No.136/人生の最終段階における医療行為とインフォームド・コンセント(ガイドラインの重要性)(その6)

目次

人生の最終段階における医療行為とインフォームド・コンセント(ガイドラインの重要性)(その6)
(第5 透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言)

No.136/2023.7.18発行
弁護士 福﨑博孝

第5 透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言

(はじめに)

終末期ないしそれに近似した人生の最終段階では、‟透析の開始や不開始あるいは中止”という医療行為も倫理的な事項として問題となります。そしてそこでは、「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」(以下「透析の開始と継続に関する提言」-令和2年版-といいます。)を参考とすることになります。これは正確に言えばEBМ(科学的根拠に基づく医療)に添ったものとはいえないということで「提言」と称されているようではありますが、腎臓病関係の医学会全体としての考え方をまとめたものとなっているようですから、一般的なガイドラインとして取り扱ってもおかしくないと思われます。 なお、透析においては、正確に言うと、「透析の開始や不開始あるいは中止の問題」ではなく、「透析見合わせ」という用語が使われており、「透析を差し控える、または、透析の継続を中止するのではなく、透析を一時的に実施せずに、病状の変化によっては透析を開始する、または、再開する意味がある用語」とされています(日本透析医学会雑誌53巻4号181頁 以下「頁数」のみの記載は同雑誌のページ数である。)。

1.終末期医療としての透析の開始・不開始又は継続あるいは中止

前述したとおり、急性期型の終末期ないしそれに近似した人生の最終段階では「3学会からの提言」が欠かせません。そしてそこでは、「2)延命措置についての選択肢」として、「延命措置を減量、または終了する場合の実際の対応としては、例えば以下のような選択肢がある。」(3学会からの提言2~3頁)とされ、人工呼吸器など幾つかの措置(医療行為)が挙げられており、その中の一つに「(2)血液透析などの血液浄化」(同3頁)があります。 すなわち、日本救急医学会、日本集中治療医学会、および日本循環器学会の「3学会からの提言」でも、‟終末期医療としての透析の開始・不開始や継続又は中止“などの医療措置の可否が議論され、「透析の開始と継続に関する提言」において、さらに具体的な手順等が提言されているのです。

2.透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言(198~217頁)

以下の「透析の開始と継続に関する提言」では、「SDМ(シェアード・デシジョン・メーキング)に基づく決定およびACP(アドバンス・ケア・プラニング)の十分な実施も詳細に提示し、全国の透析施設で参考にできる内容とし、医療チームは、患者の意思を尊重し、その意向に寄り添いながら、本人が納得できる尊厳あるいは人生を送り、望む最期を迎えられることを目指した。」(日本透析医学会雑誌53巻4号177頁 以下「頁数」のみの記載は同雑誌のページ数です。)とされています。すなわち、透析の開始と継続に関する下記の提言では、インフォームド・コンセント(IC)の発展型ともいえるSDМ(協働意思決定)やACPを重視し、透析の開始や継続という医療措置について、患者本人の意思を尊重し、本人が望む最期を迎えられるようにしようとしているのです。

提言1 医療チームによる患者の意思決定の尊重

1)患者が意思決定した医療とケアの方針を尊重する。

意思決定能力を有する患者には、人生の最終段階にあるかどうかにかかわらず、わかりやすい適切な説明を受け、自らの意思に基づき医療を受ける権利と医療を拒否する権利があることを認識し、患者が意思決定した医療とケアの方針を尊重する。 意思決定能力を有さないが、意思決定能力を有する時期に意思決定した事前指示(文書または口頭)が存在し、そこに示された患者の医療とケア方針について、家族等の合意が得られれば尊重する。 家族等が合意しない場合、医療チームは、患者の意思決定が尊重されるべきものであることを家族等に繰り返し説明し、合意が得られるように努力する。

