No.151/抗凝固薬を変更するに際して、適時適切な検査が実施されなかったことについて、医師の責任が肯定された事例(東京地裁令和5年9月29日判決)

No.151/2024.3.15発行
弁護士 永岡 亜也子

抗凝固薬を変更するに際して、適時適切な検査が実施されなかったことについて、
医師の責任が肯定された事例(東京地裁令和5年9月29日判決)

1 事案の概要

A(昭和11年生まれの男性)は、高血圧症、心房細動のため、バイアスピリン(抗血小板剤)を服用していましたが、平成22年2月1日以降、Yクリニックに通院するようになり、同月5日、バイアスピリンに代えてワーファリン(経口抗凝固薬)を処方され、以後、ワーファリンを継続的に服用していました。Aは、約1か月に1回の頻度でYクリニックに通院しており、概ね2~3か月に1回の頻度で血液凝固能検査を受けていました。
V医師は、令和3年以降、YクリニックにおいてAを担当するようになりました。このころ、AのPT-INR(血液の固まりにくさを示す数値)の値は治療域に入っており、TTR(PT-INRの値が治療域に入っている割合)は100%でした。同年6月9日、V医師はAに対し、ワーファリンに代えてイグザレルト(直接阻害型経口抗凝固薬)を処方することを提案しました。令和3年10月27日、V医師はAに対し、ワーファリンの服用を中止する旨指示し、1か月後の次回の診察日に血液凝固能検査を行った上でイグザレルトを処方する旨説明しました。また、同日、V医師は、アムロジピン(降圧剤)を処方しました。
令和3年11月11日、Aは、吐き気や眼痛を訴えて訴外病院に救急搬送されました。同病院の医師はAに対し、カロナール(解熱鎮痛剤)とプリンペラン(制吐剤)を処方し、Aは帰宅しました。翌日、AはYクリニックを受診し、訴外病院に救急搬送されたことを伝えました。V医師はAに対し、イグザレルトを処方しました。
同日夜、Aは布団に倒れ込み、訴外病院に救急搬送され入院しました。頭部CT検査及びMRI検査の結果、心原性脳梗塞との診断がなされました。Aは、重度の左片麻痺、構音障害が残存する状態になり、令和4年6月10日、仙骨部褥瘡感染を原因とする敗血症により死亡しました。

2 裁判所の判断(東京地裁令和5年9月29日判決)

