No.146/パワハラ加害者にならないための「心得帳」 (その3)- (無意識にパワハラをしてしまうパワハラ加害者のために!) -
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No.146/2023.12.15発行
弁護士 福﨑博孝
パワハラ加害者にならないための「心得帳」 (その3)
- (無意識にパワハラをしてしまうパワハラ加害者のために!) -
参考資料【3】 ハラスメントとは何か?
参考資料【4】 パワーハラスメント(パワハラ)とは何か?
参考資料【3】
ハラスメントとは何か?
1.ハラスメントとは
ハラスメントは、本来的には「いじめ、嫌がらせ」のことを意味します。行為者本人の意識の有無には関係なく(すなわち、「故意」があろうがなかろうが)、「相手を不快にさせたり、尊厳を傷つける(傷つけられたと感じさせる)発言や行動をとったり、不利益を与えたり、脅威を与えること」などの“相手(被害者)の意思に反する言動”を指し、そのことによって、「相手方を精神的に傷つけたり、あるいは、職場環境等を悪化させたりすること」を意味するのです。もちろん、その果てには暴力・傷害・脅迫などの犯罪行為に行き着くこともあり、ハラスメントが暴言・暴力までも含めた意味で使われることが多くなっています。むしろ、社会問題化しているハラスメントは、暴言・暴力にまで行き着いた又は行き着く可能性のあるものを意味することも多くなっているようです。
すなわち、ハラスメントとは、そもそも、「いじめや嫌がらせ」、「苦しめることや悩ませること、迷惑」などを意味していますから、日常の人間関係(社会生活のいとなみ)の中における他者に精神的苦痛や身体的苦痛、精神的損失や物理的損失を与える結果となる行為を指すのです。しかし、一般的には、定量的かつ厳密な定義は存在せず、「ある行為を、ある者が不快に感じれば、その者にとってその行為はハラスメントということになる」ともいわれています。もっとも、裁判所でハラスメントとしての違法性が認められるためには、それなりの「客観性」が求められることはやむを得ないところであり、このような(客観性を求める)考え方は厚労省も同様であって、後述する厚労省告示第5号(以下「パワハラ防止指針」という。)では同様の取扱いをしています(パワハラになるかどうかを「平均的な労働者の感じ方」で判断しようとする取扱いをしています。)。いずれにしても、ハラスメントとは、行為者本人に故意があろうがなかろうが、そのことには関係なく成立するものとされています(ハラスメントを無意識で惹き起こしてしまいそうな人たちは、このことを絶対に忘れないで下さい!)。
2.ハラスメントの分類
ところで、ハラスメントとは「一般的な概念」であり、それ自体は「法律的な概念」(法的な定義がある)というわけではありません。そしてそれこそ、今では様々のハラスメント形態が提案・提示されており、一説には35種類、また他説では45種類のハラスメントがあると言われています(現実には、その数を超えてしまうくらいのハラスメント形態が通称化されています。)。
その中で、一般的に社会問題化しているハラスメントと言えば、①パワーハラスメト(パワハラ:立場や権力や階級といった上下関係〔権力、力などによる優位性・優越性〕を利用し、おおよそ下位に当たる者に対して本人の意思に反することを強要すること。この点については、2019年(令和元年)5月29日付の労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」以下同じ。)で法的な定義が定められ、2020年(令和2年)1月15日付厚労省告示第5号(いわゆる「パワハラ防止指針」)において、それが類型化されその詳細が説明されています。)、②セクシュアルハラスメント(セクハラ:相手の「性」に対する嫌がらせ、又は個人・集団を問わない「性的ないじめ」のこと。この点については、男女雇用機会均等法11条に明記されています。)、③マタニティーハラスメント(マタハラ:妊娠や出産を控えた者又は経験者に対して行われる嫌がらせのこと。多くの場合は仕事に関係し、職場において上位の者や同僚から退職へと追いやられるといった不当な扱いを受けること。この点については、男女雇用機会均等法11条の3に明記されています。)、④パタニティハラスメント(パタハラ:育児のために休暇や時短勤務を希望する主に男性職員に対する嫌がらせのこと(女性職員に対するマタハラになることもある。)。この点については、育児・介護休業法10条に明記され、「育児・介護ハラスメント」というのが正解です。)、⑤ドクターハラスメント(ドクハラ:一般に医師を含めた医療者が患者・家族に対して不当な態度や言動を行い、悪意の有無に関わらず患者に不快を感じさせること)、⑥ペイシェントハラスメント(ペイハラ:ドクターハラスメントの逆のパターンであり、患者・家族が医療者に対し、正当な医療行為を妨害するいじめ・嫌がらせなどの行為をすること)、⑦カスタマーハラスメント(カスハラ:消費者(顧客)による自己中心的で理不尽な要求や悪質なクレームなどの迷惑行為のこと)、⑧ジェンダーハラスメント(ジェンハラ:「男だから仕事は義務」、「女だから家事・育児が義務」などという、性別によるステレオタイプな性差別が行われること)、⑨モラルハラスメント(モラハラ:個人が有する常識や社会的モラルを他人の意思に反して強要することの総称)、⑩アカデミックハラスメント(アカハラ:学術研究の場における教育上・研究上の権力を利用したいじめや嫌がらせのこと)等があります。