2)患者から透析開始前に「透析の開始同意書」を取得する。

患者は自分の治療を選択できる。その際の医療チームは、必要な情報を十分に説明し患者の理解を得たうえでの選択が望ましい(【注36】)。医療チームは意思決定能力を有する患者においては、患者自身から家族等同席のもとで透析開始前に「同意書」を取得する。 意思決定能力を有さない患者の場合には、家族等は患者の医療とケアの代諾者(【注37】)にならざるをえず、家族等から同意を取得する。その際に医療チームは、必要な情報を十分に説明し家族等の理解を得たうえでの選択が望ましい(【注36】)。 家族等が来院できずに同意書を取得できない場合には、家族等に対して電話で説明した内容および同意した内容を診療録に記載する。家族等と連絡がとれない場合には、通常説明すべき事項を診療録に記載し、後日、再度説明して同意書を取得することが望ましい。後日の合意内容も診療録に記載する。 血縁者や友人が全くいない者、戸籍も不明な独居者、血縁者から一切の連絡を拒まれている者等、同意書を作成する段階で患者本人以外の同意を取得することが不可能な場合については、その旨を診療録と看護記録に記載する。

3)患者に事前指示書(AD)を作成する権利があることを説明する。

患者がAD(事前指示書)を作成していない場合、いついかなる状態であっても、本人が希望する医療とケアを将来にわたって医療チームから提供されるためには、その意思を示す根拠となるADを作成する権利があり、作成した場合には定期的に見直し、いつでも撤回できることを説明する。 (以上200~201頁)

【注36】ここでの「望ましい」という表現は妥当ではなく、「医療チームは、必要な情報を十分に説明し患者の理解を得たうえでの選択を求める。」という表現にすべきではないかと思われます(私見)。

【注37】「代諾者」については、「患者が意思表示できない場合または患者に意思決定能力がない場合、家族等が医療とケアの代諾者にならざるをえないが、相続人を加えた話合いが重要である。家族等がいない場合には、医療チームは、厚労省が2019年に公表した『身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン』を参考にするが、わが国では、成年後見人と任意後見人は患者の医療とケアに同意する権限は現時点で認められないため、医療チームが把握できる介護従事者や自治体の福祉担当者に相談することが望ましい。なお、戸籍を調べて、相続人が判明し連絡できる場合には、その同意は法的に重要な意味を持つ。また、家族等と合意形成ができない場合、家族等から協力が得られない場合、家族等に連絡できない場合には、医療チームは施設長に相談する。」(186頁)とされています。

提言2 患者との共同意思決定(SDМ)

1)患者に必要な情報を十分に提供する。

治療方針等の決定にあたっては、SDМ(シェアード・デシジョン・メーキング)のプロセスを採ることが望ましい。その際、慢性腎臓病(CKD)の診断、合併症、予後、各種治療法(生活習慣改善、食事・運動・薬物療法、RRT)の利益・不利益・生活に与える影響等に関して、わかりやすい言葉で説明し、理解を得る。

2)患者から十分な情報を収集する。

患者の話を傾聴し、患者がどの程度情報を理解しているかを確認するとともに、患者の価値観、意向、楽しみ、生きがい、気にしていること、わからないこと、経済不安、生活環境、親族関係、ストレス、医療とケアの希望等についての情報も収集する。 (以上201頁)

3)話し合いを繰り返して、患者が最良の選択を行えるよう支援する。

効果的なコミュニケーションにより、疾病に対する患者の適応力の向上を支援し、患者が自身の病態と治療選択肢の利益および不利益を正確に理解できるまで質疑応答を繰り返す。患者の価値観や意向等を理解し、患者の利益に資する治療選択肢を提案し、合意形成を目指す。 患者の最良の選択は、医学的・看護学的・看護学的に最良な医療とケアと異なる場合があり、お互いの見解も理解し、患者がすべての情報を正しく理解した上で、患者の価値観にあった最良の選択を行えるように支援する。 (以上202頁)

