No.92/人生最終段階(終末期)における医療と患者・家族(その7)
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No.92/2022.7.15発行
弁護士 福﨑 博孝
人生最終段階(終末期)における医療と患者・家族(その7)
(4.具体的な症例の検討(事案の検討) 事例③)
4.具体的な症例の検討(事案の検討)
(3)事例③
興奮状態がひどく、暴れる患者に対して薬剤を使いました。ご家族の了解も得ずに勝手に薬剤を使い、患者が眠ってしまったことに、ご家族が憤慨されました。暴れて医療的対応ができずに薬剤を使った旨を説明し、興奮状態の時の患者の様子を見に来てほしいと伝えましたが、ご家族は‟知っているから“と言って来院を拒否されました。結局その後も、患者が暴れて対応不可となり、ご家族が自宅で診ると退院されましたが、やはり自宅では診ることができず、他の病院へ入院となっているようです。 このような場合、当院とすればどう対応すべきだったのでしょうか。家族の言うとおり、薬剤で眠らせることには問題があったのでしょうか。
【わたしの考え】
1.鎮静のための薬剤投与にもインフォームド・コンセント(以下「IC」)が必要です。本件症例では、暴れる患者さんということですから、何らかの方法で鎮静しなければ治療ができないのだと思います。しかし、当該時点で判断能力があるとは思えません。したがって、患者さん本人に対するICというよりも、ご家族等に対するICが必要だったと思われます。 患者さん本人が判断不能な病状の場合には、事例②の【私の考え】で述べたとおり、医療者は、ご家族により患者本人の意思の推定し、それができない時には家族らと話し合って患者にとって最善の治療方針を選択するとされています。本症例でも、そのことの趣旨を踏まえると、「ご家族との協議」をなされたのかどうかが問題となります。そして、ご家族との協議の際には、当然のことですが、ご家族に対するICが必要になり、患者の鎮静に同意してもらわなければなりません。すなわち、ご家族との当該協議が、家族に対するICの実践ということにもなるはずであり、それをなされなかったことは問題があります。本症例では、「ご家族が憤慨された」とされていますが、もしかしたら何ら相談もなく話し合いもなく、勝手に薬剤を投与したことからご家族が憤慨された、といことはないのでしょうか。
2.しかし、ご家族と協議して十分なICを実施したにもかかわらず、上記のとおり、ご家族が患者に対する鎮静のための薬剤投与を拒絶され、そのために医療機関として当該患者さんに対する治療が困難となる(医療者が困難を強いられる)ような場合には、「医療機関としては、ご家族の診療へのご協力がいただけないということで、この診療を引き受けられない、お引き取り願う。」ということも考えらないことではありません。したがって、医療機関としては、可能な限りご家族を説得し、鎮静のための薬剤の投与を前提とした治療を受けていただくようお願いし、それでもダメな時には、当該患者さんに退院していただく(ほかの医療機関を探して転院していただく)こともあり得ることだと思います。 もっとも、この場合に患者さんやご家族に退院を求めることは、‟診療拒否”を意味することになります。そして、患者への診療を拒否するためには、診療を拒否する「合理的な理由」がなければなりません(医師法19条1項)。このこと(診療拒否に合理的な理由があるか否か)を十分に検討したうえで、診療拒否という最終判断を採らなければならないのです。すなわち、診療拒否につながる医療機関の対応は、患者さんやご家族に対して可能な限りの説得や対応を行ったうえで行う最終手段であり、これを安易に行うことは患者の健康や生命に関わることにもなりかねず、慎重の上にも慎重に行わなければなりません。
3.この点について、厚生労働省の通達や日本医師会の指針、過去の裁判例を参考にするとすれば、次のようにまとめることができそうです。
【診療拒否の正当事由(理由)】
診療契約において、患者は生命・身体という重要な法益を医療者に託し、医療者と協働して継続的に診療を行うのですから、医療者と患者・家族との間には「信頼関係」が必要不可欠です。しかし、①医療者と患者・家族との間の当該信頼関係が失われた時には(例えば、医療者の診療行為に患者・家族が協力しないことから、診療行為そのものができない場合、あるいは、医師・看護師その他職員の生命・身体・精神的健康を阻害している場合等には)、②患者への診療に緊急性がなく、③代替する医療機関等が存在する限り、医療者がこの診療を拒否したとしても、診療拒否に正当事由を認めることができます(弘前簡判平成23・12・16、東京地判平成29・2・9など)。確かに、医師法19条1項では「正当な事由がなければ診療拒否はできない」と規定していますが、実体法上は、その診療拒否が社会通念上その許容される範囲を超えて、拒否された側(患者・家族)の法律上保護されるべき何らかの権利又は利益が侵害された場合に初めて違法となる(東京地判平成17・11・15)と考えられており、逆に言えば、上記①、②、③の状況にあって、患者・家族の何らかの権利又は利益が侵害されないと判断できるのであれば、「医療側の診療拒否に正当な事由がある」ということになるのです。
4.このように考えれば、患者・家族による医療者に対する診療行為への非協力によって、診療行為そのものができない又は困難な場合、あるいは、医師・看護師その他職員の生命・身体・精神的健康を侵害し又は侵害されるおそれがあり、あるいは、当該医療機関の診療業務を妨害しそれが著しい場合等には、よほどの事情(当該患者の生命身体が危ない情況で緊急性がある場合など)がない限り、「医療者には当該患者の診療を拒否する正当な理由がある」といえるはずです。したがって、このような判断がなされる場合には、当該患者・家族に対しその診療を拒否する可能性があることを通告し、さらに、それでも当該医療側の指示に従わない場合には、実際にその診療を拒否し、病院内に立ち入らないように求めること、また、退院するよう求めることは違法ではないと考えられます。
5.したがって、本症例のように、ご家族が転院を希望されるのであれば、医療者にとってもそれが一番良い選択であります。しかし、転院又は退院をすることもなく、当該患者を鎮静させずに又拘束もせずに今後も治療を続けることを家族等が求める場合には、それが治療行為として無理と判断したら、転院などを家族等に求めるしかなく、そのための話合い・協議を続けるしかないと思われます。
通院患者であれば、その通院治療を拒否すること(病院内に立ち入らないように求めること)は比較的簡単なのですが、入院患者について治療を拒否することは困難を極めることがあります。とにかく、患者さんやご家族と話し合い、説得を続けながら、ほかの病院への転院などを検討してもらうしかないことが多いと思われます。