No.114/合併症であっても当然に無過失ではないと判断した裁判例(岡山地裁倉敷支部H17.5.13判決)

No.114/2023.1.16発行
弁護士 増﨑勇太

合併症であっても当然に無過失ではないと判断した裁判例
(岡山地裁倉敷支部H17.5.13判決)

「合併症」とは、ご存じのとおり、検査や治療に伴って一定の確率で不可避に生じる病気や症状を指します(なお、原疾患を前提として生ずる続発性の疾患を指して「合併症」ということもありますが、本稿では検査や治療に伴う病気等という意味でのみ「合併症」という言葉を用います。)。 上記の合併症の定義に照らせば、合併症が生じることはやむを得ないことであって、医療従事者の過失は認められないようにも思えますが、後記のとおり合併症について医師の過失を認めた裁判例も決して少なくありません。 本稿では、合併症について医師の過失を認めた裁判例(ただし控訴審では過失を否定)を紹介し、合併症が生じうる検査・手術等においてどのような注意をすべきかを検討したいと思います。

第1 事案の概要

患者A(当時25歳)は、髄膜炎で入院していたところ、けいれん発作が出現し、Y病院に転入院しました。Aは、入院時は意識がはっきりしていたものの、左上下肢不全麻痺等が生じ、意識障害も徐々に増悪していきました。 入院翌日、患者Aに鎖骨下静脈穿刺による中心静脈カテーテル輸液を行うなどしたものの、患者Aの全身症状は改善せず、同日深夜頃には一時的な無呼吸状態が頻繁に生じるようになりました。翌日、気管内挿管による気道確保を行い、レスピレーター(人工呼吸器)を装着して呼吸管理を行いましたが、同日午後2時頃には胸部レントゲンで右肺に明らかな病変が認められ、気管支鏡検査を行ったところ右気管支の奥から出血を生じていました。止血ができないままAの全身状態は悪化し、同日午後5時32分頃に死亡しました。 Aの遺族は、医師が鎖骨下静脈へカテーテルを挿入した際、静脈穿刺の針が胸膜を破って肺を損傷し、気胸、血胸及び肺出血を生じさせ、緊急性気胸の進行による循環虚脱または肺出血による気道閉塞によりAを死亡させたとして、Y病院及び担当医らに対して損害賠償請求訴訟を提起しました。 Y病院側は、気胸は鎖骨下静脈穿刺によっておこる合併症であり、手技の誤りがあったとは言えないとして過失を否認しました。また、仮に鎖骨下静脈穿刺の手技の過失によって気胸が生じたとしても、死亡の原因である肺出血は穿刺が原因ではない(DIC:播種性血管内凝固症候群が原因である可能性が高い)から過失と患者の死亡との間に因果関係がないと主張しました。

第2 第一審裁判所の判断(岡山地裁倉敷支部平成17年5月13日判決)

第一審裁判所は、患者Aの死因について、右肺に気胸が生じており、鎖骨下静脈穿刺時に右肺を損傷したことは明らかであるから、肺損傷が肺出血の原因となったという推認は一応合理的であると認定しました。 そして、気胸や血胸などが鎖骨下静脈穿刺に不可避的に伴う合併症であるという被告側の主張については、「鎖骨下静脈穿刺に伴う肺損傷(気胸、血胸)は、『合併症』と表現されるとはいえ、人為的な操作の結果生じるものであり、…ほとんどの場合、肺に何ら損傷を及ぼすことなく施行されているのであるから、統計的にある一定の割合で出現することが避けられないことをもって、ただちに肺損傷を生じさせたことを不可抗力であるかのようにいう被告の主張はおよそ採用できるものではない。」として、「合併症」であるとしても当然に無過失とはいえないとしました。 さらに同判決は、「穿刺の結果、肺に損傷が生じたのであれば、担当した医師には静脈穿刺において手技を誤り、その点に過失があったと推認するのが相当である。」とし、穿刺による肺損傷について医師側の過失を推認する、すなわち過失がないことの立証責任を医師側に課すこととしました。そして、鎖骨下静脈穿刺に伴う肺損傷について医師に過失がないとの認定はできないとし、Y病院に対し、計5330万円の損害賠償責任を認める判決を出しました。

第3 控訴審の判断(広島高裁岡山支部平成19年5月25日判決)