4)患者に腎代替療法(RRT)に関する情報を十分に提供する。

(1) 適切な時期に、将来腎機能が悪化した時に必要なRRT(腎代替療法)に関する情報を提供する。

(2) 近い将来、透析が必要になると思われる時点で、RRTに関する情報と末期腎不全(ESKD)の自然経過を説明する。

進行性に腎機能の低下がみられ、eGFR300mL/м未満に至った時点で、将来腎臓機能が悪化した時に必要なRRT(腎代替療法:腎移植、腹膜透析、血液透析)に関する情報を提供する。 近い将来、RRT(腎移植、腹膜透析、血液透析)を開始すると思われる時点で、医療チームはRRTについての情報とESKD(末期腎不全)の自然経過を説明し、患者がそれぞれのRRTの利益と不利益およびRRTを行わないことの利益と不利益を理解するまで話し合いを継続する。患者が自身の人生を納得して歩むことが重要であり、その選択を迷う患者に対しては、受信時に意思決定を支援する。 (以上202頁)

5) 透析の開始が必要な時点で、患者がRRT(腎代替療法)を選択しない場合、患者・家族等(相続人を含む)と話し合いを繰り返し、合意形成に努める。

(1) 保存的腎臓療法(CKM)と透析開始の利益と不利益を理解できるまで話し合う。

(2) 意思決定プロセス(図-略-)に準じて話し合う。

(3) 患者がCKM(保存的腎臓療法)を最終的に選択した場合、「透析の見合わせに関する確認書(216頁)」(【注38】)を必要に応じて取得する。

医療チームは、患者の生活全体を把握し、患者が抱える不安や諸問題を理解し、患者・家族等との話し合いを通じて、患者の利益に資する方策を模索し、関係者全員が納得することが重要である。 患者が精神的・社会的問題を抱えている場合には、これらの問題を解決するための介入を検討することも重要である。 また、医療チームは専門家として、病状や正確な情報をわかりやすく説明し、患者がその人らしい人生を生きていくのに必要な方策を考えて提案し、必要があればそれを受け入れ支援するための話し合いを繰り返したうえで合意に至るプロセスが求められる。
透析の開始が必要なESKD(末期腎不全)に至った時点で、RRT(腎代替療法)を選択していない患者は、その選択に直面する。RRTを開始するかどうか、開始するとしたらいつ、どの治療法(腎移植、腹膜透析、血液透析)を選択するか、患者がRRTを選択しない場合にはどのような自然経過をたどるのか、これらの利益と不利益について説明する。 患者がRRTを選択しないことを医療チームに申し出た場合には、医療チームはCKM(保存的腎臓療法)についての情報を提供し、SDМ(シェアード・ディシジョン・メイキング)のプロセスに基づいた話し合いを患者・家族等とすすめ、患者・家族等がCKM(保存的腎臓療法)を選択して透析を見合わせた場合、尿毒症症状として呼吸困難、意識障害、肺水腫、不整脈等が起こり死亡する可能性、透析開始によりこれらの状況が回避できる可能性、見合わせた透析の開始または継続を希望すれば実施すること、透析を実施しても死亡する可能性があること等を理解できるまで説明し、期間を限定した透析の開始についての情報も提供する。精神疾患等により意思決定能力に問題があると疑われる場合には、患者・家族等に専門医の受診を勧める。 意思決定プロセスに準じて患者が意思決定する過程を共有し、CKM(保存的腎臓療法)を最終的に選択した場合、患者・家族等からの「透析の見合わせに関する確認書」(216頁)を必要に応じて取得する。 医療チームは、すべての職種が医療とケアの選択に関連した患者・家族等との話し合いの内容を記録し、その内容を文書にまとめて、患者・家族等と共有することが重要である。確認書を取得しても、病状の変化に応じて、適宜患者から意思を確認することが重要である。確認書を取得しても、病状の変化に応じて、適宜患者から意思を確認することが重要である。一つの例として、その確認書を参考資料として示した。確認書は強制的に取得するのではなく、患者の意思を尊重し、取得しないこともある。なお、家族等に看取りとグリーフケア(【注39】)も含んだ心理的ケアを行うことも重要である。 患者がCKM(保存的腎臓療法)を最終的に選択した後も、定期的に通院している場合には、受信時に病状を確認し、必要とされる緩和ケアを提供するとともに、意思決定の変更についても確認する。意思を変更し、透析の開始を申し出た場合には、口頭意思表示で透析を実施し、患者・家族等と今後の医療とケアの方針を再度話し合い、患者から「撤回書」(217頁)を必要に応じて取得する。 なお、患者にはセカンド・オピニオンを求める権利があり、セカンド・オピニオンについて説明する。

