No.125/医師の労働者該当性について

No.125/2023.4.3発行
弁護士 増﨑勇太

医師の労働者該当性について

第1 はじめに(時間外労働の上限規制導入について )

労働者に法定労働時間(1日8時間かつ1週40時間以内)を超えて労働をさせる場合、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者との書面による協定を結び、労働基準監督署に届け出る必要があります。 平成30年の労働基準法改正により、時間外労働の上限が原則として1か月につき45時間及び1年間について360時間(臨時的に上限を超えて労働させる必要がある場合は、1か月について100時間未満かつ1年について720時間以内)と定められました。もっとも、医業に従事する医師については特例として令和6年4月まで時間外労働の上限規制は適用されず、令和6年4月以降は年960時間未満かつ原則月100時間未満の上限が適用されることとなっています(A水準)。また、地域医療体制の確保のために必要な役割を担う指定医療機関については、時間外労働の上限が年1860時間未満かつ原則月100時間未満まで延長することが可能となります(B水準)。研修医が研修プログラムに沿って技能を習得する場合や、臨床従事期間が6年目以降の者が高度技能の育成が公益上必要な分野で指定医療機関の診療に従事する場合なども同様です(C水準)。B水準は2035年までに解消され、C水準についても将来的な縮減が掲げられています。 医師が上記の改正労働基準法の適用対象となる前提として、医師が労働基準法上の労働者に該当する必要があります。本稿では、医師の労働者性について判断した複数の裁判例をご紹介いたします。

第2 院長として届出等がされている医師の労働者性(東京地裁平成30年9月20日判決)

本件(以下「事例1」といいます。)は、美容クリニックの医師が、同クリニックを経営する会社に対し、未払賃金を請求した事案です。経営会社と医師が作成した契約書には、医師はクリニックに「個人事業主」として参画するとの記載があり、同医師は院長として保健所の届出等もされていました。被告会社は、原告は自らの裁量で医療行為を行っており、被告会社は原告の雇用者ではないとして、原告の労働者性(雇用関係)を争いました。 裁判所は、原告の勤務日数や勤務時間が定められており、被告会社は出勤簿等により勤怠を管理していたこと、給与は定額であり勤務日数に応じて支払われていたこと、診療日のシフトは被告会社が定めていたこと等から、院長としての届出がされていたとしても労働基準法の労働者に該当すると判断しました。

第3 医師として診療行為も行う理事長の労働者性(大阪地裁平成30年3月29日判決)

本件(以下「事例2」といいます。)は、病院の元理事長として経営を事実上行っている医師(病院では「会長」と呼称されていました。)が、病院を運営する医療法人に対し、労働者としての地位の確認等を求めた事案です。 本件では、被告法人は原告に対し基本給の名目で金員を支払い、原告に対し「解雇」の通知をするなど、原告が労働者であるかのように扱っていた側面があります。また、裁判所も一般論として、医療法人の理事や理事長であっても、医師として診療行為は当然に理事長としての委任契約に随伴するものとはいえない(理事としての地位とは別個に医師としての雇用契約が成立する場合がありうる)と判示しています。 しかしながら裁判所は、原告が被告法人の創設者であったこと、医師としての診察数は少ないにもかかわらず高額の給与を支給され、車両の貸与等の特別な扱いを受けていたことなどから、原告は被告の指揮命令に基づいて労務の提供をしていたとはいえないとして、労働者性を否定しました。

第4 病院経営者の長男である医師の労働者性(東京地裁平成25年2月15日判決)

本件(以下「事例3」といいます)は、母親が経営する個人病院で診療行為を行ってきた医師が、労働者として病院に勤務していたことを前提に、解雇の有効性を争った事案です。被告は、原告との関係は雇用契約ではなく業務委託契約であると主張しました。 裁判所は、被告が原告の診療方針等について口出ししなかったことを認定しつつ、原告が被告の定めた勤務場所や勤務時間に従っており、被告の保有する医療機器等を用いて診療行為を行っていたことを理由として、被告の使用従属下で労務を提供していたと認定し、労働者性を認めました(解雇の有効性は認め、原告の請求は棄却)。

第5 研修医の労働者性(最高裁平成17年6月3日判決)

本件(以下「事例4」といいます。)は、大学付属病院で月額6万円の奨学金と1回1万円の日直・宿直手当の支給のみ受けていた研修医(研修中に死亡)の遺族が、大学に対し、研修医に支給された金銭と最低賃金との差額等の請求をした事案です。大学側は、研修医は病院の指揮命令下で研修に従事するものではないため労働者に該当しないとして、最低賃金法は適用されないと主張して争いました。 裁判所は、研修医が臨床研修のために医療行為に従事する場合であっても、病院の定める時間場所において、指導医の指示に従って医療行為に従事していたなどの事情からすれば、病院の指揮監督下で労務に従事したと評価できるとして、研修医の労働者性を認めました。

第6 まとめ

事例1及び事例2は、院長ないし理事長としての役職を有する医師の労働者性が判断された事案ですが、結論は異なります。裁判所は、「院長」「理事長」などの役職名や「給与」「報酬」等の支払われる金銭の名目にはあまり拘らず、具体的な事情に即して労働者性を判断しています。特に事例2では理事等であっても医師として雇用契約が成立する場合があることを認めており、注目に値します。 具体的な判断基準としては、①使用者の指揮監督下で労働に従事しているといえるかという点と、②報酬が労務の対価にあたるといえるかという点が挙げられます。事例1では、病院の経営会社が医師の勤怠を管理しており、病院の診療体制についても会社が決定していたため、個々の患者の具体的な医療行為の内容を医師が決定していたとしても、医師は会社の指揮監督下にあったと判断されました。また、報酬についても、医院の売り上げの多寡に関わらず定額の報酬が支払われており、逆に勤務日数が所定の日数を下回る場合は日割額が減額されるなど、報酬と労務の対価性が明らかに認められるものでした。これに対し、事例2は、原告である医師が病院の創設者であったという事情に加え、病院の経営や支出等について一定の裁量権を有していたことから、使用従属性が否定されています。 一方、事例3は、原告が病院経営者の親族であり、原告の勤怠管理等が一般的な医療施設の経営者と勤務医の関係に比して厳格さを欠くと認定されているにもかかわらず、労働者性が認められています。医師は一般の労働者に比較して業務の遂行に関する裁量権が広く認められている場合が多いため、勤務時間等について多少ルーズな運用がされているとしても、労働者性を広く認める考え方が取られているといえそうです。この裁判例を踏まえれば、理事等の役員に該当しない常勤の医師については、労働者性は認められる場合が多いと考えるべきと思われます。 事例4については、事件後に研修医制度が大きく見直されたため、現在では同様の事案は見られないと思われます。もっとも、医師等が受ける研修等が労働時間に該当するかの判断について、なお有用な判例と思われます。研修についても、病院の指揮監督下で行われる場合は、労働時間として評価されることになります。具体的には、研修の受講につき病院からの指導の有無、研修参加の業務遂行上の不可欠性、研修の不参加に対し不利益が課されるか等の事情から、当該研修が病院の指揮監督下で行われるものであるか判断することになります。 医師の労働者性が認められる場合、労働基準法が適用され、残業代も発生することになります。裁判等で医師の労働者性が認められれば、残業代の額が高額に上ることも十分あり得ます。医師に対する時間外労働上限規制の適用も近づいていますので、この機会に医師の勤務形態を整理してみてはいかがでしょうか。