控訴審では、穿刺後の胸部レントゲンでは軽度の気胸が生じているのみで肺出血が確認されておらず、穿刺から肺出血の症状が明らかになるまで時間がかかっていることなどを理由に、死因である肺出血の直接の原因が鎖骨下静脈穿刺であるとは認めがたいとしました。さらに、人工呼吸器を装着して強制換気をした際、鎖骨下静脈穿刺によって生じた軽度の気胸が拡大して肺出血を生じた可能性はあるとしつつ、鎖骨下静脈穿刺において気胸が生じる程度の肺損傷は避けがたいものであり、人工呼吸器による強制換気も患者救命のための緊急措置としてやむを得ないものであったから、医師に過失があるとはいえないと認定して第1審を取り消し、患者遺族の請求を棄却しました。

第4 解説

上記裁判例では、合併症であることのみをもって過失がないとはいえないとした第一審の判断は重要です。 もっとも、検査、手術等の手技上の過失については、医療従事者の手技を具体的に認定することは容易ではなく、医療従事者側がどこまで立証責任を負うかは議論もありうると思われます。実際、上記事例では亡くなった患者の解剖検査がされなかったこともあって死因等が大きく争われており、鑑定意見の応酬で訴訟が長期化したようです。 合併症の過失の有無を判断した裁判例を概観すると、以下のような事例が見られました。 ①心臓カテーテル検査中に内膜剥離による動脈乖離を生じ、その後心筋梗塞により患者が死亡した事案。使用したカテーテルの種類やその操作に特段の不適切はなく、異常が認められた際は直ちに検査を中止していること、担当医が心臓カテーテル検査の経験が豊富であったことを理由に、動脈乖離は不可抗力であったとして医師の過失を否定した。(富山地裁高岡支部平成12年2月29日判決) ②経皮的冠動脈形成術(PTCA)においてガイドワイヤーが腎周囲の血管を損傷し患者が死亡した事案。同手術においてガイドワイヤーが血管に迷入し血管損傷が生じることは少なからずあり、透視下での手術が求められるところ、本件医師は透視下で施術を行っておりガイドワイヤーによる損傷自体には過失はないとされた。一方、施術直後に患者が腰背部痛を訴えた際に腹部エコーを実施し、腎周囲腔に滲出液を確認したにもかかわらず、尿漏れと誤信し出血を看過した点について過失が認められた。(松江地裁平成14年9月4日判決) ③臨床検査技師が手関節部分からの採血注射を行った際、神経損傷を生じさせた事案。裁判所は、手関節橈骨側での採血の際には、正しく注射針を刺入しても予測しえない橈骨神経浅枝損傷を生じさせる可能性が存在すると認定したうえで、手関節橈側での採血は肘窩部での採血が困難な場合の第2選択であり、臨床検査技師には肘部での採血に努めるべき注意義務や原告が痛みを訴えた際に採血を中止すべき注意義務があったとして、過失を認めた。(福岡地裁小倉支部平成14年7月9日判決) これらの裁判例等を見ると、合併症にかかる過失の有無の判断要素として、①合併症の発生確率②検査・治療方法が一般的に是認されている方法に違反するか(ガイドラインに沿ったものであるか等)③合併症のリスクがある検査・治療方法を採用する合理的な理由があるか(検査等の必要性と危険性の衡量)④合併症の発生を回避するための適切な措置が行われていたか(検査・施術前の問診、検査・施術中の確認措置、検査・施術後の経過観察等)⑤施術者が当該施術方法について十分な経験を有しているか等の事情が考慮されていることが分かります。 これらの考慮事情も踏まえると、医療従事者としては、重篤な合併症の危険がある検査・手術を実施する場合、当該検査・手術を実施するに至った過程や術中・術後の経過を医療記録に正確に残すこと、検査・手術の方法についてガイドライン等の基準を順守し、最新の知見の収集に努めることが重要であると言えます。 また、不可避的な合併症が生じうる検査・手術においては、そのリスクを患者に十分に説明して同意を取り、万が一合併症が発生してしまった場合は、患者に対して真摯に説明し原因の究明に努めることが後の紛争防止に有用です。心臓ペースメーカーの移植を要するような重大な合併症について、その発生確率が1~2%以下であっても、その危険性を患者に説明し手術を受けるか判断する機会を与えるべきであったとして、手術自体の過失を否定しつつ説明義務違反による損害賠償を認めた裁判例もあります(名古屋地裁平成15年11月28日判決)。低確率であっても重大な合併症が生じうる場合には、特に注意して患者への説明を行うべきといえます。