No.30/ペイシェントハラスメントは患者・家族に課せられた診療協力義務に違反する! (患者家族からのペイハラを予防するために)

No.30/2021.3.15発行

弁護士 福﨑博孝

1.はじめに

患者家族からの暴言・暴力・セクハラ(いわゆる「ペイハラ」)に苦しめられている医療機関は多いと思いますが、患者家族からのペイハラは受け身になるのではなく、積極的にペイハラ患者家族に対処していく姿勢が必要です。そのためには、「患者の権利」のみに目を奪われずに、「患者の義務」にも目を向ける必要があります。もちろん、「患者の権利」は重要なことではありますが、「患者には権利だけではなく義務もある」ということを忘れてはなりません。近時では、各病院とも「HPの病院紹介」「院内掲示」などに、「患者の権利」のみではなく、「患者の義務や責務」を明示する傾向が強くなっています。患者の治療を始める前に(診療契約の前に)、病院と患者家族とは互いに権利と義務を確認しあうことが重要になっているといえます。

2.診療契約における患者側の義務

(1)診療契約は双務契約(当事者双方が債務を負担する契約)であり、医療者側には「最善の医療を施す義務」等が課されるその一方で、患者側に対しても(治療代等の支払義務のほかに)「診療協力義務」等が課されることになります。医療行為とは、治癒という目的に向けて医療者側と患者側が協力し合う過程であって、医療者側は患者側の積極的な協力を得なければ最善の医療を施すことなど到底不可能です。したがって、医療者側と患者側との間には信頼関係に基づく協働関係が不可欠であって、医療側が患者に対し最善の医療を施す義務があるとともに、患者側にも、医療者側に積極的に協力すべき信義則上の義務(診療協力義務)があるということになります。 また、この点については、神戸地判平成6年3月24日等が「医療行為は、その性質上医師と患者の信頼関係、協同関係を基礎として行われるものであるから、患者としても誠実にできる限り正確な情報を提供すべきである」と判示して患者側にも診療協力義務を求めていますが、医療協力義務違反の態様としては、「診療に影響を与える情報の不告知や説明不十分」だけではなく、「医師・看護師などから受けた指示・指導の不遵守」、「合理的な理由のない受診の遅延」、「病院業務に支障をきたすような行為」などがあります。

(2)そしてここにいう「患者側」とは、患者本人のみを指すのではなく、患者の家族などの“診療契約上の患者の診療協力義務を補完し又は支援すべき立場にある者”も含まれます。当該患者のキーパーソンたる家族だけではなく、その他の家族であっても、①当該患者の医療者に対する診療協力義務を補完又は支援するどころか、その非協力を助長又は増長させている場合、あるいは、②当該診療を妨害又は阻害している場合等には、当該患者が‟診療契約上の診療協力義務違反”に問われることがあるとともに、当該家族も、患者の診療協力義務を補完し又は支援すべき一般的な注意義務に違反したものとして、“不法行為法上の診療協力義務違反”が認められ損害賠償責任を負うことがあるのです。

3.病院の施設管理権の行使に従うべき患者側の義務

また、病院施設の利用については、当該病院組織の長(理事長又は病院長)に施設管理権があり、当該病院に当該患者の入通院診療が許された場合には、当該患者の家族も当該患者と同様に当該施設管理権行使に従うべき義務が生じます。つまり、当該家族も当該病院に対し、その施設管理権行使に従うことを約束(合意)したものとみなされます。そして、臨床現場における現実の当該施設管理権の行使は、当該病院組織の長から当該臨床現場の長や担当者など(主治医・病棟師長・担当看護師など)に委ねられているといえます。したがって、患者やその家族は、当該病院に入院した以上は、特段の事情がない限り、病院の規則や規程あるいは社会的なルールに従って病院業務に支障をきたすことがないようにする義務、当該主治医・当該病棟師長・当該担当看護師などの指示や指導に従うべき義務があるということになるのです。

4.患者家族のハラスメント言動は上記2.3.の義務に違反する!

以上のとおり、当該病院に通院し又は入院している患者及びその家族には、①患者側の医療者に対する診療協力義務により、または、②当該病院の施設管理権に従うべき義務により、(1)病院の規則や規程あるいは社会的なルールに従って病院業務に支障をきたすことがないようにすべきであるとともに、(2)当該主治医・病棟師長・担当看護師などの指示や指導に従わなければならないのであり、それに違反することによって患者は診療契約上の義務違反に基づく損害賠償債務を負い、また、その家族は不法行為法上の診療協力義務違反に基づく損害賠償債務を負担する場合があります。 ということであるとすれば、以下のような患者やその家族のハラスメント行為(①~⑦のペイハラ)は、上記診療協力義務及び施設管理権に従うべき義務に著しく背反するものであって、到底許されるはずのない行為(患者やその家族の医療者に対する診療協力義務違反、当該病院施設管理権の行使に従うべき義務違反)ということになります。したがって、“患者本人の場合には債務不履行責任としての損害賠償責任”、“家族の場合には不法行為法上の注意義務違反に基づく損賠賠償責任”を負うことになるのです。 ① 暴行・傷害(身体的な攻撃) ② 脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃) ③ 医療者に対する質問等についての執拗かつ辛辣な応対要求 ④ それに関する執拗なまでの付きまといや威圧・恫喝 ⑤ 医療行為に対する執拗かつ辛辣な批難や批判と責任追及 ⑥ これらの過程における診療上の指示・指導の受入れ拒否や無視 ⑦ 業務妨害(業務妨害罪に至らない程度のものも含む)

5.まとめ

ところで、ある病院の「患者の権利と義務」の院内掲示をみると、「患者さんの権利」を掲げるとともに、「患者さんの義務」として「1.自分自身の健康に関する情報をできるだけ正確に提供する義務、2.医師・医療従事者と協力し、医療に積極的に参加する義務、3.他の患者さんの治療を妨害しない義務、4.病院における規則を守る義務、5.病院職員の人格に配慮する義務」などを挙げています。これは、上記の説明からも理解できると思いますが、患者家族の法的な義務からしても当然のことなのです。そして、患者家族が上記「患者さんの義務」を遵守する限り、前項の①~⑦のペイハラ事件などは起こるはずもないのです。 みなさんの病院でも、「患者の権利」をHPにアップ又は院内掲示するだけではなく、上記のような「患者の義務」も一緒に掲げてみたらいかがでしょうか。具体的なペイハラトラブルの際に、ペイハラ患者家族を説得するときに使えるかもしれません。