No.126/‟判断能力・同意能力のない患者”についての医療行為の決定プロセス(その5)
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No.126/2023.4.3発行
弁護士 福﨑博孝
‟判断能力・同意能力のない患者”についての医療行為の決定プロセス
(患者本人へのインフォームド・コンセントが尽きた先には何が必要なのか?誰に何をどうすればいいのか?) (その5)
第4 認知症高齢患者など‟判断能力・同意能力のない成年患者”への医療行為の決定プロセス(インフォームド・コンセントのあり方)
1.厚労省の人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセス(終末期医療の決定プロセス)に関するガイドライン-人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)-について
認知症患者など‟判断能力・同意能力のない成年患者”への医療行為と、‟その決定プロセスのあり方(同意の取り方)”について考えるときには、「人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン-厚労省平成30年3月改正-(人生の最終段階ガイドライン〔平成30年版〕)を参考にせざるを得ません。確かに、「人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)」は、終末期(人生の最終段階)の医療行為に関する意思決定プロセスについて定めた指針ではありますが、当該患者が認知症等で判断能力・同意能力のない状況であれば、終末期か否かにかかわらず、当該ガイドラインの想定するところは同じであり、それを判断基準とすることに妥当性・適切性が認められるといえます。
(1)このガイドラインの初版は、平成18年3月の富山県射水市における人工呼吸器取り外し事件を契機として平成19年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」として策定されたものですが、平成27年3月には「人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン」と名称が変更されています。 そして、その後の平成30年3月にもさらに改訂されています。これは「アドバンス・ケア・プラニング(ACP)」の概念を踏まえた研究・取組みが普及していることなどを取り入れた改訂ですが、シェアード・ディシジョン・メーキング(SDМ)の考え方も取り入れているようです(そのほかには、このガイドラインの内容には本質的な変更はありません。)。なお、「アドバンス・ケア・プラニング(ACP)」とは、前述したとおり、「患者・家族が、医療者や介護提供者と一緒に、現在の病気や障害だけではなく、意思決定能力が低下した場合に備えて、終末期を含めた医療や介護のことを話し合うことや、意思決定が出来なくなったときに備えて、本人に代わって意思決定をする人を決めておくプロセス」を意味し、近時の臨床医療においては極めて重要なものとされています。そして、このステージにおいてSDМを組み込むことによって患者に対するICをより深いものとすることが可能になります(ただし、ACPにしても、SDМにしても、これを実践することは医療者にとっては、その労力や所要時間など非常に大変なことなのではないでしょうか。)。
(2)いずれにしても、このガイドラインは、認知症患者など‟判断能力・同意能力のない成年患者”への医療行為において、‟インフォームド・コンセント(IC)を誰に対して行うのか”、‟誰の同意を得て医療行為を行うのか”などの重要な問題に一応の回答を与えてくれるものとなっています。なぜなら、前記のとおり、‟終末期医療の対象となる患者”と‟判断能力・同意能力のない成年患者”とは、当該医療行為についての患者本人の判断が困難であるという点において同じ状況にあり、しかも、どのような要件又は要素がそろえば当該医療行為が違法とならずにすむのか(違法性阻却)という場面であることも同様だからです。すなわち、認知症などにより判断能力・同意能力のない成人患者についても(人生の最終段階とまではいえない場合であっても)、人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)の考え方をもってICの理念を追求し、患者意思の推定等を行い、医療行為の決定を行うということにならざるを得ないのです。
(3)人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)は、終末期医療における‟医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為の中止”(【注15】)について、下記(4)のような決定プロセスを採ることによって、その違法性を阻却させようとしています。そして、その場合の終末期医療及びケアのあり方については、次の4つの視点(①~④)が重視されており、その考え方の前提となっています(特に①②は、同意能力のない成年患者への医療行為においても、揺るがせにはできません。)。
① 医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人による決定を基本としたうえで、終末期医療を進めること(いわゆる「ACP」)が最も重要な原則である。