(1) 血液凝固能検査を実施しイグザレルトを処方するべきであったのにこれを怠った注意義務違反の有無について

イグザレルトの添付文書には、①ワーファリンからイグザレルトに切り替える必要がある場合は、ワーファリンの投与を中止した後、PT-INR等、血液凝固能検査を実施し、治療域の下限以下になったことを確認した後、可及的速やかにイグザレルトの投与を開始すべき旨の記載や、②イグザレルトからワーファリンへの切替え時において抗凝固作用が不十分になる可能性が示唆されているので、抗凝固作用が維持されるよう注意し、血液凝固能検査の値が治療域の下限を超えるまでは、ワーファリンとイグザレルトを併用すべき旨の記載、③抗凝固剤とイグザレルトを併用する場合には、両剤の抗凝固作用が相加的に増強され、出血の危険性が増大するおそれがあるので、観察を十分に行い、注意する必要がある旨の記載がある。また、ワーファリンの添付文書には、㋐ワーファリンは、血液凝固能検査の検査値に基づいて投与量を決定し、血液凝固能管理を十分に行いつつ使用する薬剤である旨の記載や、㋑急に投与を中止した場合、血栓を生じるおそれがあるので、徐々に減量すべき旨の記載がある。
上記各記載からは、ワーファリンを継続服用している患者に対し、ワーファリンに代えてイグザレルトを処方するに当たっては、休薬によりワーファリンの抗凝固作用が消失した後、可及的速やかにイグザレルトが服用されないままでいると脳梗塞のリスクが高まる一方で、ワーファリンの抗凝固作用が十分残存している間にイグザレルトが服用されると出血のリスクが高まるという趣旨を読み取ることができる。そして、上記各リスクのいずれかが高まることのないよう、休薬後、血液凝固能検査を実施してイグザレルトを処方するタイミングを判断することが求められているものと解される。
また、ワーファリンの臨床的に意義のある抗凝固効果は、投与後、84時間ないし120時間持続するとされる。そうすると、イグザレルトへの切替えを目的としてワーファリンを休薬する場合、休薬から遅くとも5日が経過した後は、ワーファリンによる抗凝固作用は消失し、イグザレルトを服用しないことによる脳梗塞のリスクが高まる一方で、イグザレルトの服用による出血のリスクは減少すると考えることができる。
以上を前提とすれば、本件記載は、ワーファリンを休薬してから遅くとも5日以内には血液凝固能検査を実施して、血液凝固能が治療域の下限を下回ったことを確認した場合には、可及的速やかにイグザレルトの投与を開始することを求めるものと解するのが相当である。
V医師は、令和3年10月27日にAにワーファリンの服用を中止する旨の指示をしたのであるから、その5日後の同年11月1日頃までには、Aに対し血液凝固能検査を実施し、PT-INRの値が治療域の下限を下回る場合には、可及的速やかにイグザレルトを処方する注意義務を負っていたと認められる。しかし、V医師は、令和3年10月27日、Aに対しワーファリンの服用を中止する旨の指示をした後、次回の診察日を通常の1か月後とし、その間血液凝固能検査を実施しなかった。よって、V医師には本件注意義務を怠った注意義務違反が認められる。

(2) 因果関係について

ワーファリン及びイグザレルトは、いずれも、血栓塞栓症の治療及び予防等に用いられる抗凝固薬であるところ、Aは、平成22年2月5日から継続的にワーファリンを服用し、TTRは良好に保たれていた。そして、Aは令和3年10月27日のワーファリンの休薬後、手術等の身体侵襲を受けたものではなく、本件注意義務違反の他に心原性脳梗塞の発症につながる直接的な要因があったとはうかがわれない。以上の事情によれば、V医師が本件注意義務を尽くし、Aが同年11月2日頃にイグザレルトを服用していた場合、Aは、心原性脳梗塞を発症しなかったか、発症したとしてもその予後は実際の転帰よりも改善されていたということができるから、Aが令和4年6月10日になお生存していた高度の蓋然性が認められる。

3 まとめ

本事例は、長らく抗凝固薬を服用していた患者に対し、その処方薬をワーファリンからイグザレルトに変更するに際しての休薬期間が問題となったものです。本判決は、ワーファリン・イグザレルトそれぞれの添付文書の記載内容、及びワーファリンの抗凝固効果の持続時間を前提に、V医師には、「ワーファリンを休薬してから遅くとも5日以内に血液凝固能検査を実施すべき注意義務があった」旨判示し、その責任を肯定しました(認容額:約3727万円あまり)。
休薬期間については、エビデンスがまだなお十分に確立していない側面があることは否めませんが、仮に、その適否が争われる事態が生じた場合には、医療者側において、その判断の合理的根拠を説得的に示すことが求められます。そのような場面では、医師が添付文書の記載内容に従った対応等をとっているかどうかが非常に大きな意味を持ってきます。
なぜなら、最高裁平成8年1月23日判決は、「医師が医薬品を使用するに当たって、医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」旨判示しており、原則として、医師は医薬品の添付文書に従った対応等をとることが求められているからです。本判決でも、添付文書の記載内容を基に、医師に求められるべき注意義務違反の内容が判断されています。
もちろん、添付文書に従わないことの合理的理由がある場合には、添付文書の記載内容とは異なる対応等をとることも問題ありませんが、仮に、添付文書の記載内容と異なる対応等をとる場合には、その合理的理由を医療者の側で説得的に示す必要が生じますので、その判断過程については、診療記録に記載しておくことが求められます。