No.135/人生の最終段階における医療行為とインフォームド・コンセント(ガイドラインの重要性)(その5)

No.135/2023.7.3発行
弁護士 福﨑博孝

人生の最終段階における医療行為とインフォームド・コンセント(ガイドラインの重要性)(その5)
(第4 宗教的輸血拒否に関するガイドライン)

第4 宗教的輸血拒否に関するガイドライン

(はじめに)

前述のとおり、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(いわゆる「人生の最終段階ガイドライン」-平成30年3月版-)では、終末期ないしそれに近似する人生の最終段階における医療行為の決定プロセスの「原則的な対応」を指針化しています。 そして、救急治療・集中治療などの急性期型の医療行為に関する決定プロセスの指針としては、前述の「人生の最終段階ガイドライン」を基礎として、「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」(いわゆる「3学会からの提言」-平成26年11月版-)が策定されていますが、これはいわば、「急性期における医療行為に関する原則的ガイドライン」ということになります。 しかし、患者の中には、輸血治療を拒否する宗教信者(エホバの証人の信者)がいることから、その場合には当該患者に対し、この原則的ガイドラインをそのまま適用することができません。そこで、無輸血治療について、総括的に策定されたのが、「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(いわゆる「宗教的輸血拒否ガイドライン」-平成20年2月版-)ということになります。医療者は、「人生の最終段階ガイドライン」と「3学会からの提言」をベースにして医療行為の決定プロセスを検討しなければなりませんが、対象患者がエホバの証人の信者である場合には、「宗教的輸血拒否ガイドライン」を用いざるを得ないことになります。そして、それを「人生の最終段階ガイドライン」や「3学会からの提言」が補完するということなのです。いずれにしても、このガイドラインを参考として、‟絶対的無輸血主義で対処するのか”、それとも、‟相対的無輸血主義で対応するのか”、その点を各病院が決めて各病院独自のガイドラインを策定することになるのはないでしょうか。 また近時、エホバの証人の組織や信者の宗教的言動がその子どもたち等に対する虐待となっているのではないか等ということが社会問題としてクローズアップされるようになり始めました。そして、これがさらに社会問題化して、エホバの証人の信者らの絶対的無輸血治療がクローズアップされていくと、医療機関の無輸血治療に対する対応も再考を求められることにもなりかねません。 人の信仰と人の命(いのち)、どちらをどう重視すべきものか、どのように調整すべきものか、何とも辛い判断が求められます。

【1】判例・裁判例にみられる無輸血治療についての考え方

1.宗教上の輸血拒否行為(その意思決定)は人格権の一内容

(1)最判平成12年2月29日(東大医科研病院事件)

本件は、医師らが‟必要な場合には輸血を行うという病院の方針”をエホバの証人の信者に告げずに本件手術を施行し、その方針に従って輸血をしてしまった事案であり、最高裁は、「輸血を伴う医療行為を拒否するとの宗教上の信念に基づく意思決定をする権利は、人格権の一内容として十分に尊重されなければならず、その範囲で医師の治療における救命義務や裁量権は一定の制限を受ける」、「医師らは、説明を怠ったことにより、当該患者が輸血を伴う可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪った」と判示して、慰謝料50万円が認められています(宗教的輸血拒否ガイドライン4頁、5頁)。

(2)大分地裁昭和60年12月2日決定

エホバの証人の信者である患者本人は、宗教上の理由によって輸血せずに手術を受けることを希望しましたが、その両親が「自殺同然の輸血拒否行為は、親の幸福追求権等を侵害する」として、子どもに輸血を伴う手術を受けるように強制する断行の仮処分を申請しましたが、大分地裁は、「個人の生命については、最大限尊重されるべきであり、私事を理由に自らの生命を勝手に処分することを認めることはできないが、一方で、本人は理解・判断能力を含め正常な精神能力を有する成人の男子であり、その信教の自由に基づく真摯な要求であることからすると、輸血拒否行為が両親の権利侵害として違法性をおびるものとは断じることはできない。」と判示しました(宗教的輸血拒否ガイドライン4頁)。

(3)宗教上の信念に基づいて意思決定する権利は‟人格権”

以上の2つの判決(判例)からも明らかなとおり、宗教上の理由による輸血拒否行為は、宗教上の信念に基づく意思決定として人格権に位置付けられ、いかに医療者とはいえ、その意思決定の権利を侵害することは許されないとされているのです。したがって、医師は、相対的無輸血治療を方針とする以上、そのことを事前に説明し、その同意を得ておかなければならないということになります。 ということは、医師は、宗教上の信念により無輸血治療を求めている患者に対しては、相対的無輸血治療を方針としてとっている(輸血が必要になったらそれを実施する)ことを事前に説明し、患者がそれを拒否する以上、絶対的無輸血治療を行ってくれる他の病院を紹介するなどして転院を勧告するしか方法はないということになります。 以上が、無輸血治療についての大原則ということになります。

