No.152/予防的な療法を実施するに際して、経過観察の余地を説明しなかった医師の説明義務違反が肯定された事例(旭川地裁令和2年3月19日判決)

No.152/2024.4.1発行
弁護士 永岡 亜也子

予防的な療法を実施するに際して、経過観察の余地を説明しなかった
医師の説明義務違反が肯定された事例(旭川地裁令和2年3月19日判決)

1 事案の概要

患者A(死亡時87歳の女性)は、平成2年に急性硬膜下血腫、平成12年に左尿管結石、急性腎盂腎炎、平成17年に発作性心房細動等の既往歴を有しており、平成21年頃からアルツハイマー型認知症に罹患し、平成26年当時は、持病の服薬管理も施設スタッフが行ったり、一部見当識障害があったりする状態でした。
Aは、平成26年3月末から7月中旬にかけて、摂食障害等でY1病院の外科に入院していましたが、その入院中に盲腸に大腸ポリープがあることが発見されました。そこで、B医師はAの弟Xに対し、Aの大腸ポリープについてESD(内視鏡的粘膜下層剝離術)を実施することの説明を行いました。その際、B医師は、出血、穿孔、腹膜炎、血栓症、ショック等の合併症が生じ得ること、術前検査でESDが困難となれば中止の可能性もあることを説明し、Aは高齢なので切除を行わない選択肢もある旨説明しましたが、XはESDの実施を希望しました。
8月8日、Aは、大腸ポリープをESDを用いて切除することを目的に、Y1病院の内科に入院しました。そして、その後に行われたCT検査やMRCP検査の結果、総胆管結石及び胆のう結石等の診断を受けました。そこで、C医師は、8月15日にXに電話をかけ、Aに総胆管結石が発見されたことと、その除去を優先して8月19日にEPLBD(内視鏡的乳頭大口径バルーン拡張術)を行いたい旨を伝えました。そして、出血、穿孔、ショック、膵炎、心不全、脳梗塞等の合併症が生じ得ること等を説明した上で、本件手術前に承諾書に署名して欲しい旨を伝えたところ、Xは、本件手術を行うことは了解しましたが、本件手術前にY1病院に行けるか分からないなどと述べました。このときの通話時間は、長くても30分程度であり、その際、D医師が執刀医となる可能性や、EPLBDを行わずに経過観察にする余地についての説明はされませんでした。なお、実際に、Xは同意書に署名していません。
8月19日午後、総胆管結石を除去するために、EPLBDが行われました。なお、Aには発作性心房細動の既往歴があったため、抗凝固薬が処方されていましたが、本件手術では十二指腸の乳頭を切開する際に出血のリスクが生じることから、本件手術に備えて、8月17日から抗凝固薬を半減期の短いものに変更したうえで、8月19日朝は抗凝固薬を休薬しました。
午後3時55分頃、本件手術の手技が終了し、内視鏡がAの体内から外される際に、看護師が手動により血圧を測定していたところ、異常を示すアラームが鳴り、Aの血圧が60台に低下していることが確認されました。その際、Aは脈拍が確認できない状態であり、心臓マッサージが開始されました。
午後6時45分頃にはAは睫毛反射、対光反射もない状態になり、午後11時2分に死亡が確認されました。

2 裁判所の判断(旭川地裁令和2年3月19日判決)

(1) 本件手術時にホリゾン(鎮静剤)を過剰に投与した注意義務違反の有無について

医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される(最高裁判所平成8年1月23日第三小法廷判決)。
本件添付文書では、ホリゾンの用法・用量は、初回は10mg、以後は3時間から4時間ごとに投与することとされているところ、本件手術においてAに投与されたホリゾンの総量は10mgよりも多く、かつ、追加投与の時期も3時間から4時間ごとよりも早いと認められる。
しかしながら、本件添付文書は、その記載ぶりからしても、ホリゾンの使用に当たって許容される上限を定めたものとまでは解されず、一般的に推奨される使用方法について述べたものと解されるから、疾患の種類、その症状の程度や患者の年齢及び体重等の諸事情を考慮した上で、その記載と異なる使用方法をとること自体が禁じられているとはいい難い。
そして、本件手術は、患者の体動を抑制した状態で手技を行う必要がある手術であったから、十分な鎮静効果を得られるまでAにホリゾンを投与すべき必要性があった。その上、本件手術中にも、Aはホリゾンの投与にもかかわらず鎮静状態を維持することができず、覚せいするなどの経過をたどっており、本件手術を実施するために、ホリゾンの追加投与を行うべき必要性が高かった。
このようなホリゾンの投与の必要性に加え、実際の推移をみても、執刀医は、当初は5mgという、初回投与量として推奨されている量よりも少量のホリゾンの投与を行っており、その後の追加投与も、バイタルサインを確認しながら、Aが鎮静状態を維持できていないことを確認した上で、2.5mgの追加投与をするところから始めている。そして、最後に5mgのホリゾンを追加投与したのは、それまでの追加投与にもかかわらず、Aが覚せい状態になったことなどによるものであって、同様にバイタルサインを確認した上で追加投与したことからすれば、本件手術におけるホリゾンの投与は、追加投与分も含め、Aの体調に配慮しつつ、本件手術に必要で、かつ医学的に相当な範囲で行われたと認めるべきものである。
これらのことからすると、本件手術におけるホリゾンの投与について、執刀医が本件添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったと認められないのは勿論、医師としての注意義務違反があったと認めることもできない。

