No.69/ 医師によるカルテ改ざんが認定され、患者からの慰謝料等の請求が認められた事例(東京地裁令和3年4月30日判決)

No.69/2022.2.1発行
弁護士 永岡 亜也子

医師によるカルテ改ざんが認定され、患者からの慰謝料等の請求が認められた事例

(東京地裁令和3年4月30日判決)

1.事案の概要

原告Xは平成12年6月から、右眼の加齢黄斑変性等の治療のため、被告Yセンター眼科に通院していました。平成15年8月には右眼の白内障が、翌年4月には左眼の白内障が認められました。平成25年5月には両眼の加齢黄斑変性症の診断を受け、以降、左眼の加齢黄斑変性症の治療を行うようになりました。 平成25年11月14日、Xに対し、白内障の治療として右眼の水晶体再建術(水晶体超音波乳化吸引術・眼内レンズ挿入術)が実施されました(本件手術1)。さらに同月21日には左眼の水晶体再建術が実施されましたが、チン小帯の断裂があったため、眼内レンズ挿入術は実施できませんでした(本件手術2)。そこで、翌月26日、左眼の眼内レンズ挿入術・硝子体茎離断術が追加で実施されました(本件手術3)。ところが、本件手術後、Xの左眼の視力は光覚弁なし(明暗を識別できない)となり、回復しませんでした。 平成29年1月6日、Xは、両加齢黄斑変性、左網膜中心動脈閉塞症、左失明との診断を受けました。 Xは、Yセンターに対し、①手術適応の前提となる説明を怠った過失、②術後、Xの眼圧を適切に管理することを怠った過失があり、その結果、後遺障害等級8級に相当する左眼失明の後遺障害を負ったほか、③Yセンター医師によるカルテ改ざんや虚偽説明によって精神的損害を被ったと主張して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起しました。 裁判所は、上記②については認めませんでしたが、上記①及び上記③については一部認めて、上記①に関する後遺症慰謝料等として合計853万円余り、上記③に関する慰謝料等として合計110万円の支払いを命じました。

2.裁判所の判断(東京地裁令和3年4月30日判決)

(1)カルテ改ざん及び虚偽説明の有無について

医師は、患者に対して適正な医療を提供するため、診療記録を正確な内容に保つべきであり、意図的に診療記録に作成者の事実認識と異なる加除訂正、追記等をすることは、カルテの改ざんに該当し、患者に対する不法行為を構成するというべきである。 …手術記録は、手術中に起きたこと、術中合併症等をありのままに記載するものであり、Yセンター眼科においては、記録医が手術中に記録し、術後、手術室において執刀医が必要に応じて追記して作成されていたものと認められる。そうすると、手術記録の記載内容は、手術の経過を経時的・客観的に記録したものとして信用することができ、同記載内容に反し、又は整合しないカルテの記載は信用性が極めて低いというべきである。 …手術記録の記載内容と整合しない上記のカルテの各記載は、いずれも信用性が極めて低く、これらの記載が、他の記載をした後に右上方に挿入されるような形で記載されていたり、検査用紙の上に記載されていたりするという体裁の不自然さも併せて考慮すると、B医師が右眼のチン小帯の脆弱性及びこれを踏まえたXらへの説明について、事実認識と異なる内容を意図的に追記したものといわざるを得ない。 …手術記録の記載内容と整合しない上記のカルテの各記載の信用性は極めて低く、これらの記載が、本件手術2の術式及び執刀医等の押印の右上方に11月20日の記載欄にはみ出す形で記載されていたり、カルテの右側に枠囲いで挿入されていたりするという体裁の不自然さも併せて考慮すると、B医師がチン小帯の断裂時期及びこれを踏まえたXらへの説明について、事実認識と異なる内容を意図的に追記したものといわざるを得ない。 …看護記録には56mmHgとの記載が2か所ある上、眼圧が50mmHg以上に上昇すると、眼圧、頭痛、嘔気、かすみ等の症状が現れるとされているところ、Xは、11月26日の受診時に嘔気及び全身倦怠感を訴え、これに対しB医師は眼圧が高すぎて嘔気等の症状が出ていると思うと説明しており、上記のXの症状及びB医師の説明はXの眼圧が56mmHgであることと整合していること、カルテの記載を訂正する場合、訂正前の記載が分かるように訂正すべきであるにもかかわらず、B医師は上記のとおり訂正前の記載の上からなぞり、訂正前の記載が判明しないような方法で訂正をしていること、カルテ上の他の記載に照らしても、B医師が記載した「3」の文字を「5」と誤解するような記載は認められず、B医師の上記証言は不合理であることからすると、B医師は、カルテ上の「56mmHg」との記載を事後的に「36mmHg」と修正したものと評価されてもやむを得ない…。 …B医師は、右眼のチン小帯の脆弱性及び左眼のチン小帯の断裂時期並びに各事項を踏まえたXらへの説明について、事実認識と異なる内容を意図的に追記し、また、左眼眼圧の数値について事実認識と異なる修正を意図的に加えて、それぞれカルテを改ざんしたものと認められるから、上記各行為について、B医師には不法行為が成立する。