2.十分な判断能力のない未成年の信者の子ども

(1)しかしその一方で、この点については、(判例・裁判例というわけではないのですが)聖マリアンナ医科大学病院事件(宗教的輸血拒否ガイドライン4頁、同5頁注4)があり、その際の警察等の動きについては参考にすべきです。 本件は、昭和60年に、10歳男児がダンプカーにはねられ重傷を負いましたが、エホバの証人の信者の両親が男児に対する輸血を拒否し輸血に応じなかったことから、男児はそのまま亡くなったという事案です。ダンプカーの運転手だけが業務上過失致死罪で略式起訴されて罰金15万円で有罪となりました。その際の新聞報道によると、「輸血を拒否した両親」と「輸血を行わなかった医師」の刑事責任も検討されたようですが、結果的には、両親にも医師にも刑事処分は行われなかったようなのです(宗教的輸血拒否ガイドライン4頁)。 要するに、本件事件の警察の動きを見る限り、当該男児は10歳であり十分な判断能力はないものと思われるところ、‟エホバの証人の信者の両親”についても、‟その両親の宗教的な意思決定を安易に受け入れて輸血を伴う医療行為を行わなかった当該医師”についても、警察はその刑事事件の該当性を検討したふしがあるというのです。

(2)特に、昨今、統一教会の二世信者問題を契機としてエホバの証人についても二世信者問題が表面化してきており(弁護団が結成されています)、この点について社会(世相)がどう動くのか分からない状況にあります。エホバの証人の信者の子どもについて信者である親の言うとおりに医療を行うことには高いリスクを伴うことになりそうです。要するに、医療者が、‟エホバの証人の信者の保護者である両親”の意思だけを根拠に輸血拒否を安易に許容することは、刑事処分も可能性としては有り得るという意味で、極めてリスクの高い行為になりそうです。 以上のことからもお分かりいただけると思いますが、宗教的輸血拒否ガイドラインでは、この点について、「両親といえども、保護責任者遺棄(致死)罪ないし過失致死罪といったような刑事責任を負う可能性がある。治療にあたった医師も同様である。」(5頁)としています。

【2】宗教的輸血拒否に関するガイドライン(2008年2月28日)

宗教的輸血拒否に関する合同委員会報告(日本輸血・細胞治療学会日本麻酔科学会、小児科学会、日本産婦人科学会、日本外科学会など)

(はじめに)

日本輸血・細胞治療学会ほか幾つかの学会等によって策定された本ガイドライン(以下「宗教的輸血拒否ガイドライン」といいます。)は、平成20年(2008年)に策定されたものではありますが、いまでも全国の各病院独自のガイドラインの基礎となっているようです。そして、宗教的輸血拒否者に対する病院側の対応の方針には、「患者の意思を尊重し、たとえいかなる事態になっても輸血をしない」という立場・考え方(絶対的無輸血)と、「患者の意思を尊重して可能な限り無輸血に努力するが、‟輸血以外に救命手段がない”という事態に至ったときには人命(いのち)を最優先して輸血を実施する」という立場・考え方(相対的無輸血)の2つがあります。 そして、多くの病院では、独自のガイドラインを策定するにあたり、‟絶対的無輸血の医療行為を行うことを基本方針として採用するのか”、それとも、‟相対的無輸血を基本方針として採用するのか”、そのいずれかを選択して決めることになります。例えば、絶対的無輸血を許容するA病院のマニュアルでは、「患者からの宗教的理由による輸血拒否がある場合には、患者の自己決定権を優先することを原則とする。…絶対的無輸血で治療を行う場合には、患者および/または代諾者・親権者から『免責証明書』の提出を求める。」としています。一方、相対的無輸血を方針とするB病院のマニュアルでは、「患者の意思を尊重して可能な限り無輸血での施術に努力するが、輸血無しでは救命できない事態に至った場合は救命のために輸血を行うことが基本方針である(相対的無輸血)。この方針に従えない場合は転院を促す。…また、患者本人の意思が明らかでなく是非の弁別の判断能力を欠き、輸血に関する意思が確認出来ない場合、輸血以外の生命を救う手段がないと医師が判断した場合は、輸血療法を行うことが基本である。」とされています。

1.輸血実施に関する基本方針(1頁)