② 終末期医療における医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為の中止等は、多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである。
③ 医療・ケアチームにより可能な限り疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和し、患者・家族の精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療及びケアを行うことが必要である。
④ 生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死はガイドラインでは対象としない。
【注15】終末期における尊厳死として‟医療行為を中止すること”は、当該患者の推定的承諾・同意によって認められることがあります。しかし、それには幾つかの要件を充たす必要があり、それを実際に実施することには困難も伴います。その困難な事態にまで陥らないように、臨床実務においては患者・家族にDNAR(Do Not Attempt Resuscitation 蘇生措置拒否=心停止しても心肺蘇生を試みないという「医療行為の不開始」)の意思を明確にしてもらうことによって(同意書をもらうことによって)、人工呼吸器を外す等の「医療行為の中止」を回避することが多くなっているようです。かなりハードルの高い医療行為の中止措置を避けるためには、事前に患者や家族との間でDNAR(心肺蘇生措置の不開始の表明)を行うかどうか話し合っておく必要もありそうです。
(4)このガイドラインでは、終末期医療における‟医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為の中止等”について、次のような取扱いをすることになっています。
Ⅰ 患者の意思が確認できる場合
(ⅰ)患者本人の状態に応じた‟専門的な医学的検討”を経て、ICに基づく患者の意思決定を基本とし、多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームとしてその方針の決定を行う。
(ⅱ)治療方針の決定に際し、患者と医療従事者とが十分な話し合いを行い、患者が意思決定を行い、その合意内容を文書にまとめておくものとする。上記の場合、時間の経過、病状の変化、医学的評価の変化に応じて、患者の意思が変化するものであることに留意し、その都度、家族等も含めて話合いが繰り返し行われ、患者の意思の再確認が必要である(いわゆる「ACP」)。
(ⅲ)このプロセスにおいて、患者が拒まない限り、決定内容を家族にも知らせることが望ましい。
Ⅱ 患者の意思が確認できない場合
(ⅰ)家族等が患者の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、患者にとっての‟最善の方針”をとることを基本とする。
(ⅱ)家族等が患者の意思を推定できない場合には、患者にとって何が最善であるかについて家族等と十分に話し合い、患者にとっての‟最善の方針”をとることを基本とする。
(ⅲ)家族等がいない場合及び家族等が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、患者にとっての‟最善の方針”をとることを基本とする。
Ⅲ ‟家族等による患者の意思の推定”と‟最善の医療”
上記Ⅱ(患者の意思が確認できない場合)においては、「家族等」というものをどのように考えるかが非常に重要なこととなります。そして、ガイドラインでは、「家族等とは、今後単身世帯が増えることも想定し、患者が信頼を寄せ、終末期の患者を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人を含みます」、「患者の意思決定が確認できない場合には、家族等の役割がいっそう重要になります。特に、本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定め、その者を含めてこれまでの人生観や価値観、どのような生き方や医療・ケアを望むのかを含め、日頃から繰り返し話し合っておくことにより、本人の意思を推定しやすくなります。その場合にも、‟患者が何を望むか”を基本とし、それがどうしてもわからない場合には、‟患者の最善の利益が何であるか”について、家族等と医療・ケアチームが十分に話し合い、合意を形成することが必要です」、「家族等がいない場合及び家族等が判断せず、決定を医療・ケアチームにゆだねる場合には、医療・ケアチームが医療の妥当性・適切性を判断して、その患者にとって最善の医療を実施する必要があります。なお家族等が判断をゆだねる場合にも、その決定内容を説明し十分に理解してもらうよう努める必要があります。」と説明しています。 いずれにしても、以上のような倫理的判断は、家族等と話し合って決めるにしても、医療・ケアチームにとっては非常に困難なことが多いことからすれば、最終的には、当該病院の‟医療倫理委員会”などに付議し、外部の専門家も入れて協議することが必要になるのではないでしょうか。
2.認知症等で判断能力・同意能力を喪失した成年患者に対する医療行為の決定プロセス
