No.70/診療記録(カルテ等)の医療訴訟上の位置づけとその重要性(その3)

No.70/2022.2.1発行
弁護士 福﨑 博孝

診療記録(カルテ等)の医療訴訟上の位置づけとその重要性(その3)
~カルテ等に記載の無い事は、無かったこと!~

3.説明書兼同意書など同意文書の訴訟上の取扱い

診療記録には説明書兼同意書や承諾書など(以下、これらを「同意文書」といいます)の様々な患者家族の同意文書が綴じられています。これら同意文書が‟医療訴訟上どういう位置づけをされて、どういう意味をもつのか”等という点については、‟診療記録の医療訴訟上の位置づけ”とともに普段から意識しておいた方がいいと思われます。

(1)免責文言(何ら異議を述べない旨の文言)の意味

手術等の患者の身体に侵襲を伴う医療行為を行う場合の「同意」の方式としては、「説明書兼同意書」「承諾書」など(同意文書)をもらうことになりますが、「いかなることが起きようとも何ら異議を述べません。」などという『免責文言』が挿入されていても(昔は多くありました。)、そのことによって医療者側の注意義務違反が許されることにはなりません(最判昭和43・7・11、東京高判昭和42・7・11)。

(2)医師の説明義務と同意文書の位置付け

同意文書を患者からもらう場合には、医療者側の立場からすれば、医療者側が患者側に対し‟ 説明義務を尽くしたことを証明するもの”と位置づけることになります。同意文書を取っていないとそのことだけで‟説明自体がなされていなかった”と判断される場合もあるのです(東京地判平成16・6・30)。また、同意文書に署名(サイン)してもらうことも重要ですが、それ以上に「十分な説明がなされて同意したこと」の立証という観点を重視するべきであり、そのことの記録化(①十分な記載内容の説明書兼同意書の作成、②それを説明したことについてのカルテ・看護記録等への記載)に力を注ぐべきです。

(3)同意文書の書き方

同意文書の書き方については、病院又は医師ごとに工夫をしながら作成していると思いますが、‟インフォームド・コンセント”と‟その書面化(同意文書、診療記録への記載)”という視点が重要です。そのことからすれば、医療者側とすれば、①患者の有効な同意を得るための説明義務、②療養方法等の指示・指導としての説明義務という2つの観点から、判例・裁判例で求められる程度の具体的な説明内容を書面化しておくべきです。すなわち、原則として、「①病名、②病状とその原因、③治療等(手術・検査など)の内容、④治療等に伴う危険、⑤治療等を行った場合の改善の見込み、⑥当該治療等を受けなかった場合の予後、⑦代わりの治療等、その場合の危険性、改善の見込み、⑧当該治療等を選択した理由など」(同意文書への記載)の説明が求められることになりますから、そのことを十分に説明した上で同意を得たことを診療記録等に具体的に記載しておく必要があります。 そして、同意文書には、例えば、

私は、手術の必要性・手術の内容及び将来発生する可能性がある事項について別項(この別項又は別紙の説明部分には①~⑧などの詳細な説明内容を記載することを前提とします。)に示された説明を受け、それに同意いたしました。よって、関連する医療行為を一任のうえ、手術の実施を同意いたします。


等という文言による同意文書を患者からいただき、それを診療記録に貼り付けておく(電子カルテに取り込む)必要があります。 患者家族に対し、これくらいの説明を行い、かつ、同意文書への署名をもらえば、後日の紛争予防に役に立つものと思われます。またそれ以上に、そのインフォームド・コンセントの過程(同意書等に署名押印してもらうまでの説明の過程)における「患者・家族の様子又は反応(驚いている様子、悲しんでいる様子、具体的な質問内容など)」などをカルテ等に記載しておくこと(同席した看護師が看護記録に記載しておくこと)も重要です。治療行為のリスクなどについての説明の有無が争われるときには、医療者が患者家族に説明した際の患者家族の様子や反応がカルテ等に記載してあると、裁判所はその記載内容を真実として認定することが多くなります(福岡地判平成11・7・29)。また一部手書きで書いて説明したことが残っていることも同意文書の信用性を高めます。

(4)同意文書の証拠としての取扱い

ア 「同意文書」は事実認定のための重要な証拠である!

これまでの裁判例を見ても、このような同意文書が医師の説明義務の履行を認定する重要な証拠とされたものが多くあります(医療訴訟での診療記録の証拠価値の高さを考えれば当然のことであり、その同意文書は診療記録に貼り付けておく(電子カルテに取り込んでおく)必要があります。)。例えば、東京地判平成26・8・21などは、歯科医療にかかわる事例について、「Y(患者)の上記(説明がなかったという)陳述は、本件説明書の『担当医』の欄にA(歯科医)の署名があること、本件説明書と一体を成す『手術同意書』において、『私は主治医から貴院での治療内容および術後出現する可能性のある症状などについて十分説明を受け納得いたしましたので、手術を受けることに同意いたします。』との記載があり、その下の『患者氏名』の欄にY(患者)の署名があることと整合しない。」と判示して、同意文書を事実認定のための重要な証拠としているのです。

イ しかし、「同意文書」をもって万能のものとすることもできない!

もっとも、同意文書については、その記載内容が説明されたことまでは一応証明できるかもしれませんが、それを超えて「より具体的な説明がなされたか否か」については、直接的に証明できるものではありません。したがって、その説明内容が重要であればあるほど、同意文書を徴することだけで良しとせずに、可能ならば診療記録(カルテなど)にも具体的な記載(同意文書にも記載していない事項の記載)をするよう心がけるべきです。また、専門的知識をもたない一般の患者に対しては、説明を要する事項について十分な理解が得られるよう、率直かつわかりやすい説明を工夫すべきであり、単に注意事項を列挙した書面を交付するだけで事足りるとすることはできないこと(東京地判平成9・11・11)も銘記しておいて下さい。

4.最後に(医療者が自らの身を助けるために)

診療記録や同意文書への記載内容については、後日紛争になった時にも、患者家族はその記載があるとそれを思い出す人がいます。また、思い出さなくても「そうだったかもしれない」と思ってくれる人もいます。また、その記載を信用せずに(偽造などと言って)紛争(裁判)になったとしても、その記載内容が真実ではない等と証明することは相当に困難なことなのです。そのことを考えると、診療記録等への正確で十分な記載をすることは、医療者自らの身を助けることになります。