6) 患者が意思決定した医療とケアを受け入れられているか評価を行う。

患者が医療とケアの方針を意思決定した後に、希望通りの医療とケアを受けられているか評価を行うことが重要である。また、透析を見合わせたことによる不安や病状の進行による症状の有無、それらに適切に対応しているかも評価する。 (以上202~203頁)

【注38】「透析見合わせ」については、「透析を差し控える、または、透析の継続を中止するではなく、透析を一時的に実施せずに、病状の変化によって透析を開始する、または、再開する意味がある用語である」と説明され、「現在定着している」とされている。(注5.212頁)

【注39】一般的に、大切な人を亡くした人がその悲嘆(grief)を乗り越え、死別に伴う苦痛や環境変化などを受け入れようとする過程を支援することを意味する。

提言3 患者のアドバンス・ケア・プラニング(ACP)

1) さまざまな機会に今後の医療とケアについて十分に話し合う。

ACP(アドバンス・ケア・プラニング)とは、患者・家族等・医療チームが、年齢や疾病の時期にかかわらず、本人の価値観や人生の目的を理解して共有し、意思決定能力が低下する時に備えて、事前に人生の最終段階における医療とケアについて考える機会をもち、本人を主体にこれらを計画する意思決定を支援する話し合いのプロセスである。 医療チームは、ACPを適切な時期に実施し、本人の意思が尊重された医療とケアを受けるために早期から十分に話し合うことが重要であり、透析の開始時や病状の変化があった際に、ACPを十分に行う必要がある。 (以上204頁)

2) 意思決定プロセス(図-略-)に準じて、患者が望む医療とケアについて十分に話し合う。

(1) 患者に透析の見合わせ後に出現が予測される症状と予後を説明する。

(2) 患者が在宅での看取りを希望した場合、在宅医と連携する。

(3) 患者の病状変化に応じて適宜意思を確認する。

患者・家族等と意思決定プロセス(図-略-)(214頁)に準じて話し合いを繰り返して、患者の人生観、価値観、希望等を理解し、患者が重要と考える優先事項を把握し、患者の価値観に合うケアにより、患者の尊厳を保つことを目標にする。 患者の意思を尊重した医療とケアを提供し、人生の最終段階に尊厳ある生き方を実現する。必要度の高くない薬物療法の中止や内服薬から注射薬や貼付薬への切り替え等についても事前に決定しておく。意思決定能力を有しない患者の場合には、家族等と十分に話し合う。 透析の見合わせ後に出現が予測される症状と予後について患者・家族等へ説明し、人生の最終段階においては、できる限り早期から身体的な苦痛等を緩和するためのケアが行われることが重要であり、今後も必要に応じた緩和ケアが提供されることを担保する。なお、深い持続的鎮静を行う場合には、事前に患者・家族等から同意を取得することが望ましい。医療チームは、すべての職種が医療とケアの選択に関連した患者・家族等との話し合いの内容を記録し、その内容を文書にまとめて、患者・家族等と共有することが重要である。 患者の全人的な苦痛(身体的な痛み、心理的な痛み、社会的な痛み、スピリチュアルな痛み)に対して、家族等とともに対応する。緩和ケアにより、身体的痛みを緩和し、心理的・社会的・スピリチュアルなニーズに耳を傾け、患者・家族等を支援する。必要に応じて、緩和ケアの専門知識を持つ専門家が関与することが望ましい。 患者・家族等と話し合い、患者が人生の最終段階でも尊厳を保ちながら好きな場所で最期を生きる選択肢を提供できるように努める。看取りの場所を確認し、在宅を希望した場合には、在宅医や介護従事者(介護福祉士、看護師年専門員等)と連携し、患者が尊厳を維持しながら最期を迎えられるように支援する。 患者・家族等との話し合いを継続し、患者が意思決定した後も、患者から近接の意思に変化がないことを確認することが重要である。患者が意思決定能力を有さなくなった際には、意思決定能力を有した最も至近な時点での患者の意思を尊重する。 (以上204~205頁)