人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)の趣旨を前提にして、‟認知症等の高齢患者など判断能力・同意能力を欠く成年患者について、どのように対処すべきか”を考えることにしますが、その場合には、上記の1.(4)の「Ⅱ患者の意思が確認できない場合」と「Ⅲ‟家族等による患者の意思の推定”と‟最善の医療”」を参考にすることになります。
(1)家族等がいる場合
(ア)家族等だけの場合(成年後見人がいない場合)
(ⅰ)臨床現場で一般的に求められている「家族等の同意」の意味
成年患者についても、患者が判断能力・同意能力を喪失したときは、未成年患者と同様に、家族から同意を得るのが臨床での一般的な取扱いとなっているようです。裁判例では、「患者が自己決定をできない状況にあるときは、近親者等従前からの患者の生き方・考え方に精通し、患者の自己決定を代替しうる者にこれらを説明する義務があると解される」(名古屋地判平成20・2・13(【注16】)、「意識が失われた末期の患者に対する治療の内容は、患者本人に代わって、当時の患者の治療について中心となって意思決定することを患者から委ねられていた妻子らが、説明を受ける対象となっていたというべきである」(東京高判平成22・7・7(【注17】))等と表現しており、いずれも「判断のできない患者本人に代わって家族からの同意を得ることによって医療行為が可能であること」を前提としています。これらは、医療行為の同意が違法性阻却事由であることから、‟家族が同意した医療行為には社会的相当性が認められ違法性がなくなる”との考え方に基づくものと思われます。
【注16】名古屋地判平成20・2・13は、破裂脳動脈瘤に対するクリッピング術を施行した際に医師の説明義務違反が認められた事案において、「医師が、患者に対し、患者の疾患の治療にために手術等患者の生命・身体に軽微でない結果を発生させるおそれがある医療行為を実施するに当たっては、特別の事情のない限り患者の同意が必要である。この同意は、患者の自己決定権に由来するものであるから、患者が当該医療行為を受けるかどうか熟慮の上決定することができるようにするため、医師には、診療契約に基づき、又は患者の人格権を尊重するため、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。また、患者が自己決定をできない状況にあるときは、近親者等従前からの患者の生き方・考え方に精通し、患者の自己決定を代替しうる者にこれらを説明する義務があると解される。」と判示しているのです。
【注17】東京高判平成22・7・7も、肺癌が再発し他に転移したとの診断により治療を受けていたが、肺癌の治療法として不適切な治療行為等によって死亡したとして、遺族が損害賠償を請求した事案について、その判断の過程において、「(末期の患者である)亡Aの意識が失われた後は、亡Aに対する治療の内容は、患者本人に代わって、当時亡Aの治療について中心となって意思決定することを亡Aから委ねられていた妻子であるXらが、説明を受ける対象となっていたというべきである。」と述べています。
(ⅱ)患者本人の意思を推定する「家族等の意思表示」
ところが、以上のような「家族等の意思表示による医療行為」については、‟家族等が「同意」すれば何故に違法性がなくなるのか”、‟「同意」をなし得る家族等とはどのような者をいうのか”などが未だ明確にはされていないのです。しかし、この点について、上記ガイドラインを参考にすれば、より正確な説明が可能です。すなわち、「患者本人の最善の利益を図り得る立場、患者本人の人生における価値観を理解し得る立場にあるのは、一般的に‟家族等”であり、そのような家族等の意思表示(判断や考え方)をもって当該患者本人の意思を推定することが可能となり、当該家族等に病状等を十分に説明してその同意を得た場合には、当該患者本人の同意が得られたものとして取り扱う(推定する)ことができる」ということになるのです。医療行為に対する「患者本人の同意」が違法性阻却事由とされるのは、「患者本人が当該医療行為の内容や危険性等を理解する能力(同意能力)を有し、かつ、実際に医療者の説明によって十分に理解し同意してなされた医療行為は違法とはならない」ということにあるのですから、最も重要なことは、‟当該医療行為を行うことが患者本人の意思(価値観)に沿うものなのかどうか”ということになります。そして、その患者本人の意思を推定する上で重要なことは、‟患者本人の考え方を最も理解し知りうる立場にある家族等の意見を聞く”ことであり、結論として‟家族等の意思表示(判断・考え方)を重視する”ということになるのです。家族等から同意書にサインをもらうということには、以上のような意味があり、医療者は家族等にそのことを理解し認識してもらった上で、その家族等からの同意のサインをもらう必要があるのです。
(ⅲ)家族等とは(家族等の範囲)
