No. 144/パワハラ加害者にならないための「心得帳」 (その1)- (無意識にパワハラをしてしまうパワハラ加害者のために!) -はじめに

目次

No.144/2023.11.15発行
弁護士 福﨑博孝

パワハラ加害者にならないための「心得帳」 (その1)
- (無意識にパワハラをしてしまうパワハラ加害者のために!) -
はじめに

今回のシリーズでは、「パワハラ加害者にならないための『心得帳』~無意識にパワハラをしてしまうパワハラ加害者のために!~」というテーマで論を進めていきたいと思います(なお、このてんについては、臨床医療法務だより№50(2021年8月)から№62(2021年11月)にかけても同様のテーマで論稿を掲載しています。)。
しかしそれでも、その後のここ数年、パワハラ研修の講演依頼が後を絶たず、その度にレジメを精査し加除訂正を繰り返しています。パワハラ研修のための講演を続けていると、さまざまな意見や声が寄せられ、その度にレジメを加筆・修正していかざるを得なくなります。いずれにしても、今回のシリーズでは特に、職場において、‟部下に対する指導・教育・管理をしていかざるを得ない立場の役職上位者(以下「上司」)が、意図せずに(知らず知らずのうちに)パワハラ地獄に陥っている事態が多くなっており、それを何とかしたい”との思いで執筆しています。
今回の原稿であるシリーズの「(その1)」では、いま現在の最新の私の講演レジメを掲載し、その後の「(その2)」以降では、当該レジメに添付した参考資料【1】から【6】を掲載させていただきます(参考資料【1】から【6】は、レジメ本文(その1)をさらに深めていただくために詳論したものとなっております。)。

目 次

(はじめに) ☜参考資料【1】
1.人はパワハラを自らで自覚して自らそれを抑え込むことができる!
(1)人間社会の上下関係と‟人のパワハラ体質”
(2)故意なく無意識に行ってしまうのがパワハラ!
(3)人はパワハラを自ら自覚して自ら抑え込むことができるのか?(できるはず!)
2.組織で働く者として、‟これだけは知っておくべき知識”(自らのパワハラ言動を抑え込むために必要不可欠な知識)
(1)意図しないパワハラによって知らず知らずのうちに‟加害行為者が地獄に落ちる”ことがある!
(2)パワハラは‟組織と人”に‟取り返しのつかない損害”を被らせることがある!
(3)これからは(将来的には)、ハラスメント自体が法律上禁止され、刑罰が科される可能性もある。☜ 参考資料【2】
(4)パワハラの「定義」と「6類型」を知っておくこと(その知識)が必要不可欠!
ア パワハラ防止法における「パワハラの定義」  ☜ 参考資料【3】【4】
イ パワハラ防止指針における「パワハラの行動6類型」 ☜ 参考資料【5】
(イ)暴行・傷害(身体的な攻撃)
(ロ)脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
(ハ)隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
(ニ)業務上明らかに不当なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
(ホ)業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
(ヘ)私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
(5)パワハラにならないための‟指導・教育・管理”
(6)逆パワハラの増大(パワハラ防止法制定当初から予想されていた…)
3.最後に(働きやすい職場をつくるために) ☜ 参考資料【6】