提言4 医療チームによる人生最終段階における透析見合わせの提案

1)「表」(下記◎)に基づき、「透析の見合わせ」を検討することもできる状態と判断する。

人生の最終段階の状態では、患者の尊厳を考慮し、「透析の見合わせ」が最善の治療選択肢の一つになりえると判断した時は、医療チームが意思決定の能力を有する患者、または意思決定能力を有さない患者の家族等に提案し、意思決定プロセスに準じて対応する。また、「透析の見合わせ」以外にも、透析時間や回数の減少についての情報も提供する。 (以上205頁)

◎【表 透析の見合わせについて検討する状態】(215頁)

1.透析を安全に施行することが困難であり、患者の生命を著しく損なう危険性が高い場合

① 生命維持が極めて困難な循環・呼吸状態等が多臓器不全や持続低血圧等、透析実施がかえって生命に危険な状態

② 透析実施のたびに、器具による抑制および薬物による鎮静をしなければ、安全に透析を実施できない状態

2.患者の全身状態が極めて不良であり、かつ透析の見合わせに関して患者自身の意思が明示されている場合、または、家族等が患者の意思を推定できる場合

① 脳血管障害や頭部外傷の後遺症等、重篤な脳機能障害のために透析や療養生活に必要な理解が困難な状態

② 悪性腫瘍等の完治不能な悪性疾患を合併しており、死が確実にせまっている状態

③ 経口摂取が不能で、人工的水分栄養補給によって生命を維持する状態を脱することが長期的に難しい状態

2)意思決定プロセス(図-略-)に準じて対応する。

意思決定能力を有する患者が望む透析見合わせの意思決定を尊重し、意思決定プロセスに準じて対応する。患者・家族等と話し合いを繰り返しても合意を形成できない場合には、施設長に相談し、合意形成に努める。 意思決定能力を有するが、意思決定できない、または意思決定を迷う場合には、患者の求めに応じて、患者自らが主体的な意思決定ができるように支援する。そして、このプロセスにより決定された患者の意思を共有し、尊重する。 意思決定能力を有さない患者において、家族等が患者の透析の見合わせの意思を推定し、医療チームと合意できる場合、家族等が患者の意思を尊重する過程を共有し、尊重する。その際に患者に残っている能力に応じた話合いを行う。 意思決定能力を有さない患者の家族等が、患者の透析の見合わせの意思を推定することができても、家族等として意思決定できない、または意思決定を迷う場合にも支援し、医療チームと合意に至れば、その過程を共有し、尊重する。 意思決定能力を有さない患者の家族等が、患者の意思を推定することができない場合には、家族等と医療とケアについて十分に話し合う。医療チームと合意が得られれば、その決定された方針を尊重し、施設長に報告する。 意思決定能力を有する患者、または意思決定能力を有さない患者の家族等が判断を医療チームに委ねる場合には、医療チームが最善の医療とケアの方針を検討し、その内容を説明し、患者・家族等との合意形成に努める。 意思決定能力を有さない患者に家族等がいない場合には、医療チームが医療とケアの妥当性と適切性を判断して、患者に残っている力を踏まえ、把握できる介護従事者または自治体の福祉担当者と相談し、患者にとって最善と考えられる方針をとることを基本とする。介護従事者または自治体の福祉担当者と相談できない場合には、施設長に相談する。なお、戸籍を調べて、相続人が判明し連絡できる場合には、その同意は法的に重要な意味を持つことから、連絡が検討されてよい。