もっとも、その家族等の範囲を明確にすることは容易ではありません。‟どのような関係の家族等の判断(同意)があれば、患者本人の意思の推定が認められるのか”を明確にすることは重要なことですが、実際には、かなりの困難を伴い、個別具体的な判断をせざるを得ないのです。しかし少なくとも、人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)では、「家族等とは、患者が信頼を寄せ、終末期の患者を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人を含む」とされています。つまり、患者自らの身を任せることができるほどに「患者が信頼を寄せ、かつ、患者を支え得る家族等」(例えば、内縁の配偶者など)ということになります。すなわち、判断能力を欠如させる前の患者の言動、家族等の親近性、同居の有無、家族等の患者本人に対する態度など様々の事情を勘案して、「患者本人の最善の利益を図りうる立場、患者本人の人生における価値観を理解し得る立場にあるのは、誰か?」という観点から、ICの対象(説明する対象)として最も妥当な「家族等」を選択するしかないのです。
(イ)家族等と成年後見人がいる場合
家族等のほかに、家族等以外の成年後見人(弁護士・司法書士などの第三者成年後見人)がいる場合もあります。確かに、介護契約・施設入所契約・医療契約などについての代理権は、成年後見人の包括的代理権(法律行為の代理権)に含まれており、成年後見人は、患者本人の同意なくして患者本人を代理し、介護契約締結等の法律行為を行うことができます。しかし、手術など身体に侵襲を加える医療行為を行うことについては、成年後見人に、患者本人(成年被後見人)に代わって同意する権限が認められていません。したがって、‟成年後見人のみから同意をもらう”または‶成年後見人にのみに、その同意の前提となる説明(IC)を行う”というやり方には問題があります。 このような場合にも、原則として、上記(ア)と同様に、患者本人が信頼する「家族等」の判断(同意)や考え方によって患者本人の意思を推定し、医療行為を進めるかどうかを判断することが基本となります。しかし、第三者成年後見人がいる場合には、家族間で紛争が生じていることも多く、医療行為を行う医療者としては慎重な対応が求められます。また、第三者成年後見人であっても、その職務に身上看護が含まれている以上、成年被後見人患者のQOLには関わりを持たざるを得ませんので、第三者成年後見人の意見を全く無視することもできません。すなわち、このような場合には、医療者は、一部の家族のみの意見(同意)をもって医療行為を行うことにも、また、成年後見人のみの意見や判断(同意)をもって医療行為を行うことにも問題(リスク)があります。むしろ、このような場合には、成年後見人に相談する一方で、家族等の内情をみながら、‟意見等の聴取が必要と思われる家族”の意見や判断(同意)を得て医療行為を行うなどの対処が必要となるものと思われます。そして、そのような過程を経た上で、同意書(【注18】)に家族等や成年後見人のサインをいただくというやり方が無難だといえます。 以上のような対応の結果、①成年被後見人である患者の意思が推定できる場合には、それに従って医療行為を行うことになります。また、最終的に、②成年後見人や家族等から意見や判断(同意)からは成年被後見人患者の意思を推定することができないと判断した場合には、‟家族等による患者本人の意思の推定ができなかった場合”として、次の段階の対処を考えることになります。
【注18】ここでの「同意書」は本来の意味での「同意書」ではないことに留意してください。家族等であっても成年後見人であっても、成年被後見人である患者への医療行為という医的侵襲についての真の同意権限はないのです。したがって、この場合の「同意書」は、「そのような医療行為を行うことに身内として(成年後見人として)異議はない」くらいの意味として理解する必要があります。
(2)家族等がいない場合
(ア)家族等がいない場合の原則的な対応
人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)では、医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為の中止について、まずは、「医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人による決定を基本としたうえで、終末期医療を進めることが最も重要な原則である」とされ、それが不可能なときには、「家族等が患者の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、患者にとっての最善の治療方針をとることを基本とする」とされています。しかし、それらが尽きた(家族等がいない、又は、家族等による患者本人の意思の推定が出来ない)場合には、「多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームによって、‟医学的妥当性と適切性”を基に慎重に判断すべきである。」とならざるを得ないとされています。 このことは、なにも終末期医療に限ったことではなく、‟判断能力・同意能力を欠く成年患者に対して医療行為を行う場合”にも同じように考えることができます。アドバンス・ディレクティブ(AD)、リビング・ウイルがあれば、家族等の意見を聴きながら、それらによって患者本人の意思を推測し、また、それ(アドバンス・ディレクティブ(AD)、リビング・ウイル)がない場合には家族等にその考え方を聴くこと等によって患者本人の意思を直接推定できないか検討することになります。しかしそれでも、患者の意思の推定が出来ないときには、「患者にとって何が最善であるかについて家族と十分に話し合い(【注19】)、患者にとっての最善の方針をとることを基本とする」(いわゆる「最善の医療を施す」)ということになるのではないでしょうか。 そしてまた、‟家族等がいない場合”及び‟家族等が判断を医療者に委ねる場合”にも、「患者にとっての‟最善の方針をとる”ことを基本とする」ということにならざるを得ないのです。すなわち、ガイドラインも指摘するとおり、「家族等がいない場合及び家族等が判断せず決定を医療・ケアチームにゆだねる場合には、医療・ケアチームが医療の妥当性・適切性を判断して、その患者にとって最善の方針を実施する必要があります。なお家族等が判断をゆだねる場合にも、その決定内容を説明し十分に理解してもらうよう努める必要があります。」ということになるのです。
