No.7/終末期医療の在り方について①(安楽死)
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No.7/2020.9.15 発行
弁護士 増﨑 勇太
今年の7月23日、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者の依頼を受けて薬物を投与し殺害したとして、2名の医師が嘱託殺人の容疑で逮捕されたことが報道されました。この事件を契機として、安楽死や尊厳死の在り方について様々な議論が交わされています。今回の記事では、安楽死に焦点を当てて、その定義や許容範囲などについてご紹介します。次回の記事では、尊厳死をテーマとする予定です。
1.安楽死の定義
「安楽死」という言葉に、法律上の明確な定義はありません。もっとも、医師による安楽死が殺人罪にあたるとして刑事裁判になった東海大学安楽死事件の判決(横浜地裁平成7年3月28日判決)において、安楽死の定義・内容が詳細に検討されています。そこでは、①消極的安楽死、②間接的安楽死、③積極的安楽死、という分類がなされています。
①消極的安楽死とは、患者の苦痛を長引かせないために、延命治療を中止して患者の死期を早めることをいいます。この消極的安楽死は、尊厳死とほぼ同義と考えられます。
②間接的安楽死とは、苦痛の除去・緩和を目的とする行為を、副次的効果として生命を短縮する可能性があるにもかかわらず行うことをいいます。具体例としては、肉体的苦痛が激しい患者に対しモルヒネを投与し、その結果として死期
を早める場合が考えられます。
③積極的安楽死とは、患者を苦痛から解放することを目的として、患者の生命を絶つことを直接の目的とする行為を行うことをいいます。東海大学安楽死事件では、医師が多発性骨髄腫で末期状態にあった患者に対し、通常希釈して点滴注射する塩化カリウム製剤を希釈しないまま静脈注射するなどして死亡させており、この行為は、積極的安楽死にあたります。冒頭で紹介した筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の事件でも、積極的安楽死にあたる行為が行われています。
2.積極的安楽死が許容されるための要件
東海大学安楽死事件の判決では、医師による積極的安楽死が許容されるための要件として、①患者に耐えがたい激しい肉体的苦痛が存在すること、②患者の死が避けられず、かつ死期が迫っていること、③他に代替手段がないこと、④患者の明示の意思表示があること、という4つの要件が示されています。
③の要件については、医師により苦痛の除去・緩和のための医療上の他の手段が尽くされ、他に代替手段がない状態に至っていることが必要とされています。その状態にまで至っている場合には、患者の自己決定による限り、生命を犠牲にすることの選択も許される、と考えられるからです。
④の要件については、間接的安楽死の場合には、患者の推定的意思(家族の意思表示から推定される意思を含む)でも足りるとされていますが、積極的安楽死の場合には、安楽死を行う時点での患者本人の明示の意思表示が必要であるとされています。この基準によると、意識がない患者に対する積極的安楽死は認められません。
3.病院としての体制作り、チーム医療の重要性
東海大学安楽死事件において、裁判所は、医師の行為は、上記①③④の要件を欠くものであり、積極的安楽死が許容される範囲を逸脱するとしつつ、終末期医療についての体制不備や、チーム医療の機能が不十分で担当医一人に重責が課される状態であったことを考慮し、執行猶予判決としました。すなわち、本件事件が生じてしまった背景には、終末期医療についての病院としての体制作りが不十分であったこと、チーム医療が十分に機能していなかったことがあったようです。そのような中で、担当医は思い悩んだ末に、患者家族からの強い懇願・要請に応じて積極的安楽死にあたる行為を行い、殺人罪に問われました。このような悲痛な事件を生じさせないためには、病院が組織として、終末期医療についての対応方法を定め、臨床現場においても医療従事者らが情報を共有し、相互に議論しながら、患者の自己決定に基づく対応をすることが重要です。