3)CKM(保存的腎臓療法)を選択して透析を見合わせた後も適切に緩和ケアを行う。

提言2に準じて、「透析の見合わせに関する確認書」(216頁)を患者・家族等から必要に応じて取得し、患者・家族等と今後の医療とケアについて提言3に準じて本人を主体に話し合う。意思決定後も、患者の病状変化等に応じて、適宜その意思に変化がないか家族等とともに確認するのが重要である。なお、緩和ケアは、CKDステージにかかわらず症状に対して適切に対応したケアであり、透析の見合わせを意思決定する前であっても必要であり、状況に応じた適切な緩和ケアを継続して提供する。 (205~206頁)

提言5 意思決定能力を有する患者、または意思決定能力を有さない患者の家族等から医療チームへの透析見合わせの申し出

1)意思決定能力を有する患者の意思、または意思決定能力を有さない患者の事前指示(文書または口頭)を確認する。

患者には意思決定権があり、患者から透析見合わせの申し出があった場合には、提言2に準じて話し合いを繰り返し、その理由を確認する。透析の開始あるいは継続によって生命が維持できる患者がCKM(保存的腎臓療法)を選択して透析の見合わせを望む場合には、治療の利益と不利益を理解できるように文書で説明し、AD(事前指示書)を取得することが望ましい。 意思決定能力を有さない患者の家族等から申し出があった場合には、患者が意思決定能力を有していた時のAD(事前指示書)や口頭での意思表示と理由を確認する。
医療チームは、患者が抱える不安や諸問題を理解し、生きがいを持てるよう患者・家族等との話し合いを通じて、患者の利益に資する方策を模索する。患者が精神的・社会的問題を抱えている場合には、これらの問題を解決するための介入を検討することも重要である。 (以上206~207頁)

2)人生の最終段階ではないと判断した場合、生命維持のために透析を永続的に必要とするESKD(末期腎不全)と診断する。

(1) 意思決定プロセス(図-略-)に準じたCKM(保存的腎臓療法)を選択して関係者全員が合意した場合には、「透析の見合わせに関する確認書」(216頁)を必要に応じて取得し、その後も適切に緩和ケアを行う。

(2) 患者の意思を推定できない場合、または関係者全員が合意できない場合には、話し合いを繰り返し、合意形成に努める。

(3) 受診時に意思決定の変更について確認する。

意思決定能力を有する患者には、人生の最終段階にあるかどうかにかかわらず、わかりやすい適切な説明を受け、自らの意思に基づき医療を受ける権利と医療を拒否する権利がある。 人生の最終段階ではない患者が透析の見合わせを申し出た場合、医師が生命維持のために透析を永続的に必要とするESKD(末期腎不全)と診断した時点から人生の最終段階となる。その意思は、その時点での最終意思決定であり、尊重されなければならない。 医療チームは、患者の意思は変わりうるものであることを常に意識し、透析を受け入れるための対応を続け、期間を限定した透析の実施についての情報も提供する。 人の尊厳の中では自律、すなわち自分のことは自分で決めることが最も重要な要素であり、意思決定プロセスに準じて患者・家族等・医療チームの間で十分な情報共有のもと繰り返し話し合った結果、透析によらないESKD(末期腎不全)の治療とケアであるCKM(保存的腎臓療法)を選択した意思決定についての合意は尊重されなければならない。患者・家族等から透析の見合わせに関する確認書(216頁)を必要に応じて取得し、患者が望む緩和ケアを提供する。なお、緩和ケアは、透析の見合わせを意思決定する前であっても必要であり、状況に応じた適切なケアを提供する。 医療チームは、すべての職種が医療とケアの選択に関連した患者・家族等との話し合いの内容を記録し、その内容を文書にまとめて、患者・家族等と共有することが重要である。 意思決定能力を有さない患者の家族等の場合は、患者の医療とケアの代諾者にならざるをえない。患者の事前指示に沿った家族等の意思決定が患者の人生の尊顔に値するものであり、家族等・医療チームの間で十分な情報共有のもと繰り返し話し合った結果、CKM(保存的腎臓療法)を選択した意思決定についての合意は尊重されなければならない。 意思決定能力を有する患者からの透析見合わせの申し出と同様に対応し、透析の見合わせに関する確認書(216頁)を必要に応じて取得し、患者が望むであろう緩和ケアを提供する。 家族等・医療チームが患者の意思を推定できない場合には、患者の病状が理解できるように話し合い、患者にとっての最良の医療とケアを提供できるように話し合いを繰り返し、合意が得られればその決定された方針を尊重し、施設長に報告する。医療チームが患者・家族等と最終的に合意できない場合には、施設長に相談し(【注40】)、合意形成に努める。 定期的に通院している保存期ESKD患者の中には、透析を受け入れたくない気持ちが強くCKMを望む患者もいるため、受診時に病状を確認し、必要とされる緩和ケアを提供するとともに、意思決定の変更について確認する。 透析患者が来院しない場合、患者に連絡して理由を確認するとともに、家族等にも連絡し、可能な限りSDМに基づく決定を十分に行う必要がある。透析を拒否した場合には、数日から数週間以内に死亡すること、透析の再開を希望した
場合には施設に連絡することを患者・家族等に伝える。なお、患者・家族等と連絡が取れない場合や家族等がいない場合には、介護従事者や自治体の福祉担当者等に相談し、安否確認のために警察に連絡を検討する。 (以上207~208頁)