【注19】なお、ここでの「家族等と十分話し合い」というのは、「家族等(の意思表示)による患者意思の推定」とは全く意味が異なります。家族と協議し過去の患者の考え方や言動を聴取しても、患者本人の意思が推定できないときに、さらに医療者は、「(一般的には、人生・生き方の価値観を共有すると思われる)‟家族”と十分に話し合って最善の方針で対処する必要がある」という意味になるのです。
(イ)家族等はいないが成年後見人はいる場合の対応
ところで、‟家族等はいないが、成年後見人はいる”という場合もありますが、上述したとおり、成年後見人は、成年被後見人である患者の医療行為について同意する権限を有しているわけではありません。したがって、‟成年後見人の同意がないから医療行為を行うことができない”と考えることはできないのです。この場合にも、家族等がいない場合として、「患者にとって何が最善であるかを検討し、最善の方針で医療行為を行う」ということにならざるを得ません。
もっとも、確かに、成年後見人には、医療行為についての同意権限はないかもしれませんが、成年被後見人と医療者との間の診療契約の締結についてはその代理権限を有していますし、また、成年後見人の職務の一つして身上看護があり、成年被後見人のQOLにも関わりを持たざるを得ない立場にもあります。したがって、少なくとも、最善の治療方針で医療行為を行うための一つの判断要素として、成年後見人の意見ないし考え方を聴取することは必要であり、その過程を経て初めて最善の方針が確定できるものと考えるべきです。医療者が同意書(【注18】)に成年後見人のサインをもらう、ということは、そのような意味があるのです。したがって、当然のこととして、成年後見人がサインを断ることもあり得ます(むしろ、成年後見人には医療行為についての同意権限がないのですから、サインを拒むことの方が普通かもしれません。)。しかし、だからといって、当該患者の医療行為が出来なくなるというわけではなく、それでもなお、医療者は、「最善の方針」に従った対処を行わなければならないのです。いずれにしても、成年後見人には医療行為についての同意権限がないからといって、成年後見人の意見を無視するわけにはいかないということなのです。
(ウ)主治医としての精神科医の意見
さらには、認知症の高齢患者には精神科医療の主治医として精神科医がついている場合も考えられますが、その精神科医にも精神科医領域以外の手術などの医療行為に関する同意権限があるわけではありません。しかし、判断能力・同意能力を欠いた成年患者に手術などの医療行為を行う医療者は、当該患者の判断能力の有無・程度を知るためにも精神科疾患の主治医である精神科医にも意見を聞くことは当然必要なことであり、このことも、「患者にとって何が最善であるかを検討し、最善の方針で医療行為を行う」という「最善の方針」を確定するための判断要素ということができます。仮に、精神科医が同意書(【注18】)にサインしてくれたとしても、精神科医の同意書へのサインは、以上のような意味であることを忘れてはなりません。すなわち、最終的には、施術を行う医療者が、当該患者にとっての「最善の方針」に従った医療行為を行わなければならないということなのです。
(エ)判断能力・同意能力を欠く「身寄りのない患者」への対応
最後に、「身寄りのない認知症患者などの医療行為」についても考えておく必要があります。患者本人の医療行為を決定したくても、患者本人に理解能力も判断能力もなく、また、医療者が相談する家族等もいない(身寄りがない)ことが多くなっています。このような場合には、当該患者が日ごろからお世話になっている高齢者施設等の長などの関係者、友人や近所で親しくしている方(隣人等)、当該患者を介護などで世話してくれている方(訪問介護者等)など、普段の患者本人を知っており、患者本人の考え方や価値観に接することのできる立場にある人たちに相談しながら、「最善の方針をもって医療」を施していくしかありません。結局、「医学的妥当性や適切性が認められる最善の医療」、「終末期医療についてのあり方」に関し、患者本人の立場に立って関係者と協議しながら、判断能力・同意能力を失った患者本人にとって「何が最も意に沿う(患者意思の推定)医療行為なのか」、「何が当該患者にとって最善の医療なのか」を考えていくということになります。 もちろん、このような場合については、今のところ決まった手法や基準があるわけではありませんが、「医療者として、患者のために最善を尽くしたといえる程度のことは求められることになる」と考えておいた方が無難だと思います。そして、そのことを診療記録などに詳しく書き残すということも忘れないようにして下さい。