(はじめに) ☜ 参考資料【1】

職場でのハラスメントは平成になってから社会問題化したように思えます。当初はセクシャルハラスメント(いわゆる「セクハラ」)が社会問題化して裁判所の判決が出るようになり、その後平成9年には男女機会均等法によって事業者にセクハラ防止配慮義務が課され、さらに、平成18年にはセクハラ防止措置義務が課されました(当初、単なる「配慮義務」だったものが、その後「措置義務」とされるようになったのです。)。そして、平成28年にはマタニティーハラスメント(いわゆる「マタハラ」)、パタニティーハラスメント(いわゆる「パタハラ」。正確には「育児・介護ハラスメント」)が事業者の防止措置義務の対象となりました(男女機会均等法、育児・介護休業法)。
しかしこの間、実際には、職場でのハラスメントとして最も多発しているはずの「暴言・暴力・いじめ・嫌がらせ」(いわゆる「パワハラ」)が、法律としては野放し状態になっていたのです(パワハラについては、厚労省は委員会提言等による通達的な対応はしていたものの、法制度化まではしてきませんでした。)。しかし、職場での様々のハラスメントのうち「暴言・暴力・いじめ・嫌がらせ」(いわゆる「パワハラ」)こそが本丸であり、そして、それがいわゆるパワーハラスメントという‟誰でもが犯しかねないハラスメント”、‟誰でもが遭遇しかねないハラスメント”だったのです。
職場におけるハラスメント問題には、それほど長い歴史があるわけではりませんが、パワハラ防止法施行後において、パワハラアンケートなどの実態調査で分かってきたことがあります。つまりそれは、本来組織の中で有能でリスペクトされているはずの人たち(有能な上司など)までもが、「パワハラ加害者地獄」に陥ってしまうという事例が目立ってきているという点です。すなわち、「仕事のできる人」、「責任感の強い人(部下を育てようという気持ちの強い人)」、「自分に自信のある人」などが、怒りっぽく、感情的になり易いばかりに、知らず知らずのうちに部下に対してパワハラをはたらいてしまい、「結果的にその責任をとらされる」という事態が増え始めているのです。
 そこで本稿では、①本来組織の中で有能でリスペクトされている上司が知らず知らずのうちに「パワハラ加害者地獄」に陥らないようにすること、②自らのパワハラ体質を知らないままパワハラ加害を惹き起こし、人生を狂わせてしまうことがないようにすること、そして、③そのトバッチリを受けて、部下たちが「パワハラ被害者地獄」に陥らないようにすることを目的としてパワハラを論じてみたいと考えています。
いずれにしても、パワハラ被害をなくす方法は、‟被害者になる(なった)人たちに覚醒を求め加害行為と闘ってもらう”というよりも、逆に、‟加害行為者となりかねない人たちを啓蒙してパワハラをなくすこと”の方がより効率的で効果的なのではないでしょうか。

1.人はパワハラを‟自らで自覚”して‟自らそれを抑え込む”ことができる!

(1)人間社会の上下関係と‟人のパワハラ体質”

〇 人間社会に上下関係があり、そこでの‟人のいとなみ”がある限り、人間関係において‟人のパワハラ体質”は顕在化せざるを得ない。
〇 人間社会における‶協働生活のいとなみ”の中では、「上位者」(上司)から「下位者」(部下)への指導・教育・管理が必要不可欠であり、そのことによって人間社会の秩序が成り立っている。
〇 人間社会の上下関係において「上位者」から「下位者」への指導・教育・管理が必要不可欠である限り、「上位者」から「下位者」への‟パワハラ的傾向”又は‟パワハラ体質”は、いわば人間の性(さが)といえるかもしれない。
〇 そして一般的に、人は、①パワハラ言動に無知又は無自覚(正しいことをやっていると思っている場合も…)、②仮に認識し自覚していても‶パワハラ言動か否か″の線引きが簡単ではない(簡単に判断ができないために、賢い人は必要以上に抑制的になり、そうでない人は判断を誤ってパワハラ言動を続けてしまう…)。
※ ここで使う「無知」は「知らないこと、知識がないこと」を意味します。
〇 このようなことが背景となり、人は時として、‟許される範囲(社会的許容性)を超えたパワハラ言動”をしてしまい、ハラスメントトラブルを引き起こす!
〇 特に、パワハラ言動が見られる人(その傾向のある人)には、(私の経験から言えば)①仕事のできる人、②人一倍努力を重ねてきた人、③責任感の強い人(例えば、部下を真剣に育てようという気持ちの強い人)、④自分に自信がある人、❺怒りっぽい人(感情的になり易い人)、❻体育会系気質が強い人、❼他人の言うことに耳を貸さない人(貸せない人)、❽いったん言い出したら意見を変えない頑固な人、➒自分では仕事ができると思っている人、❿自信過剰な人、⓫相手(特に弱い立場にある人)のこと(立場や能力)を配慮しない人(配慮できない人)、⓬他の人への忖度ができない人(忖度しない人)、⓭周りの空気を読もうとしない人(周りの空気が読めない人)、⓮自己中心的傾向の強い人、⓯粗暴な傾向がある人等が多いようである。
〇 以上①~⓯の傾向を見れば分かると思いますが、パワハラ言動のみられる人は、比較的‟強い性格・激しい性格”を共通項としながらも、様々の性格的な傾向がみられるのであり、したがって、‟仕事のできて、責任感の強い人で、後輩を育てようと真剣に考えている、有能でリスペクトに値する人”などであっても、‟感情的になり易い短気な人”や‟体育会系気質の強い人”等は、パワハラを惹き起こし易い。

(2)故意なく無意識に行ってしまうのがパワハラ!

