No.112/第14回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム(令和3年10月13日開催)

No.112/2022.12.15 発行
弁護士 永岡 亜也子

第14回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム(令和3年10月13日開催)
(テーマ)-説明義務- 【判例タイムズNo.1500(2022年11月)より】

1.はじめに

臨床医療法務だよりNo.59 で、令和2 年10 月に東京地方裁判所で開催された「第13 回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」の概要等をご紹介しましたが、本稿では、令和3 年10 月に東京地方裁判所で開催された「第14 回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」の概要等をご紹介したいと思います。
第14 回も、第13 回同様、医療界から、都内の13 医科大学と5 歯科大学の医師らが、法曹界から、東京地方裁判所医療集中部の裁判官と、東京にある3 弁護士会の医療訴訟に造詣の深い医療機関側・患者側弁護士が参加して行われました。テーマは、「説明義務」です。

2.説明義務について

患者に対して医療行為を行うにあたっては、事前に必要十分なインフォームド・コンセントがなされる必要があります。これが不十分・不適切であった場合に問題となるのが、「説明義務違反」です。この「説明義務」の内容・考え方等について、裁判官が分かりやすく解説をしていましたので、以下にご紹介します。

① 説明義務

「説明義務とは、患者が自らの意思でいかなる医療行為を受けるかを決定することができるように、当該疾患の診断、実施予定の療法の内容、危険性など必要な情報を説明すべき義務をいいます。」

② 説明義務の発生根拠

「説明義務の発生根拠としては、一つには、患者の自己決定権の保障がいわれておりまして、また、もう一つの説明としては、法律構成に応じた説明として、債務不履行構成においては、準委任契約における善管注意義務の一内容として、不法行為構成においては、信義則上の義務として説明されています。さらに、医療行為が患者の身体に対する侵襲であることから、当該侵襲についての違法性阻却事由として患者の同意が必要であるというような説明もされています。」

③ 説明義務の種類

「説明義務の種類としましては、一つは患者が自己決定するための説明義務、もう一つは療養方法の指導としての説明義務、三つ目に治療等が終了した時点における説明義務(顛末報告義務)、この三つがあると言われております。」

④ 説明義務において求められる説明内容

「診療当時の臨床医学の実践における医療水準に照らし、当該患者が当該医療行為を受けるかどうか自己決定するのに必要と考えられる内容であり、その主体は、通常の場合、医師であり、相手方は原則として、患者本人というふうになりますけれども、患者が説明内容を充分に理解できない、あるいは全く理解できない場合には、親権者や付添人などに説明するといわれています。」

⑤ 説明の程度

「患者の能力や実施する医療行為の内容によって決定され、理解力に劣る者や危険性が高い医療行為、医療行為を受けない選択肢がある場合には、丁寧に説明する必要があるということがいわれています。」

⑥ 説明すべきリスクの範囲

「発生頻度が高いものは説明する必要がありますし、発生頻度が低いものの中でも生命の危険があるもの、不可逆的なもので日常生活に支障をもたらす可能性があるものについては説明すべきとされています。要は、発生頻度とリスクの大きさの兼ね合いで決せられることになります。」

⑦ どういうレベルの説明をすべきかという説明義務の基準

「通常の医師であれば、説明する内容とする合理的医師説、合理的な患者であれば説明を求める内容であるとする合理的患者説、当該患者が知ることを望む内容とする具体的患者説、当該患者が重視し、かつそのことを通常の医師であれば認識できたであろう内容とする二重基準説がいわれています。」

⑧ 説明義務を負わない特別な事情がある場合

「緊急状態の場合、患者が既に説明内容について知識を有している場合、患者が説明を受ける利益を放棄している場合、説明内容が顕在化する危険が極めて小さい場合、説明すること自体が患者に悪影響を及ぼす恐れがある場合、法律により医師に強制治療の権限が与えられている場合などがいわれています。」

⑨ 説明義務違反による損害

「仮に、十分な説明を受けていたとしたならば、患者が当該医療行為を受けていないであろうことが高度の蓋然性をもって証明できるか否かがメルクマールとなります。これが証明できた場合には、当該医療行為の結果生じた損害の賠償が認められることになります。他方、これが証明できなかった場合には、自己決定権侵害による慰謝料が発生する場合はありますけれども、当該医療行為の結果生じた損害の賠償は認められないことになります。」

3.題材事例

(1)事案の概要

患者は、当時37歳の女性で、外国出身、日本語は日常会話を不自由なくでき、文章もおおむね理解できるけれども、難しい用語は分からないことがありました。2012年3月にクリニックを受診し、甲状腺両葉に結節が認められたため、大学病院を受診し、右葉の結節はがん疑いと診断され、同年7月に行った細胞診の結果、径約0.8センチメートルの乳頭がん(微小乳頭がん)と診断されました。

