No.127/死亡診断書の記載や異状死届出にかかる注意義務違反、及び医療法上の医療事故の報告 にかかる注意義務違反が否定された事例(大阪地裁令和4年4月15日判決)

No.127/2023.4.17発行
弁護士 永岡 亜也子

死亡診断書の記載や異状死届出にかかる注意義務違反、及び医療法上の医療事故の報告 にかかる注意義務違反が否定された事例(大阪地裁令和4年4月15日判決)

1 事案の概要

患者A(昭和20年生まれの女性)は、平成29年2月に脳梗塞と診断され、D病院に入院しました。その後、平成30年2月に退院となりましたが、脳梗塞後遺症(左片麻痺、高次脳機能障害)のため、退院後も抗血小板薬などの内服を続けていました。 同年7月23日、Aは自宅で転倒し、頭部を打ちました。同日夜に左大腿骨転子部の疼痛を訴える、発語がおかしいなどの症状が出たことから、Y1病院に救急搬送されました。検査の結果、左大腿骨頸部骨折と診断されたAは、そのままY1病院に入院することになりました。 同月25日、Y2医師がAに対し、左大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭挿入術(第1回手術)を実施しました。同月27日、Aは言葉に詰まるようになり、MRI検査の結果、右脳梗塞の診断を受けました。 翌8月25日、Y2医師がAに対し、左人工股関節全置換術(第2回手術)を実施しました。翌26日、Aに左口角下垂、呂律困難などの症状が認められたため、MRI検査を実施したところ、右大脳半球に広範囲の急性期脳梗塞が認められました。そこで、Y3医師は、Aの家族の同意のもと、Aにrt-PA(アルテプラーゼ)を投与しました。すると、まもなくしてAの下肢の創部から出血が確認され、同日のうちにAは呼吸停止となり、死亡するに至りました。 Y2医師は、同日、Aの直接死因を「脳梗塞(発症から1日)」とする死亡診断書を作成しました。 Xら(Aの家族)は、Y1病院、Y1病院代表者、Y2医師、Y3医師を被告として、①Y3医師に、第2回手術後の血栓溶解剤投与にかかる注意義務違反があったこと、②Y2医師に、死亡診断書の記載、異状死届出にかかる注意義務違反があったこと、③Y1病院代表者に、医療法上の医療事故の報告にかかる注意義務違反があったことを主張して、損害賠償を求めるとともに、④Y1病院代表者、Y2医師、Y3医師に真摯な謝罪を求めて提訴しました。 Yらは、①の注意義務違反があることについては認めましたが、②③の注意義務違反については争いました。

2 裁判所の判断(大阪地裁令和4年4月15日判決)

(1) 死亡診断書の記載、異状死届出にかかる注意義務違反の有無について

① 死亡診断書の記載について

Y2医師の専門分野は整形外科であり、アルテプラーゼの投与を含めた脳梗塞に対する治療は、基本的に脳神経外科のY3医師を中心に実施されたものであり、Y2医師は、少なくとも死亡診断書を記載した時点では、本件投与が禁忌であったことを認識していないこと、脳梗塞の治療に関連して生じた事態であり、本件投与後の状態の悪化に脳梗塞が影響していないとは言いがたいことなどを踏まえれば、Y2医師が死亡診断書に脳梗塞と記載をしてはならないとまでは認めがたい。 以上に加え、Y2医師らが、XらからAの死因等についての説明を求められたにもかかわらず、これを拒んだり、あえて誤った説明をしたなどの事実は見当たらないことも踏まえれば、少なくとも、Y2医師が自己の認識と異なる死因等をあえて死亡診断書に記載したとは認められず、Y2医師が、Aにかかる死亡診断書において、出血性ショックにより死亡した旨記載すべきであったのに、脳梗塞と記載したことで、Xらの権利利益を違法に侵害したとは認められない。

② 異状死の届出について

本件において、外表上、創部からの出血が認められるとしても、脳梗塞の治療として本件投与を実施した結果、創部からの出血が生じたなどの経緯のほか、Y2医師はAの遺体を見てはいるが、これをもって検案した、すなわち、死因等を判定するために死亡後のAの外表を検査したといえるかについても検討の余地があること、Y2医師らが、XらからAの死因等についての説明を求められたにもかかわらず、これを拒んだり、あえて誤った説明をしたなどの事実は見当たらないことなどを踏まえれば、Aの状態につき、異状があると認めなければならない、異状死として届け出なければならない法的義務を負うとまでは直ちには認めがたい。 また、X1はAの出血に気づいておりAの死亡前の状態につき確認しており、Y2医師は、少なくとも死亡診断書を記載した時点やその翌日の時点では、本件投与が禁忌であったことを認識していないのであるから、Y2医師が本件投与による死亡を隠す意図を有していたとも認められず、Y2医師が、Aの死亡につき、異状死として届け出なかったことで、Xらの権利利益を違法に侵害したとは認められない。