〇 パワハラに関するアンケートを実施すると、パワハラの類型全体の割合は「身体的攻撃(暴行、暴力)」が数%で、その他の「精神的攻撃等(暴言、脅し、いじめ・嫌がらせなど)」が合計95%前後となることが多い。
〇 そして、パワハラとしての身体的攻撃では当該行為者が意図的に行うこと(故意があること)となる。
しかし、精神的攻撃等(暴言、脅し、いじめ・嫌がらせなど)においては‟当該行為者が意図していない”(パワハラになっていることを認識していない、故意がない、過失による)場合が非常に多いという現実がある。
〇 すなわち、パワハラ、セクハラ等の職場でのハラスメントは、その多くの場合において、‟職員が意図せずに(故意ではなく)犯してしまう違法行為”(過失によっても犯してしまう違法行為)の典型ということになる。
〇 したがって、人はパワハラ言動を知らず知らずのうちに(無意識に)やってしまう!という結果になってしまう。

(3)人はパワハラを‟自ら自覚”して‟自ら抑え込むこと”ができるのか?(できるはず!)

〇 ①‟パワハラとは何か”を知ること・認識すること、②‟パワハラか否か”を判断すること(判断できること)、③‟自らの言動がパワハラ言動か否か”を自覚することができるようになれば、あとは普通の人の感覚と倫理観がありさえすれば、自ずと自らのパワハラ言動は制御(コントロール)が可能となるはずである。
〇 そのためにはまず、パワハラに関する知識(‟パワハラとは何か”等)が必要不可欠である(組織における研修が不可避であり、しかも「研修の継続」が求められる。)。
〇 すなわち、自らの‟パワハラ的傾向”や‟パワハラ体質”を制御(コントロール)するためには、パワハラに関する「知識」を得たうえで、自らを省みる「知性」(判断力)の働きが健全であれば、パワハラ言動を認識し自覚することができるのであり、何とかその対応(気持ちの制御・コントロール)が可能となるはずである!
〇 むしろ、「パワハラに関する知識を前提とした知性」以外に、それ(パワハラ)をコントロールする術(すべ)はないといえる。
〇 以上をまとめると、「パワハラの知識を得て(有知)、自らの言動を判断し(知性)、その言動を認識して(自覚)、自らの言動を律する(抑制する)ことでしかパワハラ言動を回避する方法はないのではないか」ということである。
※ 「知性」とは、「ものを知り、考え、判断する能力」(判断力)をいう。
※ ここでいう「自覚」とは「‶自分の置かれている立位置や状況″、‶自分の価値・能力″、‶自分が他人からどう評価されているか″などをはっきり知ること」をいう。

2.組織で働く者として、‟これだけは知っておくべき知識”(自らのパワハラ言動を抑え込むために必要不可欠な知識)

(1)意図しないパワハラによって知らず知らずのうちに‟加害行為者が地獄に落ちる”ことがある!

〇 わが国政府がパワハラ防止法等でパワハラを法規制してしまった以上、事業者は、それを犯した職員への処分(懲戒処分等)も重いものとせざるを得ない(実際に、自治体や企業・各種組織ともに「パワハラの重罰化」を進めている!)。(←過去における「酒気帯び運転の厳罰化」と似ている。)
〇 また、被害者から加害行為者への刑事告訴や民事損害賠償請求などの法的対抗も拡がりをみせている(加害行為者に対する法的措置についての‶被害者の意識と行動″が先鋭化し、かつ拡がっている!)。
〇 これをまとめるとすれば、
❶ パワハラの加害行為者に対しては、当該行為がそれを意図していなかった(故意がなかった)としても(無知・無自覚によるパワハラであったとしても)、事業者がこれまでにも増して厳しい処分(重たい懲戒処分等の重罰)をとらざるを得なくなっている。
❷ また、精神に疾患を負ってしまった被害者などは、加害行為者に対し、民事・刑事にかかわらず、何らかの法的措置を採る可能性が高くなっている(被害者は容易に加害行為者に反撃を加えることができ、かつ、実際にその傾向が強くなっている)。
〇 以上のこと(❶❷)は、上司も部下もそのすべての職員が十分に銘記しておく必要がある!

