No.32/“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その1)

No.32/2021.4.1 発行
弁護士 福﨑博孝

“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その1)
-患者に判断能力・同意能力がないときには誰に説明すればよいのか?-

(はじめに) (その1)

第1 医療行為の同意権と同意能力 (その2)


1.医療行為の同意権(自己決定権)とインフォームド・コンセント(説明)の相手方

2.医療行為の同意能力とは

第2 未成年患者への医療行為の決定プロセス(インフォームド・コンセントとインフォームド・アセント)(その3)

1.子どもに対する医療行為とインフォームド・コンセント(assent)

2.同意能力の有無を判断する年齢の目安

3.インフォームド・コンセントとインフォームド・アセント

4.“同意能力があると思われる未成年患者”への医療行為 (その4)

(1)同意能力のある未成年者へのインフォームド・コンセント

(2)同意能力のある未成年者の親権者への対応の難しさ

(3)18歳成人年齢に達した患者へのICの難しさ

第3 認知症高齢者など“判断能力・同意能力のない成年患者”への医療行為の決定プロセス(インフォームド・コンセントのあり方) (その5)

1.人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセス(終末期医療の決定プロセス)に関するガイドライン-厚生労働省-

2.認知症等で同意能力(理解能力・判断能力)を喪失した成年患者への医療行為 (その6)

(1)家族がいる場合

(ア)家族だけの場合

(ⅰ)臨床現場で一般的に求められている「家族の同意」の意味

(ⅱ)患者本人の意思を推定する「家族の同意」

(ⅲ)家族とは(家族の範囲)

(イ)家族と成年後見人がいる場合

(2)家族がいない場合 (その7)

(ア)家族がいない場合の原則的な対応

(イ)家族はいないが成年後見人はいる場合の対応

(ウ)主治医としての精神科医の意見

(エ)同意能力を欠く「身寄りのない患者」への対応

3.一時的に同意能力に支障が生じている成年患者への医療行為の決定プロセス (その8)

(1)患者本人の同意に代わる「家族の同意」(本人意思の推定)が許される場合

(2)「家族の同意」(本人意思の推定)では代えることができず、「患者本人の同意」が必要な場合

(3)「家族の同意」(本人意思の推定)を得る余裕がない場合

(はじめに)

1.この頃よく、認知症患者をかかえた病院スタッフから「判断能力がないと思われる患者さんの場合には、誰にインフォームド・コンセント(以下「IC」といいます)をすればよいのでしょうか?」という質問を受けることが多くなっています。また、未成年の子どもさんの難しい治療について「患者である子どもさんには、何の説明をしなくていいのでしょうか?」という質問を受けたりすることもあります。さらには、知的障害をもった子どもさんのご両親から「私どもが亡くなってしまった時に、うちの子どもの治療については誰がICを受けることになるのでしょうか?」などという質問をされたこともありました。要するに、「医療行為についてのICの相手方(すなわち、病状等の説明と治療の同意取得の相手方)を判断しかねている」ということなのです。今回のシリーズでは、「患者に判断能力・同意能力がないときには誰に説明をすればよいのか」という点にについて考えてみたいと思います。

2.ところで、医療行為についての“ICの相手方”を検討するときには、まずは医療行為の「同意権の所在」を検討しなければなりません。なぜならば、医的侵襲を伴う医療行為を受ける決定権限(同意権)は、原則として「患者本人に帰属する」のであり、それがいかに近い関係の家族であっても「患者本人に代わって説明を聞き、その治療に代理人として同意する」ということができないからです。当該患者本人に十分な説明を行わなければ、その決定権限(自己決定権)の自由な行使ができるはずがないのですから当然のことといえます。

3.しかし、わが国の高齢化社会の進展とともに、各病院とも認知症の高齢の患者さんが極端に増えてきており、また、そのような高齢患者の近辺に血のつながりのある身内も少なくなってきています。超高齢化社会と孤独な高齢者の急増という社会現象の進展の中で、病院という臨床現場では、“患者に判断能力がないときにはどうすればよいのか?”、“患者本人に判断を求めることが相当でない場合にはどうすればよいのか?”、“その場合には、誰にどの程度の説明をして誰から同意を得ればよいのか?”などという問題が顕在化し、特に、近時の超高齢化社会における医療においては喫緊の課題となっているのです。

そしてここでは、医療行為のIC(医療者による説明と患者の理解・納得・選択・同意)の問題の前提として、「医療行為に関する意思決定のあり方(同意の取り方)」が問題とならざるを得ないのです。また、この問題が「医療行為に関する意思決定のあり方」の問題である以上、厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(以下「ガイドライン」)を参考にすることになります。このガイドラインは、「終末期医療における医療行為の決定プロセス」を対象とするものではありますが、患者に判断能力・同意能力が失われている点では同様であり、もっと普遍化して参考にする意味があります。 そこで、このシリーズでは、上記の「目次」の流れ(その1~その8)に沿って、「判断能力・同意能力のない患者に関する医療行為についてのICのあり方」について考えてみたいと思います。