No.75/代理出産は許されるのか? (それを否定した最高裁平成19年3月23日決定について)

No.75/2022.3.15発行

弁護士 福﨑 龍馬

わが国で代理出産は許されるのか?

(それを否定した最高裁平成19年3月23日決定について)

今回は、生殖補助医療のうち「代理出産」について、法的に許容し得るのかが争いとなった裁判例を参考にしながら検討したいと思います。「代理出産」とは、夫婦が精子・卵子を提供し、妻以外の女性に子を妊娠・出産してもらうことをいいます。そして、代理出産の法的な問題点を理解するには、まず、民法上どのようにして親子関係が決められるかを理解しておかなければなりません。

第1 父子関係・母子関係の民法上のルール

民法上、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」(772条)と定められており、妻が妊娠した場合には、婚姻関係にある夫が子の親と推定され、父子関係が決まります。母子関係については、判例上「分娩の事実」によって決まるものとされています。要するに、実際に自分で胎児を妊娠し、出産を行った女性がその母親である、ということになります。父子関係は、分娩などの父子関係を明白にする事実がないので(妻が妊娠出産をしたとしても他の男性の子供の可能性もあり得ます。)、婚姻関係がある場合に父子関係を推定する、という仕組みとなっています。しかし、生殖補助医療で生まれた子については、これらのルールを上手く適用できない場面が出てきます。以下で説明する裁判例においては、代理出産について法的に許容されるのかが争点となりました。

第2 最高裁平成19年3月23年決定

1 事案の内容

日本人夫婦であるX1とX2は、代理出産を希望したが、日本ではこれが実施できないため、米国ネバダ州において、平成15年5月、同州在住の米国人女性Aを代理母として代理出産のための施術を行うとともに、Aおよびその夫Bとの間で有償の代理出産契約を締結しました。同年11月末に、Aはネバダ州において双子を出産しました。同年12月、ネバダ州の裁判所は、Xらが子らの父母であること等を内容とする裁判を行い、双子について、Xらが両親であると記載されたネバダ州出生証明書が発行されました。Xらは、平成16年1月に、双子の子らを連れて日本に帰国し、Y(東京都品川区長)に対し、Xらを両親と記載した出生届を提出したところ、YはX2(妻)による「分娩の事実」が認められないことを理由として、これを受理しませんでした。

2 裁判所の判断

(1)下級審決定(東京高裁決定)

Xらは、品川区長の不受理処分を違法として東京家裁に受理を命ずることを求める申立てをしましたが、却下されたので、右審判を不服として東京高裁に抗告しました。東京高裁は、米国ネバダ州の裁判所がXらの申立てにより、Xらが代理母Aが出産した男児の父親と母親である旨の裁判(以下「本件裁判」という。)を出していることから、「本件裁判主文の効力は、当事者であるXら及びA夫婦だけでなく、出生証明書の発行権限者及び出生証明書の受理権限者を含む第三者に対しても及んで対世効を有する」と判断しました。その上で、「本件裁判は、親子関係の確定を内容とし、対世的効力を有するものであるから、・・民事訴訟法118条にいう外国裁判所の確定判決に該当する」とし、「わが国の民法の解釈では、Xらが、Aが出産した双子の男児の法律上の親とされないにもかかわらず、外国の裁判に基づきXらを右男児らの法律上の親とすることに違和感があることは否定することができないが、Xらと右男児らとは血縁関係を有すること、A夫婦は右男児らと親子関係にあること及び養育することを望んでおらず、Xらは右男児らを実子として養育することを強く望んでいること、右男児らにとっては、Xらに養育されることがもっともその福祉に適うというべきであることなど本件のような具体的事情の下において、本件裁判を承認することは実質的に公序良俗に反しない認めることができる」と判断して、原審判を取り消し、品川区長に対し、Xらの出生届を受理するよう命じました。 民事訴訟法118条において、外国裁判所の確定判決は、「日本における公の秩序又は全量の風俗に反しない」等の要件を満たすときは、日本でも有効である、と定められています。この条文との関係で、東京高裁は、Xらを代理出産で産まれた子らの父母と認めたネバダ州判決が公序良俗に反するものではないので、日本でも有効である、と述べたのです。

(2)最高裁決定(最高裁平成19年3月23日決定)

この東京高裁決定について、品川区長は許可抗告を申し立てました。最高裁は、「実親子関係は、身分関係の中でも最も基本的なものであり、様々な社会生活上の関係における基礎となるものであって、単に私人間の問題にとどまらず、公益に深くかかわる事柄であり、子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから、どのような者の間に実親子関係の成立を認めるかは、その国における身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり、実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず、かつ、実親子関係の存否はその基準によって一律に決せられるべきものである。」「①民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は、民訴法118条3号にいう公の秩序に反するものとして、わが国において効力を有しない、②女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産した場合においても、出生した子の母は、その子を懐胎し出産した女性であり、出生した子とその子を懐胎、出産していない女性との間には、その女性が卵子を提供していたとしても、母子関係の成立は認められない。」と判示した上で、原決定を破棄し、本件の申立てを却下すべきものとした原々決定は正当であるとして、Xらの抗告を棄却する旨の破棄自判の決定をしました。

第3 生命倫理上の許容性

最高裁は上記の通り「代理出産を依頼した精子・卵子提供者を、両親とは認められない」との判断を示しましたが、一方で、日本において、現時点で代理出産について何ら法的規制がされておらず、代理出産により出生した子に関しても特別の規定が置かれているわけではありません。しかし、日本産婦人科学会は、会告(平成15年4月)により、代理出産を禁止する旨の見解を示し、自主的規制を行っています。代理出産の許否を含め、生殖補助医療の実施条件等に関する問題については、旧厚生省厚生科学審議会先端医療技術評価部会に設置された専門委員会、厚生労働省の厚生科学審議会に設置された生殖補助医療部会等において議論され、同医療部会も、平成15年4月28日付けで、「代理懐胎(代理母、借り腹)は禁止する。」旨の内容を含む報告書を提出しました。また、日弁連も、平成19年1月の「『生殖医療技術の法的規制に関する提言』についての補充提言-死後懐胎と代理懐胎(代理母、借り腹)について-」において、法整備をもって代理懐胎の禁止を提言しています。 この最高裁の判断に対しては、「子を望む夫婦の利益も考慮すべきである」、血統を重視して「遺伝子上の母(卵子提供者)を母とすべきである」という議論(批判)もなされています。しかし、生まれてくる子供の身分の安定性を考えると、母子関係が一義的に明確な基準によって、一律に決せられることは大変重要なことです。子供の福祉を考慮すると「分娩者=母」という明確なルールを排除することは難しいものと思われます。以上の通り、代理出産は、日本では法的に禁止されているわけではありませんが、日本産婦人科学会等の各団体において事実上禁止とされており、仮に外国において代理出産を行ったとしても、日本における代理出産を依頼した男女と子との親子関係は認められない、ということになります。