医師は患者に対し、右葉の結節が甲状腺微小乳頭がんであること、全摘術には再発可能性がないというメリットと、一生甲状腺ホルモン剤を服用しなければならないというデメリットがある一方、葉切除術には甲状腺機能を温存できるというメリットと、再発可能性があるというデメリットがあること、甲状腺微小乳頭がんに対し、米国では、全摘術及び術後の放射性ヨード内用療法が標準的である一方、国内では、葉切除術が標準的であることを説明しました。 患者は、姉が米国で受けた治療方法である全摘術及び術後の放射性ヨード内用療法を望んでいたところ、医師による説明を受け、自身の甲状腺微小乳頭がんに対しては全摘術と葉切除術のいずれの術式も正解であり、放射性ヨード内用療法は、がんがリンパ節に転移していなければ不要であると理解しましたが、この時点では、まだ全摘術と葉切除術のいずれにするかを決めかねていました。

同年10月、患者は、甲状腺手術目的で入院しました。医師は、葉切除術用の手術説明書を用いて、手術内容についての説明を行いました。同説明書の術式欄には、「甲状腺葉切除及び頸部リンパ節郭清」との印字があり、その右に、手書きで「全摘出術」と追記されていました。医師は、この際に、副甲状腺機能低下症について、全摘術では、一過性の場合と永続的場合がある一方、葉切除術では一時的であることが多いとの説明を行いました。患者は最終的に、全摘術を受けることを決め、追記された「全摘出術」の部分を丸で囲ったうえで、手術同意書に署名しました。

入院翌日、甲状腺全摘術及び両側頸部リンパ節郭清術が行われました。その際、少なくとも甲状腺両葉の上極2腺の副甲状腺が温存されていました。 術後、甲状腺ホルモンの投与がなされ、また、ひどいしびれがありましたが、カルシウム低値に対してカルシウム製剤の投与がなされた結果、次第に症状も落ち着き、術後3日目に退院となりました。しかしながら、その後も1年間、しびれの症状が継続し、翌年11月に甲状腺癌術後、術後永久副甲状腺機能低下症との診断が下りました。
患者は、病院に対して、十分な術前説明がされていれば、原告は葉切除術を選択していたから、後遺症を負うことはなかったという説明義務違反の過失等を主張して、損害賠償請求訴訟を提起しました。

(2)裁判所の判断

① 第一審

医師は、永久性副甲状腺機能低下症について、全摘術の場合と葉切除術の場合との発生頻度を比較して説明し、全摘術の方が有意に永久性副甲状腺機能低下症の発症リスクが高いことまで説明する必要がある。ところが、本件の医師は、全摘術の場合に一過性の副甲状腺機能低下症と永続的な副甲状腺機能低下症がそれぞれどの程度発生するのか、また、どちらがどの程度高いのかということについては説明していない。また、葉切除術の場合に一時的な副甲状腺機能低下症がどの程度発生するのかということも説明していない。したがって、説明義務違反がある。 しかしながら、原告が全摘術のメリットを重視していたこと等を踏まえると、原告が永久性副甲状腺機能低下症のリスクの有意差について説明を受けていたとしても全摘術を選択しなかったとまでは認められず、説明義務違反と全摘術選択との因果関係は認められない。

② 控訴審

確かに原告は、初診時には全摘術を希望していたが、7月の説明で全摘術も葉切除術も正解と理解し、前日までどちらにするか決めかねていた。そして、原告は、全摘術のメリットは再発の可能性がないことであり、デメリットは、一生甲状腺ホルモンを飲まなければならないことであるが、甲状腺ホルモンを飲む煩わしさを我慢できればデメリットはないから、全摘術の方が有利だと理解して、全摘術を選んだと考えられる。 そうすると、原告は、全摘術のデメリットは甲状腺の機能低下であるとしか理解しておらず、永久性副甲状腺機能低下症の発症リスクについては正しく理解せず、リスクがないと誤解していたと考えられる。医師は、本件説明書を示して副甲状腺機能低下症についても説明してはいるが、原告が外国人で難しい用語は必ずしも理解できないという事情も考慮するに、原告は全摘術の場合に永久性副甲状腺機能低下症のリスクがあることを理解できていなかった。原告が全摘術の場合の永久性副甲状腺機能低下症のリスクについて理解できていなかったのは、医師が全摘術の永久性副甲状腺機能低下症のリスクについて、葉切除術の場合との発症頻度を比較するなどして全摘術と葉切除術の有意差を説明しなかったことによる。したがって、説明義務違反がある。 原告が当初は全摘術を希望し、7月の説明のときにはどちらも正解と理解し、10月の術前説明では全摘術が有利と理解して全摘術に同意したという経緯に照らすならば、原告が永久性副甲状腺機能低下症の発症頻度の有意差について説明を受けていれば、全摘術を選択せず、葉切除術を選択した蓋然性が高い。したがって、説明義務違反と全摘術を選択したこととの因果関係が認められる。