(2)手術適応の前提となる説明義務違反の有無について

…X及びX長男はいずれもB医師から本件説明事項の説明を受けたことはない旨供述ないし証言しているところ、9月24日、10月18日、11月8日、同月14日、同月15日、同月20日及び同月21日のいずれのカルテにおいても、B医師が、Xに対し、水晶体核が硝子体側に落下する可能性が50%であること、全てを勘案した合併症の発生可能性は10%程度であること、Xの白内障手術の難易度は高く100人に一人程度の難易度であったこと、80歳代の高齢者の場合、術後視力良好例は約41%程度であり、手術を実施せず経過観察とした場合でも通常の加齢白内障では急激な視力低下、白内障単独での失明は生じないことを説明した旨の記載はなく、他にB医師の上記証言を裏付ける的確な証拠はないから、…B医師は、本件説明事項を説明していないものといわざるを得ない。 したがって、B医師には、本件説明事項について説明義務違反が認められる。 …B医師が、説明義務を果たしていた場合には、Xは、本件手術1・2の実施に同意せず、本件手術2が行われなかった場合には、Xが左眼失明に至ることはなかったと認められるから、B医師の上記説明義務違反とXの左眼失明の間には相当因果関係が認められる…。

3.まとめ

本裁判例は、カルテの改ざんの態様が、「主として本件説明事項に係る改ざんであり、この改ざんの事実が発覚しなければ、B医師の責任(説明義務違反)が否定されることにつながり得る悪質なものであることや改ざん箇所が多数に及んでいることなど本件に現れた一切の事情を考慮」したうえで、慰謝料100万円・弁護士費用10万円の支払いを命じました。カルテの改ざんは、医師の責務に背く行為であるとともに、患者の医療に対する信頼を損なう行為であり、けして許されるものではありません。そのようなことをすれば、医療行為上の過失の有無にかかわらず、そのこと自体が患者に対する不法行為を構成することになり、その態様等によっては、本裁判例のように損害賠償責任が肯定されることにもなります。 なお、カルテの改ざんなどしていないにもかかわらず、患者からカルテの改ざんを疑われるという場合もあるかもしれません。電子カルテの場合は、通常、訂正履歴が明確に分かるようになっているはずですので、その心配は少ないかもしれませんが、紙カルテの場合に、訂正箇所・訂正日時・訂正者・訂正理由等を明示せずに漫然と訂正加筆等を行ってしまうと、患者の目には改ざんと映ってしまうことも考えられます。そのような要らぬ不信・疑念を招くことがないよう、カルテの訂正を行う場合には、訂正箇所・訂正日時・訂正者・訂正理由等をきちんと明示しておくことが肝要です。 また、本裁判例では、医師が患者になすべき説明内容がカルテに記載されていないことを理由に、医師の説明義務違反が肯定されています。この機会に、カルテ記載の重要性について、今一度、意識を強めていただけたら幸いです。