(2)パワハラは‟組織と人”に‟取り返しのつかない損害”を被らせることがある!

〇 パワハラ、セクハラ等のハラスメントは、職場での人間関係を破壊し、職場の就労環境を劣悪化させる。
劣悪化した職場環境での就労は、そこで働く職員らの精神を蝕んで追い詰めていき、精神科・心療内科の受診を余儀なくさせ、休業・退職に追い込んでしまうこともある。すなわち、人間関係のみならず、‟人”そのものを壊してしまうこともある。
〇 一般的に長時間労働によって劣悪化した職場環境にはパワハラ言動が蔓延していることも多い!(長時間労働・過重労働をさせること自体がパワハラといえる。)
〇 長時間労働などにより劣悪化した職場環境でパワハラが行われると、ますます職員の精神は病むことになり、それこそ「過労死」・「過労自殺」、挙句の果てに「パワハラ自殺」にまで追い込んでしまうことさえもある(なお、教育界においては、学校の教師による理不尽な指導により生徒・学生が自ら死を選ぶ「指導死」が社会問題化しているが、パワハラ自殺も同様であり、上司によるパワハラ言動によって部下が死を選択してしまうことがある。)。
〇 事業者(組織)としては、状況しだいで、休業・退職などにより①被害職員を失うとともに、重罰化された懲戒処分などによって②故意なき加害職員をも失うことになりかねない!(つまり、1人のパワハラ言動が2人の人生を狂わせる!)
〇 職場で働く全ての職員がそのことを想像し自覚できなければ、働きやすい職場の実現など望むべくもない。

(3)これからは(将来的には)、ハラスメント自体が法律上禁止され、刑罰が科される可能性もある。 ☜ 参考資料【2】

〇 2019年(令和元年)5月に成立したパワハラ防止法では、パワハラが禁止されたわけではなく、事業者にパワハラの防止措置義務を課したに過ぎない。
〇 しかし、2019年(令和元年)6月に成立した「ILO職場でのハラスメント禁止条約」では、職場におけるセクハラ・パワハラ・モラハラ等のハラスメント全般が禁止され制裁が科されることとされており、この条約に賛成票を投じたわが国おいても将来的にはハラスメントが制裁をもって禁止される可能性がある(なお、ここでいう「ハラスメント」はパワハラよりも広い概念である。)。
〇 したがって、これから将来にわたり、組織の中で‶労働者としてのいとなみ”をなす人たちは、いまからでも遅くないので、自らのパワハラ言動に対する自己コントロール策を検討しておく必要がある。

(4)パワハラの「定義」と「6類型」を知っておくこと(その知識)が必要不可欠!

「無知から有知へ!」、「無自覚から自覚へ!」と進み、「自らの‟パワハラ的傾向”や‟パワハラ体質”を自己コントロール」するためにためには、少なくとも、パワハラ防止法・パワハラ防止指針に定められた‶パワハラの定義や類型(6類型)”の知識をもつことが必要不可欠です。それを認識できなければ、自らのパワハラ言動を自己コントロールできるはずもありません。

ア パワハラ防止法における「パワハラの定義」 ☜ 参考資料【3】【4】

(ⅰ)パワハラについては、パワハラ防止法において、①職場において行われるものであること、②優越的な関係を背景とした言動であること、③業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること、④労働者の就業環境が害されるものであること(労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられること)という4つの要件が定められている。
(ⅱ)「優越的な関係を背景とした言動」については、「当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」という。)に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの」を指し、「❶職務上の地位が上位者による言動」、「❷同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」、「❸同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの」が例示され、(❷❸のとおり)同僚間または部下から上司へのパワハラ(後述する、いわゆる「逆パワハラ」)も想定されている。
(ⅲ)「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」とは、社会通念に照らし、当該言動が、明らかに業務上必要性がない、またその態様が相当でないものを指し、①業務上明らかに必要性のない言動、②業務の目的を明らかに逸脱した言動、③業務を遂行するための手段として不適当な言動、④その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動が含まれる。
当該行為者の言動が「パワハラ言動に該当するか否か」を判定するうえでは、ここでいう「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動か否か」の判断が非常に重要である。当該言動が当該状況において「必要なものか否か」、また、仮に必要な言動だとしても「社会通念に照らして相当な程度の言動にとどまっているか否か」などの判断をする必要がある。

