以下「Y病院」という)に入院し、同病院の整形外科医であるY2の執刀により、骨接合術および骨移植術を受け、その後もY病院に通院していたが、平成13年頃に、複数の他の大学附属病院において、上記平成63年の手術の合併症としての左下肢深部静脈血栓症ないし左下肢静脈血栓後遺症と診断されました。この事案において、最高裁は、下肢の手術に伴い深部静脈血栓症を発症する頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されるようになったのは、平成13年以降であり、Y病院において、診療契約上の義務を尽くしたとしても、Xに後遺症が残らなかった高度な蓋然性は認められず、また、後遺症が残らなかった相当程度の可能性もない、としました。さらに、最高裁は期待権侵害についても、言及し、「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ、本件は、そのような(著しく不適切な医療行為が行われた)事案とはいえない。したがって、Yらについて上記不法行為責任の有無を検討する余地はなく、Yらは、Xに対し、不法行為責任を負わないというべきである。」としました。

(3)平成23年最判の考え方

同最判は、適切な医療行為を行ったとしても患者が生存し得た相当程度の可能性すらないような場合(生存可能性が数%しかないような場合)においても、なお、「当該医療行為が著しく不適切」であった場合には、「適切な治療を受ける期待権」の侵害のみを理由とする損害賠償請求を考え得ることを示したものと理解されています(当該事案の具体的な判断としては、そもそも、そのような著しく不適切な医療行為は行われていない、として、医療者側の責任を否定しています。)。また、同最判以降、下級審においては、著しく不適切な医療行為がなされたものとして、期待権侵害を理由とする賠償責任が認められる事例が散見されています。

4.まとめ(賠償金の額の傾向)

以上のことから、最高裁の因果関係については、3段階の判断がなされているといえます。まず、①医師が注意義務を尽くしていたなら、当該患者が死亡した時点においてもなお生存していたであろうことを是認しうる高度な蓋然性が認められる場合には、医師の過失と患者の死亡や後遺症等との因果関係が認められ、死亡や後遺症等に関する法的責任が認められます。②仮に、医療上の過失と患者の死亡・後遺症等との間に因果関係が認められない場合であっても、医療水準にかなった医療が行われたならば、当該患者が死亡した時点においてもなお生存し得た相当程度の可能性が証明されたときは、「生存し得た相当程度の可能性」とうい法的利益を侵害したものとして賠償責任が発生します。③さらに、患者が生存し得た「高度の蓋然性」「相当程度の可能性」のいずれも認められない場合であったとしても、「医療行為が著しく不適切」なものであった場合には、「適切な治療を受ける期待権」という保護法益を侵害したものとして、賠償責任が発生する可能性があります。 もっとも、上記3段階における医療従事者の責任の程度は、全て同レベルのものではありません。当然①の場合が一番責任は重く、③の場合が、一番責任が軽い傾向にあるようです。①の場合、死亡慰謝料だけでなく、逸失利益(患者が生きていたら得られていたであろう、就労可能期間分の患者の収入)、葬祭費用等の賠償責任が発生し、その賠償額は数千万円から数億と、かなりの高額になることもあります。一方で、②③の場合には、逸失利益や葬祭費用等は発生せず、慰謝料の賠償責任だけが課されることになります。過去の裁判例によると、②における慰謝料は100から800万円くらいの範囲になることが多く、③の事案では、60万円から300万円くらいの賠償額が認められているようです(千葉県弁護士会編「慰謝料算定の実務 第2版」)。 裁判例においては、このように、患者の生命・健康という最も重要な利益であるということを重視し、医療者側には大変重い責任が課せられています。このような現状を把握しつつ、医療従事者の方々においては、医療行為を行うに際して細心の注意を払う必要があるといえます。