輸血治療が必要となる可能性がある患者について、‟18歳以上”、‟15歳以上18歳未満”、‟15歳未満”の場合に分けて、医療に関する判断能力と親権者の態度に応じた対応を整理した(図1(フローチャート)参照)。年齢区切りについては、18歳は、児童福祉法第4条の「児童」の定義、15歳は、民法第797条の代諾養子、民法961条の遺言能力、「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針による臓器提供意思を斟酌した(【注31】)。

【注31】宗教的輸血拒否ガイドラインでは、医療に関する判断能力(以下、この項において「判断能力」といいます。)について、年齢を一つの目安としているようであり、「18歳以上の患者には判断能力がある」とし、「15歳以上18歳未満の患者には判断能力がある場合と、ない場合がある」とし、「15歳未満の患者には判断能力がない」と考えているようです。ただ、「18歳以上の患者の判断能力がない場合」についての定めがないようにも読めます。

1)当事者が18歳以上で医療に関する判断能力がある人の場合(なお、医療に関する判断能力は主治医を含めた複数の医師によって評価する)

(1) 医療側が無輸血治療を最後まで貫く場合 当事者は、医療側に本人署名の「免責証明書」(注1)を提出する(筆者注:絶対的無輸血【注32】)。

(2) 医療側は無輸血治療が難しいと判断した場合

医療側は、当事者に早めに転院を勧告する(筆者注:相対的無輸血【注32】)。

【注32】宗教的輸血拒否ガイドラインでは、‟(1)の絶対的無輸血治療を行う方針(もちろん、患者の意思しだいでは(2)の相対的無輸血治療も行う。)なのか”、それとも、‟(2)の相対的無輸血治療しか行わない方針か”のいずれかを採用することを前提としています。病院がどちらの方針を採るかは当該病院の選択に任せているものの、絶対的無輸血治療をも行う旨の方針を採用するのであれば、患者に「免責証明書」(例えば、「私は、輸血を拒んだことによって生じるいかなる事態に対しても、担当医を含む関係医療従事者及び病院に対して、一切責任を問いません。」というような免責文書)に署名捺印させて当該病院に提出させる必要があります。そして、その一方で、相対的無輸血の方針を採用している場合には、「患者に早めの転院を勧告する」よう求められています。

2)当事者が18歳未満、または医療に関する判断能力がないと判断される場合

(1) 当事者が15歳以上で医療に関する判断能力がある場合

① 親権者は輸血を拒否するが、当事者が輸血を希望する場合 当事者は輸血同意書を提出する(筆者注:輸血同意)。

② 親権者は輸血を希望するが、当事者が輸血を拒否する場合 医療者は、なるべく無輸血治療を行うが、最終的に必要な場合には輸血を行う(筆者注:相対的無輸血)。親権者から輸血同意書を提出してもらう。

③ 親権者と当事者の両方が輸血拒否する場合 18歳以上に準ずる。

(2) 親権者が拒否するが、当事者が15歳未満、または医療に関する判断能力がない場合

① 親権者の双方が拒否する場合 医療側は、親権者の理解を得られるよう努力し、なるべく無輸血治療を行うが、最終的に輸血が必要になれば、輸血を行う(筆者注:相対的無輸血)。親権者の同意が全く得られず、むしろ治療行為が阻害されるような状況においては、児童相談所で一時保護の上、児童相談所から親権喪失を申し立て、あわせて親権者の職務停止の処分を受け、親権代行者の同意による輸血を行う(【注33】)。

② 親権者の一方が輸血に同意し、他方が拒否する場合 親権者の双方の同意を得るよう努力するが、緊急を要する場合などには、輸血を希望する親権者の同意に基づいて輸血を行う(筆者注:相対的無輸血)。

【注33】この宗教的輸血拒否ガイドライン制定後、民法が改正され「親権停止制度」が創設されています。すなわち、民法改正法は2012年(平成24年)4月に施行されていますが、そこでは、親による虐待や育児放棄(ネグレクト)などから子どもを守るために、一時的に親権の行使を制限することができるようになっています。子どもの親族、未成年後見人、未成年後見監督人、検察官、児童相談所長などによる申立てにより家庭裁判所が親権停止を宣告することになりますが、子どもの心身や生活状況を考慮し、2年を超えない期間内で適切に親と子を引き離して子の安全を守り、その間に家庭環境を改善して親子の再統合を図ることとなっています。民法改正前は、上記のとおり親権喪失の申立と親権者の職務停止処分を利用していましたが、同法改正後は、「親権停止制度」を利用することになります。 B病院のガイドラインでは、「当事者(患者)が15歳未満、または医療に関する判断能力がない場合」であり、「親権者の双方が拒否する場合」において、「医療側は、親権者の理解を得られるよう努力し、なるべく無輸血治療を行うが、最終的に輸血が必要になれば、輸血を行う。親権者の同意が全く得られず、むしろ治療行為が阻害されるような状況においては、児童相談所に虐待通告し、児童相談所で一時保護の上、児童相談所から親権喪失を申立て、あわせて親権者の職権停止の処分を受け、親権代行者の同意により輸血を行う。」としていますが、これは旧民法時の規定であり、改正後においては「親権一時停止制度」が利用されることになります。