【注40】「施設長に相談」については、「患者・家族等・医療チームの間で合意に至らない場合、複数の専門家からなる委員会を例外的に別途設置し、倫理委員会が常設されている医療機関では、倫理委員会での検討が望ましいが、医療機関の規模や人員によっては、本委員会を迅速に構成することは困難であることが多く、医療チームが本委員会の代行を行うように変更した。しかし、医療チームは、関係者間で合意が形成されない場合、繰り返し話し合う時間的な余裕がない場合等には、施設長に相談する。施設長は複数の専門家からなる委員会または倫理委員会を開催し、その助言により医療とケアのあり方を見直し、合意形成に努める。なお、複数の専門家からなる委員会とは、医師・看護師・臨床工学技士に加えて、第三者として医療倫理に精通した専門家や、国が行う「本人の意向を尊重した意思決定のための研修会」の修了者からなる委員会を想定するが、状況に応じて担当の医師・看護師・臨床工学技士以外の医療・介護従事者によるカンファレンス等を活用することも考えられる。」(213頁)とされています。

提言6 患者から家族等への病状説明拒否の申し出

1) 理由を把握し、患者の意思決定能力の有無を確認する。

患者が家族等への連絡を拒んだ場合には、患者が家族等に迷惑をかけたくないと思って連絡を拒む場合や家族等が患者の意思決定支援者となっていない場合があり、その理由を確認する。 また、患者の意思決定能力の有無を確認し、家族等以外の大切な人の存在についても確認する。

2) 意思決定能力を有する場合には家族等への連絡は原則差し控えるが、有さない場合には家族等に連絡する。

患者本人に対して病状を説明し、適切な説明をしたのであれば、生死にかかわる病状でない限り、意思決定能力を有する場合には、さらに患者の家族等へ説明する義務はない。 しかし、意思決定能力を有さない場合には、患者に家族等に連絡することを伝えたうえで、病状を家族等に説明する。

3) 尿毒症症状を認める場合、またはCKM(保存的腎臓療法)を選択して透析を見合わせる場合には、患者に家族等に連絡することを伝えて上で、病状を家族等に説明する。

わが国の社会的背景および家族等への説明により行われるであろう患者への協力と配慮は大切であり、本人の生死にかかわる病状においては、患者の拒否があっても患者に家族等に連絡することを伝えたうえで、病状を家族等に説明する。 (以上208~209頁)