(2) 医療法上の医療事故の報告にかかる注意義務違反の有無について

医療法上の医療事故調査制度は、医療の安全のための再発防止を目的とし、原因を調査するために、医療機関が自主的に医療事故を調査し、再発防止に取り組むことを基本とした制度であって、責任追及を目的としたものではないと解されるところ、病院等の管理者は、医療事故が発生した場合には、遅滞なく、医療事故調査・支援センターに医療事故の報告をしなければならないとされ、その後、医療事故調査が行われることになる。この医療事故調査の対象となる「医療事故」該当性の判断は、専ら病院等の管理者に委ねられていること、病院等の管理者は、医療事故の報告をするに当たり、死亡した患者の遺族に対する説明をしなければならないとされているものの、この説明も病院等の管理者による「医療事故」該当性の判断を前提としたものであることなどからすると、医療法6条の10第1項に基づく医療事故の報告及びその後に行われる医療事故調査等は、患者の遺族の権利利益の保護を目的とするものとはいえず、仮に、病院等の管理者による適切な医療事故の報告がされなかったとしても、これをもって、患者の遺族の権利利益を違法に侵害するものとはいえないというべきである。 Y3医師は、Aの家族(X1)に対し、本件投与の危険性について一定の説明をしており、創部からの出血が生じること自体は予期していなかったとしても、脳梗塞それ自体ないし脳梗塞の治療としての本件投与により本件患者が死亡する危険性自体は認識していたといえる。これらの事情からすれば、管理者であるY1病院代表者は、医療従事者の認識・判断を踏まえ、Aについて死亡が起こり得るものとして認識しており、「当該死亡を予期しなかったもの」とはいえないから、医療法6条の10第1項に基づく医療事故の報告をすべき義務を負っていたとは認められない。 以上を踏まえれば、Y1病院代表者が、医療法6条の10第1項に基づく医療事故の報告をしなかったことで、Xらの権利利益を違法に侵害したとは認められない。

3 まとめ

医師・医療機関と患者との間で締結される診療契約は、準委任契約という契約類型に該当しますが、準委任契約では、その終了時に、遅滞なくその経過及び結果を報告することが義務づけられています(顛末報告義務)。そのため、医師は、医療行為が終了した時点で、その医療行為についての顛末を患者に報告しなければなりません。そして、仮に、医療行為が終了した時点で、患者本人が亡くなっている場合には、そのご家族に対して、その医療行為についての顛末を報告すべきであると考えられます。なお、医師の顛末報告義務は、直接・口頭の説明・報告だけに限られるものではなく、死亡診断書における死因等の記載内容もまた、顛末報告の一内容を構成するものとして捉えることが可能です。したがって、もし仮に、死亡診断書に自己の認識と異なる不適切な死因等をあえて記載するようなことがあれば、そのことのみで、債務不履行責任等を問われることも考えられます。 本事案は、アルテプラーゼの投与が注意義務に反するものであり、Y1病院及びY3医師がその責任を負うことについては争いがない中で、さらに、Y2医師が死亡診断書に不適切な記載をしたこと及び異状死の届出をしなかったこと、Y1病院代表者が医療法上の医療事故の報告をしなかったことの責任が追及されたものです。Xらが、Yらの真摯な謝罪を併せて請求していたことからしても、XらのYらに対する不信感は非常に大きいものであるように思われます。 本裁判例では、Y2医師には自己の認識と異なる死因等をあえて死亡診断書に記載したとは認められず、また、アルテプラーゼの投与による死亡を隠す意図を有していたとも認められないとして、その責任は否定されています。また、Y1病院代表者が医療法上の医療事故の報告をしなかったことについても、医療法6条の10第1項に基づく医療事故の報告及びその後に行われる医療事故調査等は、そもそもが患者の遺族の権利利益の保護を目的とするものとはいえず、仮に、病院等の管理者による適切な医療事故の報告がされなかったとしても、これをもって、患者の遺族の権利利益を違法に侵害するものとはいえないと判示されています。 しかしながら、XらのYらに対する非常に大きな不信感の原因・理由には、YらがAの死の真相を隠蔽しようとしているようにXらの目に映ってしまったことが多分に影響しているように思えてなりません。そのようなあらぬ誤解を招かないために、ご遺族が医療事故調査制度のことを認識している場合や、死亡原因の解明を強く望んでいる場合などには、医療機関の管理者として、民事責任の有無にかかわらず、医療法上の医療事故の報告を行うことに消極的な姿勢をとるのではなく、原因調査・再発防止のために積極的に活用する視点を持つことが大切であるように思われます。そうした姿勢を持つことは、ご遺族との間の無用な衝突を避けうることにもつながり、また、紛争の早期解決にもつながり得るものなのではないでしょうか。