2.輸血同意書・免責証明書のフローチャート(1~2頁)

当事者と親権者が輸血同意、拒否の場合に医療者が行うべき手順のフローチャートを図1に示す。 また、輸血拒否と免責に関する証明書の例を(様式1)に示す。

3.輸血療法とインフォームド・コンセント(2頁)

厚生労働省は平成17年9月、「輸血療法の実施に関する指針」(改訂版)及び「血液製剤の使用指針」(改訂版)を通知し(平成17年9月六日付 医薬食品局長通知)、その中で医療関係者の責務として、次のような内容を盛り込んだ。 血液製剤の有効性及び安全性その他の当該製品の適正な使用のために必要な事項について、患者またはその家族に対し、適切かつ十分な説明を行い、その了解(インフォームド・コンセント)を得るように努めなければならいないことを記し、さらに輸血による危険性と治療効果との比較考量に際し、輸血療法には一定のリスクを伴うことから、リスクを上回る効果が期待されるかどうかを十分に考量し、適応を決めることとした。輸血量は効果が得られる最小限度にとどめ、過剰な投与は避ける。また、他の薬剤の投与によって治療の可能な場合には、輸血は極力避けて臨床症状の改善を図ることを明記している。さらに、説明と同意(インフォームド・コンセント)のところは、患者および/またはその家族が理解できる言葉で、輸血療法にかかわる以下の項目、すなわち、「(1) 輸血療法の必要性、(2) 使用する血液製剤の種類と使用量、(3) 輸血に伴うリスク、(4) 副作用・感染症救済制度と給付の条件、(5) 自己血輸血の選択肢、(6) 感染症検査と検体保管、(7) 投与記録の保管と遡及調査時の使用、(8) その他、輸血療法の注意点」を十分説明し、同意を得た上で同意書を作成し、一部は患者に渡し、一部は診療録に添付しておく(電子カルテにおいては適切に記録を補完する)。輸血の同意が得られない場合、基本的に輸血をしてはならない。

4.医療側がなすべき課題(2頁)

ガイドラインでは、今までの裁判例を踏まえ、輸血を含む治療を行わなければ生命の危険がある場合など特殊な状況では、親の同意が得られなくても、輸血を可能とする道を示した。ガイドラインの運用にあたっては、各医療施設は本ガイドラインの趣旨を尊重しつつ、十分討議を行い、倫理委員会などで承認を得た上で、その施設に見合う形で運用することも可能である。さらに、患者の医療に関する判断能力の有無を判定する、主治医を含めた複数の医師による委員会などの整備、具体的な手順などについてコンセンサスを得て定めておくことが望まれる(【注34】)。

【注34】上記のとおり、この宗教的輸血拒否ガイドラインでは、「各医療施設は本ガイドラインの趣旨を尊重しつつ、十分討議を行い、倫理委員会などで承認を得た上で、その施設に見合う形で運用することも可能である」といっています。これに基づいて、多くの病院がその病院独自のマニュアルを策定しており、その独自のガイドラインには、①無輸血治療を可能とするものもあれば(絶対的無輸血治療)、②最終的には無輸血治療を拒否し相対的無輸血治療のみを行うことを明らかにしたものも存在します。ちなみに、「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」でインターネット検索をすれば、多くの病院のガイドラインを見ることができます。

【3】宗教的輸血拒否に関するガイドラインの解説(3頁)