イ パワハラ防止指針における「パワハラの行動6類型」 ☜ 参考資料【5】

令和2年1月に策定されたパワハラ防止指針(厚労省告示)では、「職場におけるパワーハラスメントの状況は多様であるが、代表的な言動の類型としては、以下の(イ)から(ヘ)までのものがあり、当該言動の類型ごとに、典型的に職場におけるパワーハラスメントに『該当すると考えられる例』(該当例)、又は『該当しないと考えられる例』(非該当例)としては、次のようなものがある」とその具体例を挙げています。しかし、これらはあくまでも例示に過ぎないことに留意して下さい。パワハラに該当する事例は他にも多く考えられます。
  また、パワハラ防止指針では、「該当すると考えられる例」(該当例)と「該当しないと考えられる例」(非該当例)に区分していますが、その線引き(切り分け)にはかなり難しい判断が求められます。そのキーポイントは行為者側の「意図」と「感情」ということになりそうです(そういう視点で下記(イ)から(ヘ)を読み解くと、なんとなく理解できるようになると思います。そもそも意図(目的)が正しくなければ、相手方に威圧的な言動はパワハラにならざるを得ませんし、また、意図(目的)が正しくとも感情的な言動はパワハラになる可能性が高いのです。)。
そして、この点を理解しないと現実の社会生活ではその判断基準とはなり得ません。この点については、そのことを検討している参考資料【5】を是非読んでみて下さい。

(イ)暴行・傷害(身体的な攻撃)

(ⅰ)該当すると考えられる例(該当例)
① 殴打、足蹴りを行うこと。
② 相手に物を投げつけること。
(ⅱ)該当しないと考えられる例(非該当例)
① 誤ってぶつかること。

(ロ)脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)

  (ⅰ)該当すると考えられる例(該当例)
     ① 人格を否定するような発言をすること。(例えば、相手方の性的指向・性自認に関する侮辱的な発言をすることを含む。)
     ② 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
     ③ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
     ④ 相手方の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛に送信すること。
  (ⅱ)該当しないと考えられる例(非該当例)
     ① 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意しても、それが改善されない労働者に対して一定程度強く注意すること。
     ② その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意すること。

(ハ)隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)

(ⅰ)該当すると考えられる例(該当例)
   ① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
   ② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立さえること。
(ⅱ)該当しないと考えられる例(非該当例)
   ① 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。
   ② 懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。

(ニ)業務上明らかに不当なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)

(ⅰ)該当すると考えられる例(該当例)
① 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
② 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま、到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
③ 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。
(ⅱ)該当しないと考えられる例(非該当例)
    ① 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
   ② 業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

(ホ)業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)

(ⅰ)該当すると考えられる例(該当例)
    ① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
    ② 気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。
(ⅱ)該当しないと考えられる例(非該当例)
    ① 労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。

(ヘ)私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

       (ⅰ)該当すると考えられる例(該当例)
         ① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
         ② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ず他の労働者に暴露すること(【注】)。

【注】例えば、「性的指向・性自認(LGBTQ)等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ず他の労働者に暴露すること」を「アウティング」ということがありますが、実際に、保険代理店に勤務していた20代男性が上司による性的指向の暴露に遭い、そのことが原因となり精神疾患を発病したということで令和4年3月に労災として認定されているようです(西日本新聞令和5年7月25日)。要するに、アウティング(個人の性的指向・性自認などの暴露)は「個の侵害」というパワハラ類型に該当するのであり、労働者の触れられたくない事実を噂として流されることはパワハラに該当し、そのことが原因で被害者が労災認定を受けたり、また、加害者が慰謝料などの損害賠償請求を受けたりすることもあるということなのです。
       (ⅱ)該当しないと考えられる例(非該当例)
         ① 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒヤリングを行うこと。
② 労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。

