No.40/“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その5)

No.40/2021.6.1発行
弁護士 福﨑 博孝

“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その5)

-患者に判断能力・同意能力がないときには誰に説明すればよいのか?-

第3 認知症高齢患者など“同意能力のない成年患者”への医療行為の決定プロセス(インフォームド・コンセントのあり方)


1.人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセス(終末期医療の決定プロセス)に関するガイドライン-厚生労働省-

認知症患者など“判断能力・同意能力のない成年患者”への医療行為と、“その意思決定のあり方(同意の取り方)”について考えるときには、「人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン(旧称:終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン)-厚生労働省平成30年3月改正-」(以下「ガイドライン」)を参考にせざるを得ません。

(1)このガイドラインは、平成18年3月の富山県射水市における人工呼吸器取り外し事件を契機として平成19年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」として策定されたものですが、平成27年3月には「人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン」と名称が変更されています。そして、その後の平成30年3月にさらに改訂されています。これはアドバンス・ケア・プラニング(ACP)の概念を踏まえた研究・取組みが普及していることなどを取り入れた改訂ですが、そのガイドラインの内容には本質的な変更はありません。なお、「アドバンス・ケア・プラニング(ACP)」とは、「患者・家族が、医療者や介護提供者と一緒に、現在の病気や障害だけではなく、意思決定能力が低下した場合に備えて、終末期を含めた医療や介護のことを話し合うことや、意思決定が出来なくなったときに備えて、本人に代わって意思決定をする人を決めておくプロセス」を意味し、近時の臨床医療においては極めて重要なものとされています。

(2)いずれにしても、ガイドラインは、認知症患者など“判断能力・同意能力のない成年患者”への医療行為において、“インフォームド・コンセント(以下「IC」)を誰に対して行うのか”、“誰の同意を得て医療行為を行うのか”などの重要な問題に一応の回答を与えてくれるものとなっています。なぜなら、“終末期医療の対象となる患者”と“同意能力のない成年患者”とは、当該医療行為についての患者本人の判断が困難であるという点において同じ状況にあり、しかも、どのような要件又は要素がそろえば当該医療行為が違法とならずにすむのか(違法性阻却)という場面であることも同様だからです。すなわち、判断能力・同意能力のない成年患者については、終末期医療に関するガイドラインの考え方をもってICを行い、医療行為の決定を行うということにならざるを得ないのです。

(3)ガイドラインは、終末期医療における“医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為の中止”について、下記(4)のような決定プロセスを採ることによって、その違法性を阻却させようとしています。そして、その場合の終末期医療及びケアのあり方については、次の4つの視点(①~④)が重視されており、その考え方の前提となっています(特に①②は、同意能力のない成年患者への医療行為においても、ゆるがせにはできません。)。

① 医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人による決定を基本としたうえで、終末期医療を進めることが最も重要な原則である。

② 終末期医療における医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為の中止等は、多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである。

③ 医療・ケアチームにより可能な限り疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和し、患者・家族の精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療及びケアを行うことが必要である。

④ 生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死はガイドラインでは対象としない。

(4)このガイドラインでは、終末期医療における“医療行為の開始・不開始、医療行為の中止等”について、次のような取扱いをすることになっています。

Ⅰ 患者の意思が確認できる場合

(ⅰ)専門的な医学的検討を踏まえたうえでICに基づく患者の意思決定を基本とし、多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームとして行う。

(ⅱ)治療方針の決定に際し、患者と医療従事者とが十分な話し合いを行い、患者が意思決定を行い、その合意内容を文書にまとめておくものとする。上記の場合、時間の経過、病状の変化、医学的評価の変化に応じて、また患者の意思が変化するものであることに留意して、その都度説明し患者の意思の再確認を行うことが必要である(ACP)。

(ⅲ)このプロセスにおいて、患者が拒まない限り、決定内容を家族にも知らせることが望ましい。

Ⅱ 患者の意思が確認できない場合

患者の意思確認ができない場合には、次のような手順により、医療・ケアチームの中で慎重な判断を行う必要がある。

(ⅰ)家族が患者の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、患者にとっての最善の治療方針をとることを基本とする。

(ⅱ)家族が患者の意思を推定できない場合には、患者にとって何が最善であるかについて家族と十分に話し合い、患者にとっての最善の治療方針をとることを基本とする。

(ⅲ)家族がいない場合及び家族が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、患者にとっての最善の治療方針をとることを基本とする。

Ⅲ “家族による患者の意思の推定”と“最善の医療”

上記Ⅱ(患者の意思が確認できない場合)においては、「家族」というものをどのように考えるかが非常に重要なこととなります。そして、ガイドラインでは、「家族とは、患者が信頼を寄せ、終末期の患者を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人を含みます。」「患者の意思決定が確認できない場合には、家族の役割がいっそう重要になります。その場合にも、患者が何を望むかを基本とし、それがどうしてもわからない場合には、患者の最善の利益が何であるかについて、家族と医療・ケアチームが十分に話し合い、合意を形成することが必要です。」「家族がいない場合及び家族が判断せず、決定を医療・ケアチームにゆだねる場合には、医療・ケアチームが医療の妥当性・適切性を判断して、その患者にとって最善の医療を実施する必要があります。なお家族が判断をゆだねる場合にも、その決定内容を説明し十分に理解してもらうよう努める必要があります。」と説明しています。