提言7 医療チームと家族等による、理解力や認知機能が低下した患者の意思決定支援

1) 患者の意思を尊重して、意思決定を支援し、本人が望む最良の医療とケアを提供する。

医療チームは家族等とともに、理解力や認知機能が低下した患者の尊厳をもって暮らしていくことを尊重し、厚労省の「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」に準じて、本人の表明した意思(意向・選好あるいは好み)を尊重する。理解力や認知機能の程度にかかわらず、本人には意思があり、意思決定能力を有することを前提にして、その時々の意思決定能力の状況に応じて本人の意思形成、意思表明、意思実現を支援する。 意思決定能力は、理解力や認知機能の状態だけでなく、社会心理的・環境的・医学身体的・精神的・神経学的状態によって変動する可能性がある。本人の意思決定能力を固定的に考えずに、本人のその時々の意思決定能力の状況に応じて支援しなければならない。本人の理解力・認知機能・身体および精神状態を的確に示すような情報と、本人の生活状況等に関する情報が適切に提供されることにより、十分な判断資料に基づく適切な判断が行われることが重要である。したがって、意思決定能力の判定は、一度だけでなく繰り返し行うことが求められる。
認知症が疑われる場合には家族等に相談し、認知症を専門に診療している医師または認知症サポート医等と連携することが望ましい。なお、意思の確認が難しい場合には事前指示(文書または口頭)を尊重する。医療チームと家族とは、本人の能力を最大限活かして、本人が望む最良の医療とケアを受けられるように支援する。 なお、理解力や認知機能が正常な時または軽度低下した早期に、患者にADを作成する権利があることを伝えることが重要である。

2) 意思決定が可能な段階で、家族等に患者とACPを行うことを促す。

医療チームは、理解力や認知機能が低下した患者が自ら意思決定できる早期の段階で家族等に患者とACPを行うよう促し、今後の見通しと人生の最終段階での医療とケアについて本人を主体に話し合い、ADを作成することが望ましい。 (以上209頁)

【おわりに】

透析の開始が必要ではない時点において、患者自らが医療チームに事前指示書(AD)を提出した時および患者・家族等が透析の見合わせを申し出た時、または医療チームが透析の見合わせについて検討する状態(表)(215頁)と判断した時に、医療チームが透析によらない末期腎不全(ESKD)の治療とケアである保存的腎臓療法(CKM)の情報提供を検討する。 透析の開始が必要な時点において、患者が腎代替療法(RRT)を選択しない時および患者・家族等から透析見合わせの申し出があった時に医療チームからCKMの情報を提供する。CKMの情報を提供した後、患者・家族等とともに意思決定プロセスに準じて共同意思決定(SDМ)に基づく決定並びにアドバンス・ケア・プラニング(ACP)を十分に行う。 なお、CKMの申し出があった時には、医療チームは、患者の価値観や意向等を理解し、患者・家族等と本人が納得できる人生を送ることが望ましいことを十分話し合うことによって合意形成を目指し、患者が最良の選択を行えるように支援することが重要である。 ESKD(末期腎不全)の治療選択の中に、RRT(腎代替療法)に加え、CKM(保存的腎臓療法)の選択肢も含まれるとすれば、療法選択時に諸外国のように4つの選択肢(腎移植、腹膜透析、血液透析、CKM-保存的腎臓療法-)を示す必要がある。患者には知る権利があり、医療チームはすべての情報を提供しなければならず、患者の病状や理解度を総合的に判断し、その時期、方法、程度、内容については適切に説明することが求められている。 今後、患者がCKM(保存的腎臓療法)を選択して透析を見合わせた後のケアの内容とその実践については、わが国と欧米の相違も考慮し、在宅医も含めてこれから作り上げる必要がある。 医療チームは、患者の意思を尊重し、その意向に寄り添いながら、本人が納得できる尊厳ある人生を送り、望む最期を迎えられるように支援するとともに、家族等が良い最期であったと考えられるように、看取りとグリーフケアも含んだ心理的ケアも行うことが重要である。 日本透析医学会(JSDT)は、本提言の普及を図ることで、国民共通の問題としての人生の最集段階についての議論が深まり、より良い医療とケアが提供されることを祈念する。 (以上210頁)