4.意見交換

〇 裁判官:「病院は書いてあることを説明したと言っていて、患者はそれを聞いていないと言っているときに、書いてあることを説明していないと認定するには、それ相応の、確かに説明していなかったのだろうということを推測させる事情があるかについて検討することになると思います。書いてあるかないかだけで認定するわけではありません。説明されたことが全て書いてあるとは思っていませんし、書いていないことが説明されていないとも思っていません。印刷された説明文書に書かれていることについて、全部分かるように説明したということまで認められるとも考えていないです。説明を聞いていたとしたら、どういう行動を取ったかといった前後の事情を吟味して、評価、判断していると思います。」、「説明書が普通の一般の能力を持った方であれば、一読して了解可能なような書きぶりであれば、それは確かに、いちいち口で全部読み上げていなくても説明をしたのと同じことというふうに理解できるでしょうし、そうでなくて、細かい字でびっしり難しい用語で書いてあるような場合には、果たしてこれで説明をしたといえるんだろうかと考えることはあると思います。」

〇 弁護士A:「インフォームド・コンセントという考え方は、ドクターが患者にインフォメーションを与え、それに対して患者が同意するかどうかという一方通行ですよね。説明義務の内容として、手術時の合併症発症率や死亡率のパーセンテージまで示すべきであるという考え方もありますが、そのような一般的な確率データ…はあくまでも統計データに過ぎないのであり、目の前の患者さんに何が起こるのかということを具体的に示すものではありません。…つまり、合併症発生率とか死亡率などの統計データの一方通行での説明が法的説明義務であるとするのは、患者さんの自己決定に結び付かないという問題があるのです。そのような従来のインフォームド・コンセント論を脱却すべく、重要となってきているのが『SDM』、すなわち『シェアード・ディシジョン・メイキング』という考え方です。医療が不確実性を伴う中で、患者さんの疾患に対して、具体的にどのような医療を行うのが良いのかを、医師と患者が一緒に考えて決めていきましょうという考え方なのですが、これが重要になってきていると思います。」

〇 弁護士B:「私どもが、患者さんから医療事故の問題について相談を受ける最初のきっかけは、結果が悪かったということよりは、その結果が予想外だったということが多いです。…患者の側で医療行為に不満を持ったり不信を持ったりするというのは、想定外、予想外だったということが主要な動機になっているので、我々もそこはしっかり受け止めなければならないと思っております。」

〇 弁護士C:「アメリカ、イギリス等の教科書では、インフォームド・コンセントについて、インフォメーションとコンセント以上に大事なのは、コンプリヘンジョン、どう理解したかという項目が立てられていることが多いです。」

〇 医師:「説明のときに、今、理解という言葉が出てきましたが、本当の意味で納得して選択ができているかというところが、何か起きたときの、患者さん自身の心情とか、いろいろトラブルに発展するかという点においては、重要なんじゃないかと思います。…とにかく前向きの視点で考えると、この患者さんが、副甲状腺機能低下が起きない葉切除を選んだとして、でも再発する可能性もあったわけですよね。実際、そうなったときに、その選択をこの患者さんは後悔しなかっただろうかというと、やはり後悔していた可能性はあります。そういう視点で考えると、本当に現場としてどうすればいいかということを考えたときに、まず、言語として正しく理解するということは必要だけれども、もちろんその手を尽くした上でですが、理解した上でも決められない場面があって、そのときに患者が、何に重きを置いているのかというのを医療者側と患者が共通認識を持って、共通の着地点を見つけていくというような言い方、よくされると思いますが、そのプロセスが大事なのかなと思いました。」

〇 弁護士D:「外国人の方であったりとか、日本人であっても、例えば比較的、御高齢の方であったり、逆にものすごく若い方であったりとか、理解の能力というのは人によって様々であるところで、説明義務というものを一括りにするのではなくて、個別的に、どういった説明が患者さんにとって一番理解しやすい説明なのかというところが尽くされていれば、こういった説明義務違反で争うというような事態は少なくなっていくんだろうと思います…。」

5.まとめ

医療紛争では、ほとんどすべてで見かけるといっても過言ではないほど、説明義務違反の主張が多く見られます。 上記意見交換において、弁護士Bも述べているとおり、医療紛争の中には、その結果が患者にとって想定外、予想外のものであったことに端を発するものが少なからずあるように思われます。その結果がもし、医療者にとっては想定内、予想内のものであったにもかかわらず、患者にとっては想定外、予想外であったとすれば、そこには、医師から患者に対してなされた事前の説明が果たして必要十分なものであったのか、という問題が生じてくることになります。

インフォームド・コンセントは、「説明」→「理解」→「納得」→「同意」という複数の過程を経てなされるものであると考えられますが、「理解」や「納得」は目に見えるものではなく、また、患者1人1人ごとに、「理解」や「納得」に要する時間や情報量等も異なります。そのため、医療者は、患者がきちんと「理解」し「納得」できているかという意識を常に持ちながら、患者1人1人と向き合う必要がありますし、その患者が「理解」し「納得」できるまで、患者に寄り添い、一緒になって考えるという姿勢が、何よりも重要であるように思います。その姿勢は、医療者と患者との信頼関係の構築にも繋がるものであり、医療紛争の未然予防にも繋がりうるものといえるのではないでしょうか。

そのためには、医療者が日頃から、患者と必要十分なコミュニケーションを図る意識・姿勢を持っておくことが肝要であるように思われます。