No.27/医師法第21条の取扱いについて

No.27/2021.3.1発行
弁護士 永岡 亜也子

1.はじめに

医師法第21条は、「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」と定めています(以下、「届出義務」)。同条の目的は、医師が異状を認めた死体・死産児は、犯罪を原因とする場合が少なくないため、その早期届出により、犯罪の発見を容易にするとともに、捜査を容易にすることにあり、同条に違反した者は、50万円以下の罰金に処せられます。 この届出義務を巡っては、文言上、診療関連死・医療事故死の場合もその対象に含まれるのかが明確でないために、その解釈等について長らく、様々な議論が重ねられてきました。今回は、この届出義務の解釈等について、検討をしてみたいと思います。

2.届出義務にかかる学会の考え方

(1)1994年5月:日本法医学会「異状死ガイドライン」

「病気になり診療を受けつつ、診断されているその病気で死亡することが『ふつうの死』であり、これ以外は『異状死』と考えられる。」(筆者注:この考え方からすれば、診療関連死・医療事故死のほとんどが医師法第21条の対象となり、所轄警察署への届出が義務付けられることから、医療界に大きな波紋を及ぼし大議論のきっかけとなりました。)

(2)2001年4月:外科関連13学会「診療に関連した『異状死』について」

「診療行為に関連した『異状死』とは、あくまでも診療行為の合併症としては合理的な説明ができない『予期しない死亡、およびその疑いがあるもの』をいうのであり、診療行為の合併症として予期される死亡は『異状死』には含まれない。」

3.届出義務にかかる厚生労働省の考え方

(1)1949年4月14日:医務局長通知

「死亡診断書は、診療中の患者が死亡した場合に交付されるものである。」、「診療中の患者であっても、それが他の全然別個の原因例えば交通事故等により死亡した場合は、死体検案書を交付すべきである。」、「死体検案書は、診療中の患者以外の者が死亡した場合に、死後その死体を検案して交付されるものである。」

(2)2000年7月:国立病院部政策医療課「リスクマネージメントマニュアル作成指針」

「医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う。」(筆者注:前記日本法医学会の考え方(上記2(1))と軌を一にするものと思われ、しかも、上記(1)の医務局長通知とは考え方にかなりの相違があり、再び医療界に激震が走り大議論のきっかけとなりました。)

(3)2012年10月26日:第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会

医政局医事課長が、「厚生労働省が診療関連死について届け出るべきだというようなことを申し上げたことはない。」、「リスクマネジメントマニュアル作成指針(上記(2))は、あくまでも国立病院などにお示ししたものであって、ほかの医療機関について、こういうことをしなさいと言っているわけではない。」、「亡くなられた死体があって、死体の外表を見たドクターが検案して、そのときに異状だと考える場合は警察署に届け出てくださいということだと考えている。」、「これは診療関連死であるかないかにかかわらない。」、「医療関連死であっても、医師が死因を判断するために外表を見て、異状がある場合は警察に届け出なければならない。」などと発言しています。

(4)2014年6月10日:参議院厚生労働委員会

厚生労働大臣が、「医師法第21条は、医療事故等々を想定しているわけではなく、これは法律制定時より変わっていない。」と発言しています。ただし、「平成16年4月13日の都立広尾病院事件の最高裁判決において、『検案』とは医師法第21条では、『医師が死因等を判定するために外表を検査すること』としている。一方で、これは、自分の患者であるかどうかは問わないということなので、自分の患者であっても検案の対象になる。さらに、平成24年10月26日の医療事故調査制度に係る検討会では、出席者から質問があったため、我が省の担当課長から、『死体の外表を検査し、異状があると医師が判断した場合には、これは警察署長に届ける必要がある』との話があった。」とも発言しています。

(5)2019年2月8日:医政局医事課長通知「医師による異状死体の届出の徹底について」

「近年、『死体外表面に異状所見を認めない場合は、所轄警察署への届出が不要である』との解釈により、薬物中毒や熱中症による死亡等、外表面に異常所見を認めない死体について、所轄警察署への届出が適切になされないおそれがあるとの懸念が指摘されています。」としたうえで、「医師が死体を検案するに当たっては、死体外表面に異常所見を認めない場合であっても、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認める場合には、医師法第21条に基づき、所轄警察署に届け出ること」についての周知がなされています。(筆者注:この通知についても、医療の現場では診療関連死・医療事故死について医師法第21条の届出が必要となるのではないかという懸念が大きくなり、下記(6)のQ&Aが発出されました。)

(6)2019年4月24日:医政局医事課「『医師による異状死体の届出の徹底について』に関する質疑応答集(Q&A)」

上記(5)を発出した趣旨について、「上記(3)(4)と同趣旨であり、…届出の要否の判断は、個々の状況に応じて死体を検案した医師が個別に判断するものであるとの従来からの解釈を変えるものではない。」、「医師法第21条の死体の『検案』及び届出義務が発生する時点の解釈を含め、都立広尾病院事件の判決で示された内容を変更するものではない。」、「本通知は『検案』の従来の解釈を変えるものではなく、死体の外表の検査のほかに、新たに『死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情』を積極的に自ら把握することを含ませようとしたものではない。」などと説明されています。