(5)パワハラにならないための‟指導・教育・管理”

人間社会において、上位者(先達)が下位者(後進)を「指導・教育・管理」することは、その組織を維持・発展させるために必要不可欠であり、これなくして人間社会は成り立ちません。しかし、上司の部下に対する「指導・教育・管理」は、ある意味必然的にパワハラ傾向が強くならざるを得ません。経験豊富な上司が、何も知らない部下を「指導・教育・管理」するとき、それがうまく奏功しない場合に‟感情的になることは人間の性(さが)”としかいいようがありませんが、そこにパワハラ加害の落とし穴があるのです。そして、パワハラに該当するか否かの判断の基準としては、‟当該言動の意図(目的の正しさ)”と、‶感情的になっていなかったか否か(手段・態様の相当性)″が非常に重要なものとなってくるのです。
〇 「叱る」ことは「指導・教育・管理」の極めて重要な一つの方法である(これまで私たち社会は、「叱ること」が重要な「指導・教育・管理」の一つの手法とされてきた。)。しかし、「叱る」には2種類あり、‟当該者の将来を慮った「指導・教育・管理」の範疇である冷静沈着な物言いの「正しい叱り方」”と、‟腹立たしい感情を伴った叱責などという「正しくない叱り方」”がある。 ⇒ 後者(感情を伴った叱責)はパワハラとなる可能性がある!
〇 その言動が正しい動機・目的(正しい「指導・教育・管理」の目的)であっても、感情が先走り、その手段や態様が通常許される範囲を逸脱した感情的な言動になってしまうと、その相当性を逸脱してしまい、「パワハラ言動」と言わざるを得なくなる。
〇 ‟腹立たしい感情が押し出された「指導・教育・管理」”、‟理不尽な(合理性の欠如した)「指導・教育・管理」”、‟威圧的で反論を許さないような「指導・教育・管理」”、‟部下などの相手をリスペクトしていない言動(「お前はアホか」「お前は馬鹿か」等)による「指導・教育・管理」”は、パワハラ言動になる可能性があることを覚悟すること!
〇 ‟パワハラ的「指導・教育・管理」”と‟情熱的な「指導・教育・管理」”とは、似て非なるものであり本質的に異なる。 そして、体育会系的気質の人の情熱的指導はパワハラにつながりやすい!
〇 ‶感情を前面に押し出した「指導・教育・管理」″と‟合理性を前提とした「指導・教育・管理」”とは相対するものであり本質的に異なる。いずれにしても、‟人の強い感情“はパワハラにつながり易い!
〇 ‟根性論に裏付けられた「指導・教育・管理」”と‟科学に裏付けられた「指導・教育・管理」”とは本質的に異なり、結果に違いが生まれることも多く、また、根性論に裏付けられた「指導・教育・管理」は、感情的な指導につながり、パワハラ言動になり易い!
〇 上司が部下を‶冷静に(感情的にならずに)「叱る」″ということは、理に適った説得的要素が必要であり、最終的には「業務命令・人事権限の行使・懲戒権限の行使・普通解雇権限の行使」等の人事管理・労務管理権限を背景とした「合理的なもの言いの指導・教育・管理」ということにならないか。
〇 ‟怒る、叱責する”から‟(人事権や労務管理権限の行使を背景とした)冷静な指導・教育・管理(合理的労務管理対応)”、‟当該労働者の将来を慮った指導・教育・管理”への転換が必要である。  ⇒ ‟冷静に「叱る」こと”、‟合理的に説得すること”の必要性!

