No.76/特別療養室利用の特別料金の徴収について

No.76/2022.3.15発行
弁護士 伊藤 岳

特別療養室利用の特別料金の徴収について

1 はじめに

今回の臨床医療法務だよりは、弁護士伊藤岳が担当させて頂きます。私は、崎陽合同法律事務所に所属しており、長崎県弁護士会の高齢者等権利擁護委員会の委員長を務めています。その関係もあり普段は、高齢者や障がい者の権利擁護に関する事件を受任することが多く、(認知症等により判断能力が衰えた高齢者や障がい者の財産管理や身上保護を業務とする)成年後見事件も複数件担当しています。 高齢者は、体調を崩したり、転倒して骨折をするなどして、入院することがあり、医療機関の方々にお世話になることがよくあります。 多くの病院で、医師や看護師をはじめとする医療関係者のみなさまに丁寧にご対応頂いており、後見人を務めている身としては、ただただ、感謝するばかりです。 もっとも、ごくまれにですが、医療関係者から疑問のある対応を受けることがあります。 先日、私が成年後見人となっている高齢者が、ある病院に入院をしたところ、入院手続の際に「一般病床が満床の場合は、特別料金を負担の上、特別個室に入室してもらうことになる」との説明を受けました。 「一般病床が満床である以上、特別個室に入室する」「特別個室に入室している以上、特別料金を支払う」ということは当然のこととも考えられます。 しかしながら、特別個室の利用による特別料金の徴収については、厚生労働省通知(保医発0305第6号・以下、単に「厚生労働省通知」とします)により一定の規制がされています。 そこで、今回の臨床医療法務だよりでは、厚生労働省通知による特別料金の徴収について、整理をしてみたいと思います。

2 特別療養環境室の意義

厚生労働省通知によれば、特別料金を徴収する病床は「特別療養環境室」とされ「患者が特別の負担をする上でふさわしい療養環境である必要があり、・・・①特別の療養環境に係る一の病室の病床数は4床以下であること。②病室の面積は1人当たり6.4平方メートル以上であること。③病床ごとのプライバシーの確保を図るための設備を備えていること。④特別の療養環境として適切な設備を有すること。」の要件を充足している必要があります。

3 特別療養環境室入室のための手続

また、特別療養環境室に入室させるための手続としては「①保険医療機関内の見やすい場所・・・に・・・そのベッド数、特別療養環境室の場所及び料金を患者にとって分かりやすく掲示しておくこと。 ②特別療養環境室への入院を希望する患者に対しては、特別療養環境室の設備構造、料金等について明確かつ懇切丁寧に説明し、患者側の同意を確認のうえ入院させること。 ③この同意の確認は、料金等を明示した文書に患者側の署名を受けることにより行うものであること(なお、この文書は、当該保険医療機関が保存し、必要に応じ提示できるようにしておくこと)。」が必要となります。 病院によっては、特別療養環境室の料金等に関する掲示がなされていない、患者から同意の文書をもらう際に丁寧な説明がなされていない等、不適切な対応がなされている病院も見受けられます。

4 特別療養環境室利用の特別料金が徴収できない場合

上記のような手続をとられていたとしても、①患者本人の「治療上の必要」により特別療養環境室へ入院させる場合、②病棟管理の必要性等から特別療養環境室に入院させた場合であって、実質的に患者の選択によらない場合は、特別料金を徴収することはできません。 厚生労働省通知では、①の具体例として「救急患者、術後患者等であって、病状が重篤なため安静を必要とする者、又は常時監視を要し、適時適切な看護及び介助を必要とする者・免疫力が低下し、感染症に罹患するおそれのある患者・集中治療の実施、著しい身体的・精神的苦痛を緩和する必要のある終末期の患者・後天性免疫不全症候群の病原体に感染している患者(患者が通常の個室よりも特別の設備の整った個室への入室を特に希望した場合を除く。)・クロイツフェルト・ヤコブ病の患者(患者が通常の個室よりも特別の設備の整った個室への入室を特に希望した場合を除く。)」が、②の具体例として「MRSA等に感染している患者であって、主治医等が他の入院患者の院内感染を防止するため、実質的に患者の選択によらず入院させたと認められる者の場合 ・ 特別療養環境室以外の病室の病床が満床であるため、特別療養環境室に入院させた患者の場合」が挙げられています。

5 病院都合による特別療養室利用の料金徴収の問題性

私が受けた「一般病床が満床の場合は、特別料金を負担の上特別室に入室してもらう」との説明は「特別療養環境室以外の病床が満床であるため特別療養環境室に入院させた場合」に該当するにも関わらず、特別料金を徴収するものであり、厚生労働省通知に違反しているものと思われます。 なお、同病院での入院手続の際には、特別療養環境室の利用に関する同意書へのサインも求められましたが、仮に同意書があったとしても、病院都合による特別療養環境室の利用の場合、特別料金を徴収することはできません。 特別療養環境室の利用による特別料金の徴収については、従前、複数回にわたり厚生労働省が通知を発出していましたが、「特別療養環境室以外の病室の病床が満床であるため、特別療養環境室に入院させた患者の場合」との文言は、平成30年の同通知に、はじめて記載されました。このような経緯に鑑みると、私が担当した事例に限らず、多くの病院で、病院都合による特別療養環境室の利用にもかかわらず、特別料金が徴収されている可能性があります。

6 特別療養室の特別料金の支払いを理由とする入院拒否の可能性

入院にあたり「プライバシーが確保された落ち着いた個室で治療を受けたい」というニーズを持つ患者にとって、特別療養環境室はとてもありがたいものです。 もっとも、患者の中には、病気の治療のために仕事ができなくなり預貯金を取り崩している自営業者や年金生活でぎりぎりの生活をしている高齢者等、生活に余裕が無い者も多数います。このような者にとって、保険による支払いができず、全額自己負担となる特別療養環境室利用の特別料金の支払いは、大きな負担になります。 厚生労働省通知が「患者が事実上特別の負担なしでは入院できないような運営を行う保険医療機関については、患者の受診の機会が妨げられるおそれがあ」ると記載しているように、本来、入院治療の必要が認められるにもかかわらず、特別料金の支払いを理由に入院を拒否するといった事態が生じかねません。

7 終わりに

病院の経営者、管理者のみなさまは、上記厚生労働省通知をよくご存じかと思われます。しかしながら、現場で、ベットコントロールや料金徴収等の担当部署の職員が、厚生労働省通知を知らないまま、特別療養環境室利用に関する同意書を患者から取得し、悪意なく特別料金を徴収している例もあるかと思います。 本来、厚生労働省通知に記載のあるように「特別の療養環境の提供は、患者への十分な情報提供を行い、患者の自由な選択と同意に基づいて行われる必要があり、患者の意に反して特別療養環境室に入院させられることのない ようにしなければな」りません。 生活に困窮している者であっても、安心して必要十分な入院治療を受けられるように、特別療養環境室に入室させるための手続が適切にとられているか、病院都合による利用等、特別療養環境室の利用料金を徴収できない場合にも関わらず徴収していないか、院内での対応について、今一度ご確認頂ければ幸いです。