日本輸血学会(現:日本輸血・細胞治療学会)は1998年(平成10年)、「輸血におけるインフォームド・コンセントに関する報告書」を公表し、その中の宗教上の理由による輸血拒否に関しては医療の自己決定権に基づき「輸血拒否と免責証明」の提出や転医を奨励することを記していた。後述する裁判例を踏まえ、患者が成人の場合には、輸血拒否を個人の人格として捉える考え方が明瞭になってきたが、患者が18歳未満の場合の対応については、各病院の判断にゆだねられてきた。 しかし、最近に至り、人命にかかる緊急性の高い手術のケースについて、児童相談所長からの親権喪失宣告申立を本案とする親権者の職務執行停止・職務代行者選任の申立を容認する審判前の仮処分が、各地の家庭裁判所で相次いで出されている。親権への介入は裁判所の手続きによらなければならず、一般にその手続には時間がかかるが、親権者の同意を得られない児童への手術への対応に窮する病院に対して、司法が理解を示した結果、審判前の仮処分が促されたといえる。また、2007年5月25日に成立した改正児童虐待法の議論では、子ども(注2)を保護・監督する「監督権」のみを一時的に停止できる規定により、親の同意なしでの治療を可能にすることも検討された。これは今回の改正法には含まれなかったものの、付則に「親権の一時停止」として盛り込まれ、将来の改正法に向けた検討課題となっている(【35】)。

こうした理論の高まりには、医療ネグレクト概念の定着がある。医療ネグレクトとは、医療水準や社会通念に照らして、そのこどもにとって必要かつ適切な医療を受けさせない行為を指し、親が子どもを病院に連れていかない場合だけでなく、病院には連れて行くものの治療に同意しない場合も含んでいる。そのため、親が自己の宗教的信条によって小児に対する輸血治療を拒否し、その生命を危険にさらすことは一種の児童虐待であると考える立場も見られる(日弁連子どもの権利委員会)。しかしながら、子どもの年齢や精神的な成長によっては、子ども自身も親の精神的信条を自己に内面化し、自己の信仰としての輸血拒否の意識を成熟させている可能性も否定できないことから、すべての輸血拒否を一概に児童虐待であると断じることもまた困難である。
以上のような近時の動向を踏まえ、本ガイドラインでは、患者が未成年者の場合の対応について慎重に検討し、基本的には患者自身の自己決定権(輸血拒否権)を尊重しつつも、満15歳未満の小児(医療の判断能力を欠く人)については、特別な配慮を払いながら、輸血療法を含む最善の治療を提供できるようにすることを提唱する。一方、20歳以上の成人で、判断能力を欠く場合については、一般的な倫理的、医学的、法律的対応が確立していない現段階では法律や世論の動向を見据えて将来の課題とせざるを得ない。

【35】その後民法が改正され、「親権停止制度」が新たに創設されています(2012年(平成24年)4月施行)。そこでは、一時的に親権の行使を制限することができるようになっており、子どもの親族、未成年後見人、未成年後見監督人、検察官、児童相談所長などによる申し立てにより家庭裁判所が親権停止を宣告することになります。その上で、子どもの心身や生活状況を考慮し2年を超えない期間内で適切に親と子を引き離して子の安全を守り、その間に家庭環境を改善して親子の再統合を図ることとなっています。民法改正前は、上記のとおり親権喪失の申立と親権者の職務停止処分を利用していましたが、同法改正後は、「親権停止制度」を利用することになります。

《宗教的輸血拒否者の主張と心理特性への配慮》(3頁)

宗教的輸血拒否者は、その信仰に基づいて生命の維持よりも、輸血をしないことに優越的な価値を認めて絶対的な無輸血の態度をとる。しかし、当然、輸血の代替療法は受入れるし、むしろ積極的にこれを求める。この点からも医療者としては、どのような代替療法の可能性、および無輸血で手術を行える当該施設における大まかな見込みを患者に説明しておくべであろう。 教団への入信を自ら選択した、いわゆる一世信者と、幼少時に親を信者として持つことで、当該教団の教理や組織の影響を大きく受けた、いわゆる二世信者とでは、その心理的な特性が異なることにも配慮しなければならない。二世信者は、親のしつけと重複する形で親の信仰を受け継いでおり、一世信者よりも信仰に背く恐怖や罪悪感、正しい信者になれなかったことによる自己否定感が強いという指摘がある。したがって、特に親権者の養育下にある年齢の子どもにとっては、自らが輸血治療を選択したことや、自らの意思に反して輸血治療がなされたことによって、今後の信仰上、あるいは家族関係において、何らかの心理的影響を残しうる可能性を考慮しなければならない。また、その意思に反して子どもに輸血治療がなされた親に対しては、治療前と変わらぬ養育責任を果たすように環境を確保するように、医療側が促していく責任があり、必要に応じて教団の理解や支援も得られるようにすべきである。さらに、輸血を受けた当事者が、信仰や親の意思に反して輸血を受けたという理由によって深い自責の念に苦しむことがないように、入院中から退院後まで継続的に児童/思春期心理などの専門家などによるカウンセリングを実施する。なお、親権停止により輸血実施した場合、その後速やかに一時的な親権停止を解除し、親権者が輸血治療後の子どもを温かく受け入れることができるように継続的に支援する。