No.145/パワハラ加害者にならないための「心得帳」 (その2)- (無意識にパワハラをしてしまうパワハラ加害者のために!) -

No.145/2023.12.1発行
弁護士 福﨑博孝

パワハラ加害者にならないための「心得帳」 (その2)
- (無意識にパワハラをしてしまうパワハラ加害者のために!) -
参考資料【1】 わが国のハラスメントトラブルの推移と対応の系譜
参考資料【2】 ハラスメントについての世界の趨勢

参考資料【1】 

わが国のハラスメントトラブルの推移と対応の系譜

1.わが国の最初のハラスメント判決(セクハラ民事判決)は、平成4年の福岡セクハラ判決(福岡地判平成4年4月16日)といわれています。そして、その後の社会の流れの中で、平成9年の男女機会均等法の改正で事業者にセクハラ防止配慮義務が課され、平成18年の同法改正では事業者にセクハラ防止措置義務が課されました(事業者の配慮義務から措置義務とその責務はより重いものとなっていっています。)。さらに、平成28年の同法改正及び育児・介護休業法改正では事業者に対してマタニティ-ハラスメント(マタハラ)、パタニティ―ハラスメント(パタハラ 正確には「育児・介護ハラスメント」)防止措置義務が課されました。

2.しかし、実際の職場でのパワーハラスメント(パワハラ)事案は、それよりも前に社会的な急増をみており、都道府県労働局に寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談(個別労働紛争解決制度における「総合労働相談」のうち「民事上の個別労働紛争」にかかる相談における「いじめ・嫌がらせ」相談)の件数は、個別労働紛争解決制度が始まった当時の平成14年度には約6,600件程度にすぎなかったものが、その10年後の平成24年度には約51,670件とその相談件数が桁違いに跳ね上がりました(平成24年度労働相談件数のうち「いじめ・嫌がらせ」が全体の17.0%を占めており、かなりの相談件数となっています。以下、括弧の中の%は当該割合を指します。)。
そして、その後も相談件数の増大は続き、平成25年度には59,197件(19.7%)、平成26年度には62,191件(21.4%)、平成27年度には66,566件(22.4%)、平成28年度には70,917件(22.8%)、平成29年度には72,067件(23.6%)、平成30年度には82,797(25.6%)、令和元年度には87,570(25.5%)となり、そのころの十数年間は毎年着実かつ急速に増加し続けています。
しかも、解雇・自己都合退職・労働条件の引き下げなどという従来一般的であった相談項目を遙か昔に追い抜いてしまい、相談件数のトップを走り続けているのです。このようなことも背景にあり、パワハラによる精神障害を理由とする損害賠償請求は増加の一途をたどっており、労働基準監督署もパワハラよる精神障害を(以前と比べたら)比較的簡単に労災認定するようにもなっています。しかも、パワハラを原因とする「パワハラ自殺」、また、それを要因の一つとする「過労死」、「過労自殺」の増大も続いており、ついにわが国も、令和元年5月にはパワハラ防止法を制定せざるを得なくなり、同2年6月1日に同法が施行されるに至ったのです(全ての事業者への完全施行は令和4年4月)。

3.しかし、パワハラ防止法が制定された後の上記労働相談統計を見ても、いじめ・嫌がらせ相談件数が減少する気配がありません。すなわち、都道府県労働局に寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、その後令和2年度には79,190件(22.8%)と幾分減少しているものの、令和3年には86,034件(24.4%)と再び増加傾向にあるのです。すなわち、パワハラ防止法によってパワハラが社会の白日の下にさらされ、埋もれていたパワハラ事案が表出するようになり、そのことによって逆に相談件数が減っていない(むしろ、増えている)とも考えられるのです。
いずれにしても、これからのここ数年の間の相談件数の推移が気になるところです(事業者には、パワハラ対策などを通じて、この相談件数を減らすための努力が求められるといえそうです。)。

参考資料【2】 

ハラスメントについての世界の趨勢

1.わが国でパワハラ防止法が可決成立したころ(2019年〔令和元年〕5月)、スイス・ジュネーブの国連の国際労働機関(ILO)では、「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」(ILO第190号、以下「ILO職場でのハラスメント禁止条約」といいます。)が同年6月21日に可決採択され、わが国政府は、これに賛成票を投じています(賛成439票、反対7票、棄権30票。わが国は、政府が2票、労働組合〔連合〕が1票、経済界〔経団連〕が1票の投票権を持っていましたが、政府〔2票〕と連合〔1票〕は賛成票を投じたものの、経団連は棄権しているようです。)。
このILO職場でのハラスメント禁止条約は、わが国における「パワハラ防止法」に当たるものですが、その適用範囲や法律効果に顕著な相違点があります。

2.例えば、①ハラスメントの定義について、ILO職場でのハラスメント禁止条約では「身体的、精神的、性的、経済的に危害を惹き起こす可能性のある行為と慣行」とされ、セクハラ、パワハラ、モラハラ等ハラスメント全般を包括するものとされています。しかし、わが国パワハラ防止法では、その対象がパワハラのみとなっているのです。
また、②当該行為の取扱いについては、ILO職場でのハラスメント禁止条約では法的に「禁止」とされていますが、わが国のパワハラ防止法では、「事業者に対策・防止策を義務付ける」(措置義務)のみであって、行為そのものを直接禁ずる法律にはなっていません。
さらに、③罰則については、ILO職場でのハラスメント禁止条約が「制裁」を行う(「罰則」を付加する)こととされていますが、わが国のパワハラ防止法では罰則はありません。

3.確かに、わが国政府は、上記ILO職場でのハラスメント禁止条約に賛成票を投じましたが、ほぼ同じころにわが国が成立させたパワハラ防止法の“緩さ”(適用範囲の狭さ、禁止法になっておらず制裁がないこと等)を考えると、今のままでこの条約をわが国政府が批准することができるか甚だ心細いものを感じます。
しかし、世界の趨勢が、罰則を科することを前提とするハラスメント禁止にある以上、いずれそう遠くない時期に、わが国もパワハラ防止法を改正し、ハラスメントを全面的に禁止して、それに違反する行為者は罰せられるという世の中になる可能性があるのです(わが国政府は、ILO職場でのハラスメント禁止条約に賛成票を投じているのですから、そのようにしなければおかしいはずです。)。わが国においても、ハラスメントについての世界の流れの方向を念頭に置きながら、この問題への対処を考えておかないと、いずれ大きな禍根を残すことにもなりかねません。