これらのうち、②セクハラ、③マタハラ、④育児・介護ハラスメント(パタハラ)は、労働法制上も法律によって規制(事業者に防止措置義務を課している。)されていますが、①パワハラは厚労省の委員会提言(2012年1月付円卓会議報告による提言)による通達的な規制はあっても法規制がありませんでした。しかし、2019年(令和元年)5月29日付のパワハラ防止法によってパワハラが定義化され、法的に規制されることとなりました(なお、2020年(令和2年)1月15日付のパワハラ防止指針ではその定義が具体的に説明されていますが、⑦カスハラについても、近時の働き方改革の議論の過程でその問題性が厚労省で検討されるようになり、同指針でもその点に言及されています。また、⑥ペイハラについても厚労省はカスハラと同様の取扱いをしようとしています。)。
いずれにしても、法令による規制があるセクハラ、マタハラ、育児・介護ハラスメント(パタハラ)、パワハラについては、法的な意味のある定義又はそれに近いものが存在します(カスハラ、ペイハラも同様に法的規制の対象となっているといえるのかもしれません。)。したがって、当該言動のパワハラ該当性、セクハラ該当性を検討する場合には、この法的な意味での定義や類型に該当するか否かを検討する必要があります。
参考資料【4】
パワーハラスメント(パワハラ)とは何か?
1.はじめに
厚労省は、職場でのパワーハラスメント(パワハラ)について、2012年(平成24年)1月30日付(円卓会議)パワハラWG(ワーキング・グループ)報告に基づき、同年3月15日に「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」(以下「パワハラ提言」という。)を取りまとめて公表していました(すなわち、この頃には既に厚労省も、職場でのパワハラ規制が必要なことを分かっていたということなのです。)。そして、その後の2019年(令和元年)5月29日になってやっとパワハラ防止法(「労働施策総合推進法」)が成立し、職場でのパワハラを法律で規制することになったのです。すなわち、パワハラ防止法では、パワハラを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」と定義付けして、職場でのパワハラを法規制することとし、その上で、2020年(令和2年)1月15日に「パワハラ防止指針」を告示しているのです(パワハラ防止法は、大企業について2020年6月1日から施行され、中小企業については2022年4月1日から施行されています。)。その基本的な考え方は2012年(平成24年)のパワハラ提言の内容と異なることはないのですから、セクハラ・マタハラ・パタハラと比べて、パワハラの法的な規制の遅れは明らかなのです。
いずれにしても、暴行・暴言や仲間外し・無視等といった「職場におけるパワハラ」は、近年(平成13年の個別労働紛争調整法制定以降)、都道府県労働局での個別労働紛争の民事相談でも著しく増加しており、社会問題として顕在化していていました。こうした行為は、社員のメンタルヘルスを悪化させ、職場全体の指揮や生産性を低下させてしまうことから、厚労省は、上記のとおり、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」によってパワハラ提言を策定し(2012年3月)、それによってパワハラ対策を進めてきましたが、それだけでは対処ができず(その相談が減るということがなく)、パワハラ防止法の制定(2019年5月)を余儀なくされてしまったのです。このように、パワハラ防止法の制定が遅れた理由については、法律でパワハラを規制すると、職場における上司の部下に対する「指導・教育・管理」ができなくなる(上司が部下を叱れなくなる、怒れなくなる、それでは部下を指導・教育・管理できない…)という企業・事業者側の危惧感があったといわれています。
2.パワハラ防止法における「パワハラの定義」
(1)パワハラ防止法(正式には「労働施策総合推進法」)30条の2では「雇用管理上の措置等」という項目で、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と規定しています。