(6)逆パワハラの増大(パワハラ防止法制定当初から予想されていた…)

パワハラ防止指針では、「優越的な関係を背景とした言動」については、「当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの」を指すと説明し、さらに、「❶職務上の地位が上位者による言動」、「❷同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」、「❸同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの」が例示されています。
そして、上記❷❸を見れば明らかなとおり、同僚間または部下から上司へのパワハラ(いわゆる「逆パワハラ」又は「逆ハラ」)が想定されているのです。
〇 逆パワハラとは、上記のとおり、後輩から先輩、非正規社員から正社員、部下から上司などの「下位者から上位者(例えば、管理される側から管理する側)に対して行われるいじめ・嫌がらせ等」であり、一般のパワハラとは逆のベクトルとなっており、ペイシェントハラスメントも同様に「逆パワハラ」の一種ということができる。
〇 逆パワハラが増加している背景としては
 (1)わが国においては雇用システムが「実力主義」になってきており、実力のある若手、知識・経験値の高い非正規雇用の職員が上司の管理を嫌がる傾向が強いこと(特に、ITリテラシー〔ITに関する理解力〕に逆格差が生じていること)。
(2)高齢の非正規雇用の職員(高年齢者雇用安定法による継続雇用制度)による年若の上司に対する逆パワハラがみられるようになったこと。
(3)上司のマネージメント能力の不足
(4)わが国の労働者の多くが逆パワハラの認識がないこと(逆パワハラもパワハラに該当するとの認識がないこと)。
   〇 ただし、部下が結束して上司と交渉したり、意見の具申をしたりすること等はパワハラには該当しない。常識的な範囲でのやり方や方法であれば(方法に逸脱がない限り)、弱い立場の者が強い立場の者に対して団結し結束して対応することは許される。 ⇒いずれにしても、パワハラ上司は、部下たちから、正当な団結権の行使又は逆パワハラ攻撃にさらされる可能性があることを覚悟すること!
   〇 逆パワハラを放置すると、
    (1)企業秩序が維持できなくなり、組織運営に支障をきたす。
    (2)職場環境が悪化して労働者への仕事の意欲が低下し労働能率も落ちる。
    (3)部下との関係に悩んだ上司がメンタルヘルス不調に陥り、休職・退職、最悪の場合自殺に至ることもある。
    (4)被害を受けた上司(被害者)が、加害者である部下だけではなく、企業に対しても、使用者責任や安全配慮義務違反などに基づく損害賠償請求をして、訴訟等に発展する。
 《以上のとおり、逆パワハラも通常のパワハラと何ら変わるところがない。》

3.最後に(働きやすい職場をつくるために) ☜ 参考資料【6】

以上のとおり、「仕事ができ、責任感が強く、自分に自信のある」人であっても(むしろ、それがゆえに)、「少々の怒りっぽさ」と「自らの感情をコントロールすることができないこと」によって、「パワハラ加害者地獄」に陥ることがあります。
その言動が正しい目的(部下の指導・教育・管理)をもつものであっても、その手段や態様が通常許される範囲を逸脱した‶感情的言動”によってパワハラ言動をしてしまい、「パワハラ加害者地獄」に陥ることがあるのです。
そして逆に、その対象とされた部下は「パワハラ被害者地獄」に苦しめられてしまうのです。
つまり、これらのことによって、パワハラ加害行為者になった人は組織から厳罰に処せられて排除され、一方、被害者は休業を繰り返して退職を余儀なくされることがあります。
また、パワハラ加害行為者は、被害者からの損害賠償請求等の法的追及を受けることにもなり、最悪の事態、(加害行為者、被害者の)いずれもが組織から外れていってしまって(退職あるいは休業・休職してしまって)、当該組織自体も大損害を被ってしまうのです。
このような事態を考えると、「働きやすい職場をつくること」がいかに重要か、ご理解いただけると思います。
パワハラは、組織での人間関係を破壊し、就業環境を劣悪化し、働く職員らの精神を蝕んで、その「人」自体を壊してしまうこともあるのです。職場を健全に維持していくためには、パワハラ的な対処ではなく、組織的な合理性(「指導・教育・管理」を人事管理・労務管理上の法的原則に従った合理的対応)に則り、常識的で穏やかな対応が必要不可欠です。
いずれ近い将来、上司の部下に対する「指導・教育・管理」が、‟声を荒げず、怒鳴り散らしもせず、強く叱責することもなく、たおやかに優しく説明して“、業務上の「指導・教育・管理」に従わせる時代を迎えることができるのかもしれません(できるようにしなければなりません。)。
しかしその一方で、それでもその「指導・教育・管理」に従わない部下たちには、就業規則等に基づくペナルティーや処分が待っている、ということになります。