No.33/院内で宣明すべき「患者の権利と責務」とは?

No.33/2021.4.15発行

弁護士 増﨑勇太

第1 「患者の権利と責務」について

1.皆さんの病院の施設内や病院ホームページなどで、「患者の権利と責務」という文書が掲示されていませんか。20世紀後半は、国際的な議論を通じて「患者の権利」という概念が確立された時代でした。1981年には世界医師会が「患者の権利に関するリスボン宣言」を発表し、その後の修正を経て、公平かつ適切な医療を受ける権利、セカンドオピニオンを聞く権利、インフォームドコンセントを受ける権利、秘密保持の権利、文化や価値観を尊重される権利などを宣言しました。多くの病院は、この「リスボン宣言」などを参考に、「患者の権利」の掲示をしているようです。

2.ところが近年、患者の権利とともに、患者の責務が注目されるようになってきました。これは、患者の人権意識の浸透とともに、一部で誤った権利意識が拡大し、医療現場で理不尽な要求やペイシェントハラスメントが発生するようになったこととも関連すると思われます。平成24年3月には、日本医師会が「『医療基本法』の制定に向けた具体的提言」の中で、患者の権利とともに以下の3つの患者の義務を法律で明示することを提言しています(医療基本法案21条)。


 ①患者及び家族が良質、安全かつ適切な医療の提供に協力する義務
 ②患者が医療を受ける際に、病歴、薬歴等の健康状態に関する十分な情報を提供する義務
 ③医師、医療提供者の療養上の指導に従い、受診時や療養生活全般、対価の支払等について医療機関が定める規則を遵守し、他の患者の療養の妨げとならないよう努める義務


また、医療法務だよりNo31では、川島弁護士より、診療上の指示の不遵守や医師らに対する暴言を理由とする病院の診療拒否を適法と判断した裁判例を紹介させていただきました(東京地裁平成29年2月9日判決)。この事例のように、裁判実務でも、患者側に診療上の協力義務があることが認められています。このような流れの中、多くの病院が「患者の権利」とともに「患者の責務」を掲示するようになってきました。 

第2 患者の責務を掲示する意義

長崎県内の主要な病院のホームページを確認し、「患者の権利と責務」についてどのような記載をしているのか調べてみました。その結果、患者の権利についてはどの病院もほぼ同じような内容を記載していましたが、患者の責務については、病院によって記載がかなり異なっており、その記載がない病院や、ごく簡単な記載しかない病院もありました。患者の責務については明確なモデル案がないことが原因かもしれません。そこで、各病院の記載や上記医療基本法案を参考に、患者の責務についてのモデル案を後記の通り作成してみました。モデル案では、責務の内容を具体的に記載するとともに、「診療には患者側の協力が不可欠であること」、「義務違反に対しては診療拒否もあり得ること」を記載し、少しでも患者の理解と協力を得やすいように工夫しています。
また、「患者の権利と責務」は、ホームページの病院紹介欄の一部として記載されるなど、一般の患者さんが目にしないような場所に掲示される例も少なくありません。しかし、医療が医師らと患者の協力関係によって成立するものであり、患者側にも診療協力義務があることは、本来は診療に先立って患者さんに理解しておいてもらうべきことではないでしょうか。また、患者本人に限らず、患者の家族やキーパーソンにも理解してもらい、診療行為に協力してもらう必要があります。患者やその家族らが、患者側の責務をきちんと自覚していれば、自ずとペイシェントハラスメント等のトラブルは生じなくなるはずです。そのためにも、この「患者の権利と責務」を病院の受付や待合室など目にしやすい場所に掲示するともに、診療時や入院時に個別に配布するなどして、確実に患者さんらに読んでもらう工夫を検討してはいかがでしょうか。 

なお、今回提案するのは、あくまでモデル案です。この「患者の権利と責務」は、病院が患者との関係をどのように考えるかの表明であり、病院ごとの考え方も反映してもらえればと思います。このモデル案が、患者との関係について病院内で協議し、方針を定める議論のきっかけとなれば幸いです。

第3 「患者の権利と責務」モデル案

【患者の権利】
1.患者さんには、その人格、価値観を尊重され、良質の医療を公平に受ける権利があります。
2.患者さんには、自身の病状や治療方法、予後などについて十分な説明を受けたうえで、治療や検査を受けるか否かを決定する権利があります。
3.患者さんには、主治医以外の医師に相談する権利(セカンドオピニオンを受ける権利)があります。
4.患者さんには、自身の診療記録の開示を求める権利があります。また、患者さんの個人情報は、患者さんの承諾があるか、法律上の規定に基づくものでない限り、第三者に開示されることはありません。
5.患者さんの尊厳とプライバシーを守る権利は、医療の場において常に尊重されます。


【患者の責務】
1.患者さんは、過去の病歴、薬歴、入院歴、家族の病歴その他現在の健康状態に関する事項について、正確な情報を医師・看護師などの医療従事者にお伝えください。医師・看護師などの医療従事者に誤った情報が伝えられると、適切な治療ができない場合があります。
2.患者さんは、医師・看護師などの医療従事者の説明を理解するように努め、患者さん自身が同意した治療にはご協力ください。治療方針等に疑問がある場合や、その変更を希望する場合は、主治医とよくご相談のうえ、明確な意思表示をしてください。
3.患者さんの診療、検査や病院施設のご利用等に関しては、特段の事情がない限り、医師・看護師などの医療従事者や病院職員の指示、指導に従ってください。
4.患者さんは、すべての患者さんが適切な医療を受けられるよう、病院の規則や社会的ルールを遵守し、他の患者さんの迷惑になるような行為はしないでください。
5.患者さんは、医師・看護師などの医療従事者や病院職員に対し、暴力、暴言、セクハラ、診療の妨げとなる迷惑行為(大声を出す、長時間の居座り、喫煙等)は厳に慎むようお願いいたします。
6.医療費は遅滞なくお支払いください。

上記の責務を遵守いただけない場合は、当院での診療をお断りさせていただく場合があります。特に、上記5の行為(暴力、暴言等)が目に余る場合には、警察に通報することもありますので、ご了解ください。また、患者さんのご家族等が、上記の患者の義務の趣旨に反する行為をされた場合も、当院での診療をお断りさせていただく場合や、ご家族の病院への立ち入りをお断りさせていただくこともあります。医療は、病院と患者さんの協働作業であり、病院と患者さん相互の信頼があって初めて成立するものです。適切な医療が実施できるよう、ご理解とご協力をお願いいたします。