(2) 経過観察の余地等についての説明義務違反の有無について

医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。そして、医師が予防的な療法を実施するに当たって、医療水準として確立した療法に加えて、経過観察という選択肢も存在するのであれば、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように、医師は、経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきであり、このことは、説明の相手方が患者自身ではなく、その親族となる場合にも同様であると解される。
本件手術は、総胆管結石が胆管炎をもたらす可能性があることから行われたものであり、その時点では胆管炎が発生していたわけではなかったから、予防的な療法というべき性質を有していた。
また、ガイドライン(平成21年発行の胆石症診療ガイドライン)には、総胆管結石の除去手術を強く勧める旨記載されているとはいえ、本件手術後数年内に発行のガイドライン(平成28年発行の胆石症診療ガイドライン)では、総胆管結石の除去手術は推奨ではなく提案するにとどまるものとされ、高齢の患者につき経過観察の可能性があることが具体的に指摘されているのであって、これらの記載を併せ読めば、ガイドライン上、経過観察の余地が全く否定されているとまでは解することができないし、このことに、Aの年齢や、本件手術が重篤な合併症の生じ得るものであったことなども総合考慮すると、本件手術の当時、XやAが経過観察を希望した場合に、経過観察を選択するという余地自体はあったというべきである。
そうすると、本件手術に関しては、その実施前に、経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められていたといえるが、Xに対し、B医師及びC医師からはAを経過観察とする余地について説明されていないのであって、各選択肢の利害得失について具体的に説明されていたとはいえない。Xに対する説明の態様を見ても、長くても30分程度の電話での連絡にとどまり、検査結果を図等を用いて説明したわけではなく、本件手術の実施に関する同意書も作成されていないから、Y1病院の医師において、すべき説明をしなかったことを正当化する特別の事情も認められない。
なお、XがESDの実施に同意したことは、適切な説明がなされていた場合にXが本件手術の実施に同意していたかどうかを検討するに当たって考慮されるべきであるが、ESD自体は、本件手術と同様に内視鏡を用いた手術であるとはいえ、主にがんを予防するための、電気メスを利用した大腸ポリープ切除術であり、胆管炎の予防のための、バルーンを用いた総胆管結石の除去術である本件手術とはその趣旨を明らかに異にしており、XがESDの実施に同意していたからといって、本件手術に関し、経過観察の余地について説明する必要がなくなるようなものではない。
以上のとおりであるから、B医師及びC医師がXに経過観察の余地について説明せずに本件手術を行ったことは、Xに対する不法行為を構成する。

(3) 因果関係、損害について

Xにおいて、経過観察の余地を説明されたとしても、なお本件手術の実施に同意していた可能性は高く、Yの注意義務違反がなければAが本件手術を受けることはなかったとは認められないから、Yの注意義務違反とAの死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。
Y病院の医師の注意義務違反と相当因果関係のある損害としては、説明義務違反によりXの自己決定権が侵害されたことを理由とする慰謝料が認められるにとどまる。
そして、Y病院の医師による説明の内容及び態様のほか、Xが本件手術に同意していた可能性等の一切の事情を併せ考えれば、その金額は100万円とするのが相当である。また、本件における弁護士費用相当額は、上記慰謝料の1割に当たる10万円とするのが相当である。

3 まとめ

本判決は、「本件手術時にホリゾンを過剰に投与した注意義務違反」については否定しましたが(このほかにも、「患者の呼吸を監視すべき注意義務違反」、「患者の血圧を測定すべき注意義務違反」の各主張がなされていましたが、いずれも否定されています。)、「経過観察の余地等についての説明義務違反」については肯定しました。
すなわち、ホリゾンの過剰投与に関しては、本判決が引用する最高裁判決において、医師が医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従っていなかった場合には、当該医師の過失が推定される旨の判断が示されていることから、その投与方法が添付文書に記載された使用上の注意事項に従ったものであったのか否かが問題となりましたが、本判決は、本件添付文書の記載内容はホリゾン使用の許容上限値を定めたものとまではいえず、患者の具体的な状態等に即してその記載内容と異なる使用方法をとることは禁止されていないとして、本件医師につき、本件添付文書の使用上の注意事項に従わなかったとは認められないとの結論をとりました。
その一方で、本判決は、本件手術が予防的な療法であったことや、診療ガイドラインの記載内容を前提として、本件手術に際しては、その実施に向けた説明のみにならず、経過観察の選択肢についても適切に説明されるべきであったにもかかわらず、これがなされなかったとして、本件医師の責任を肯定しました。
本判決も指摘しているように、本件手術が予防的な療法であったこと、また、本件患者が高齢であったことを考慮すれば、本件においては、経過観察の選択肢をとることも十分考慮に値する状況にあったと考えられます。このような場合には、経過観察の選択肢についての説明の必要性がより一層高まるものと考えられ、手術の実施に向けた説明と同様、経過観察の選択肢についても丁寧に説明すべきことが求められます。