これを読めば分ると思いますが、パワハラについては、「職場において行われる 優越的な関係を背景とした言動であり、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであって、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されており、①職場において行われるものであること、②優越的な関係を背景とした言動であること、③業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること、④労働者の就業環境が害されるものであることという4つの要件が定められています。
(2)その後、2020年(令和2年)1月15日には、厚生労働省により「パワハラ防止指針」が告示されましたが、そこでは、次のように説明されています。
ア 「優越的な関係を背景とした」言動とは、当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」という。)に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係(【注1】)を背景として行われるものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる。
① 職務上の地位が上位者による言動
② 同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
③ 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
【注1】「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い」という点を重視し厳格に解釈すると、「職務上の地位が上位者による言動」に限定され、同僚や部下から上位者への言動がパワハラに該当するということは困難になります。その意味でも、今後実務においてどういう取扱いがなされるのかを注視していく必要があります。
イ 「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる。
① 業務上明らかに必要性のない言動
② 業務の目的を大きく逸脱した言動
③ 業務を遂行するための手段として不適当な言動
④ 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、行為者との関係性等)を総合的に考慮することが適当である。また、その際には、個別の事案における労働者の行動問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要である。
ウ 「労働者の就業環境が害される」とは、当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。
この判断にあたっては、「平均的な労働者の感じ方」(【注2】)、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である。
【注2】パワハラ、セクハラは、「被害者がそう感じたかどうか」が重要とされていますが、労働者の主観だけでは判断されていません(その意味では、「被害者がパワハラ・セクハラと感じたら、それはパワハラ・セクハラだ」というのは正確ではありません。)。セクハラ防止指針では、「『労働者の意に反する性的言動』及び『就業環境を害される』の判断に当たっては、労働者の主観を重視しつつも」としながらも、最終的には、「事業主の防止のための措置義務の対象となることを考えると一定の客観性が必要です。」とされています。このことはパワハラ指針においても同様に考えられ、その意味を込めて、「平均的な労働者の感じ方」としているのです。
エ 職場におけるパワーハラスメントは、上記ア~ウまでの要素を全て満たすものをいうが、個別の事案についてその該当性を判断するに当たっては、上記総合考慮することとした事項のほか、当該言動により労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等を総合的に考慮して判断することが必要である(【注3】)
このため、個別の事案の判断に際しては、相談窓口の担当者等がこうした事項に十分留意し、相談を行った労働者(以下「相談者」という。)の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、相談者及び行為者の双方から丁寧に事実確認等を行うことが重要である。
これらのことを十分踏まえて、予防から再発防止に至る一連の措置を適切に講じることが必要である。
【注3】上記のとおり、パワハラに該当するか否かは、被害労働者の主観だけで判断するわけにはいかず、最終的には、「労働者の主観を重視しつつも」「一定の客観性が必要」ということになり、「平均的な労働者の感じ方」を前提にすることになります。しかし、ここで「当該言動により労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等を総合的に考慮して判断」とされているとおり、客観性に重きを置き過ぎないように、「主観も十分考慮するように」ということなのかもしれません。