4.届出義務にかかる裁判所の考え方

(1)都立広尾病院事件(2004年4月13日最高裁判決)

「医師法第21条にいう死体の『検案』とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない。」、「死体を検案して異状を認めた医師は、自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも、本件届出義務を負うとすることは、憲法第38条第1項に違反するものではない。」

(2)福島県立大野病院事件(2008年8月20日福島地裁判決)

「同条にいう異状とは、…法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であることを意味すると解されるから、診療中の患者が、診療を受けている当該疾病によって死亡したような場合は、そもそも同条にいう異状の要件を欠くというべきである。」

5.医療事故調査制度について

上記4記載の各訴訟事案のように、医療行為に起因して患者が死傷した場合に、それを刑事事件化して刑事司法によって裁くことには、医療の萎縮や崩壊を招く懸念があります。そこで、捜査機関による医療行為の「正否」の評価(判断)を回避する(刑事事件化を避ける)システムとして、「中立的な事故調査機関」の創設を検討・模索した末に導入・施行された制度が、「医療事故調査制度」です。医療法改正により、平成27年10月1日から導入・施行されています。なお、当初想定されていた医療事故調査制度は、医師法第21条を改正して医療事故の刑事事件化を回避することを目的としていましたが、立法化されたその内容は完全なものとは言い難く、医療事故調査制度を利用したとしても必ずしも刑事事件化が避けられるものではありません。しかし、刑事司法実務では、当該医療事故調査制度を利用する場合には医師法第21条を事実上運用しないという取扱いが必要ですし、また、それが望まれています。

ところで、厚生労働省による「医療事故調査制度に関するQ&A」によれば、医療事故調査制度の目的は、「医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うこと」にあります。その対象となる「医療事故」とは、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」であり、過誤の有無は問いません。これに該当するか否かの判断は、病院長など当該病院等の管理者に委ねられていますが、病院等の管理者が「医療事故」に該当すると判断した場合には、遺族への説明の後に、医療事故調査・支援センターに報告を行ったうえで、速やかに院内事故調査を行うことになります。そして、その結果については、遺族への説明を行ったうえで、医療事故調査・支援センターに報告することになります。

なお、医療事故調査制度は、医療従事者等の責任追及を目的としたものではありません。このことは、「医療事故調査制度に関するQ&A」にもはっきり明記されています。しかしながら、事故原因が明らかになることにより、おのずと、医療従事者等の責任の有無が明確になる場合もあります。そこで、医療事故調査の結果、医療従事者等の責任が肯定されるような場合には、そのことを前提とした民事賠償等の対応(医療事故保険対応や遺族との示談交渉等)を速やかに行うことで、刑事事件化を回避するよう努めることが肝要です。

6.まとめ

上記2~4をご覧いただければ分かる通り、医師法第21条が定める届出義務の対象に診療関連死・医療事故死が含まれるか否かついては考え方が分かれており、確たる見解を見出すことは容易ではありません。しかしながら、厚生労働省の最新の考え方(上記3(6))や、その中で引用されている最高裁の考え方(上記4(1))によれば、「届出義務は、診療関連死・医療事故死であるか否かにかかわらず、死体の外表を検査して異状が認められた場合に発生する」ということになりますので、「診療関連死・医療事故死の場合についても、死体の外表を検査して異状が認められる限り、届出義務の対象となる」ということになります。そして、福島県立大野病院事件における裁判所の考え方(上記4(2))によれば、「異状」とは、「法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態」をいいますので、「診療行為の過程で通常合理的に予測される範囲内の死亡」の場合は「異状」ではない、と判断できるように思われます。しかしこれとは逆に、「診療行為の過程で合理的に通常予測されないような態様や原因で発生した死亡」の場合は、「異状」があるものとして取り扱わざるを得ないことも考えられます。このように考えた場合には、結果として、医療事故調査制度の対象となる「医療事故」の判断に近いものとなります。したがって、これらの判断が必要な場面に直面した場合には、病院等の管理者を中心に、病院としてどのように対応し判断するべきなのか、十分な議論と検討を行うことが必要となります。その際には、医療事故の刑事事件化のおそれにもその配慮を怠らないようにしなければなりません。診療関連死・医療事故死の刑事事件化の入口には、「医師法第21条(所轄警察署長への届出)」と「ご遺族による刑事告訴・警察等への被害届出」があるのであり、したがって、診療関連死・医療事故死を刑事事件化しないようにするためには、医師法第21条の適用を極力避ける努力をするとともに、ご遺族が刑事告訴や警察等への被害届出をすることがないよう、ご遺族との向き合い方に十分配慮し、早期にかつ真摯に誠意をもって、ご遺族に対応する必要があるものと思われます。