No.28/ペイシェントハラスメントへの対処法(その7)-その理論と実践-

No.28/2021.3.1発行
弁護士 福﨑 博孝

4.ペイシェントハラスメントを防ぐコミュニケーション(医療者と患者家族との“コミュニケーション”、“インフォームド・コンセント”の重要性)

医療におけるインフォームド・コンセント(以下「IC」)を歴史的視点で見ていくと、その当初は、「患者の権利と医療者の義務」として法理化されてきたといえます。しかしその一方で、その後のわが国の医療界では、臨床の現場において「権利性・義務性」を強調することのマイナス面を危惧し、むしろIC(その前提となるコミュニケーションを含めた総合体としてのIC)を「患者と医療者をつなぐ信頼関係の構築のための道具概念(方法概念)」として捉え、患者と医療者との共働作業による「より良い医療の実現を目的とする」という側面を強調しています(厚生労働省)。このようなICの性格からすれば、それが十分に実践され、十分なコミュニケーション関係を築けたたかどうかによって、「患者と医療者との信頼関係の成否」を左右してしまうことは当然のことであり、医療紛争の帰趨(医療紛争が惹起されるか否か、その紛争の深刻さの程度など)にも重大な影響を及ぼすものと思われます。そしてそのことは、医療紛争の一つとみることができるペイシェントハラスメント(以下「ペイハラ」)でも同様といえます。むしろ、ペイハラ患者家族の一般的な苦情の内容を考えると、IC自体の問題というよりも、その前提となる「医療者と患者家族との間のコミュニケーションの問題」といえるかもしれません。

(1)より良い医療のためのインフォームド・コンセント(より良い人間関係の形成)

より良い医療を推進していくためには、医療者と患者家族との間で「共働を前提とした信頼関係」の構築が必要不可欠であり、「医療における人間関係」の構築が必要となります。そして、そのような場合に、重要な役割を担うのが「医療の現場におけるIC」であり、そのICの前提となる「コミュニケーション能力」なのです(医療者にコミュニケーション能力がなければ、医療者と患者家族との間に良質なICは成り立ち得ません)。すなわち、ICによってより良い人間関係が形成された「患者家族と医療者との間」には、十分なコミュニケーションが図られているものと考えられます。そして、このような十分なコミュニケーションを前提とする人間関係が形成された「医療者と患者家族」との間には、ペイハラが入り込む余地がないはずです。

(2)医療者の説明不足(インフォームド・コンセントの欠如)は「医療紛争の呼び水」とされるが、ペイハラも同様である

かつて東京地方裁判所の医療訴訟専門部の裁判長であった藤山雅行裁判官は、医療行為に関する説明義務について、「医師の説明不足があると、医師と患者との信頼関係も不十分なものとなり、生じた結果が好ましいものでない場合には、法的紛争に発展することにもなる。」(「(判例にみる)医師の説明義務」編著藤山雅行〔新日本法規〕2頁)と述べています。しかし、このことはペイシェントハラスメントでも同様であり、医師・看護師等の医療者の患者家族に対する説明不足(「ICの欠如」、その前提としての「コミュニケーション不足」)が積み重なり、それによる患者家族の医療者に不信感が積もり積もって、普通の患者家族をペイハラへと駆り立てるともいえます。

(3)より良い人間関係の構築と“誤解に基づくペイハラ”の回避(紛争回避機能)

以上のとおり、これからのわが国の医療現場では、IC(コミュニケーション)を“患者家族と医療者との間の人間関係”の基本とすることになっています。そして、ICには、患者家族と医療者との間に充実したコミュニケーション関係を構築すること等による、「患者家族と医療者との信頼関係」を堅固にする「効果」と「目的」があることを忘れてはなりません。その上で、「医療者の説明(IC、コミュニケーション)」のもつ「紛争回避機能」が重視されなければなければならず、そのことは、ペイハラでも同様なのです。医療の過程において、患者家族の認識と異なる事態が惹起された時に、患者家族の医療者に対する信頼が崩れ始めます。そして、そのことについての事前の十分な説明(IC)と、事後の丁寧な説明が十分になされていないと、患者家族の生来的にもっている性格しだいでは、それこそクレーマー的になり、ハラスメント的になっていくのです(つまり、ペイハラ患者家族として育ってしまうことにもなりかねません)。しかしそれは、そもそも診療の初期の段階において、「医学的知見を有する医療者」と「医学的に素人である患者家族」との間で、「当該医療行為のリスク等に関する認識(予測・予期)にズレ」が存在したにもかかわらず、十分なIC(説明)をしてこなかったからであり、また、事後的に丁寧な説明をおろそかにしたからである、ということも考えられるわけです。

(4)ペイハラ患者家族のモンスター化の原因の一つに「医師や看護師等の医療スタッフへの不満や不信」がある

そもそも、ICは、「患者も医療従事者もともに元気が出るような新しい関係を作る鎹(かすがい)として位置づけられた」(平成7年厚生省ICの在り方検討委員会報告書)はずです。しかしそれにもかかわらず、医療者の患者家族への「ICの不足又は欠如」(その前提としての「コミュニケーションの不足又は欠如」)は、臨床現場において比較的多く見受けられ、そのことへの患者家族の不平や不満が、医療者の気付かないところで渦巻いていることがあります。そして徐々に、患者家族と医療者との信頼関係が薄れていき、それが患者家族をクレーマーにし、さらには、人によってはモンスター化するという事態にまで至ってしまうのです。いずれにしても、ICには、“医療の質を確保・向上させるための「患者と医師との信頼関係」を堅固にする効果と目的がある”(そのことによって、医療者と患者家族との間にも健全なコミュニケーション関係が形成される)ということを忘れてはならないのです。ICを欠いた信頼関係のない患者家族と医療者との間では、患者家族の医師や看護師への不満も大きくなっており、そこに医療ミスないしその疑いが介在したり、その他のことについて不信感が生まれてくると、いとも簡単に医療紛争やその他のトラブルに発展し、状況しだいでは患者家族をクレーマーにしてしまい、さらには、それが常識を超えたレベルに達してしまいかねない(患者家族のモンスター化)ということなのです。

(連載終了)