No.67/インターネット、SNSにおける誹謗中傷

No.67/2022.1.17発行
弁護士 川島陽介

インターネット、SNSにおける誹謗中傷

1.はじめに

みなさんは、ツイッターやインスタなどのSNS(ソーシャルネットワークサービス)を利用されていますか。スマホ全盛期の現代においては、多くの方々が利用されていることと思います。また、全く利用していない方もインターネットを通じて、SNSやネットのコメント欄などの書き込みを目にする機会は多くなっていることと思います。中には、それらの書き込み等によって、心を痛めた経験を有する方もおられるのではないでしょうか。 みなさんも記憶の新しいところと思われますが、フジテレビの番組である「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんは、SNSへの書き込み等による誹謗中傷を苦に自殺しました。木村さんに対する書き込みには、「顔面偏差値低いしね。性格が悪いし、生きている価値があるのかね?」、「ねえ、ねえ、いつ死ぬの?」などといった人格非難ともいえる直接的な誹謗中傷もありました。木村さんの遺族が告訴を行い、書き込みを行った2名の方が侮辱罪で書類送検されるといった事態に発展しています。

この木村花さんの事件をきっかけに、インターネットやSNS上における誹謗中傷を取り締まるべきとの世論が高まり、法改正や厳罰化の検討が行われています。この臨床医療法務だよりでは、インターネットやSNS上における誹謗中傷への対応に対する現状の法的な問題点や厳罰化・法改正に動きについて説明をさせていただきます。

2.現状の法的な問題点

法改正や厳罰化の動きを説明する前に、現状における問題点を概観します。インターネットやSNS上の誹謗中傷における法的な問題点としては、①国が加害者に刑事罰を科すのかといった「刑事的側面」、②被害者の被害回復をどのようにして行っていくのかといった「民事的側面」に分けられます。

(1)刑事的側面

前述した木村花さんの事件でまず問題となったのは、刑事的側面です。書類送検された2名の加害者に適用された罪名は「侮辱罪」(刑法231条)でした。「書類送検」という言葉からわかるとおり、加害者は、いずれも逮捕されず、報道でも大々的に氏名が公表されることもありませんでした。その理由は、「侮辱罪」が軽微な罪(微罪)と考えられているからです。その法定刑は「拘留(1日以上30日未満の刑事施設への拘置)ないし科料(千円以上1万円未満)」となっています。法定刑も低いものであるため、公訴時効も1年と短いものになっているだけでなく、起訴のためには被害者の告訴を必要とする親告罪とされています。

もちろん事案によっては、「名誉棄損罪」に該当することもありますし、被害者が事業者等であれば、業務妨害罪、信用棄損罪、脅迫罪、強要罪といった刑の重い犯罪として処罰できる可能性もあります。しかし、インターネットやSNS上の誹謗中傷の例として最も多いとされる相手を一方的に中傷する態様のものに対して、犯罪として成立する可能性が高いのはやはり「侮辱罪」と考えられます。そのため、「侮辱罪」を厳罰化する動きが出てきています。

(2)民事的側面

被害を受けたものが被害回復としてとり得る手段は、誹謗中傷となっている書き込み等の削除要請と書き込んだ加害者に対する損害賠償請求です。最近Yahoo!がニュース記事のコメント欄について、誹謗中傷に該当するものなどが表示されないといった運用を開始したことやツイッター社が本人の許可を得ていない写真のアップロードを認めないとの運用を行うこととしたことは大きなニュースとなりました。こういった自主規制の動きが加速していることから、誹謗中傷の削除要請についても、サイト管理者側の任意の対応によって実現が軟化しつつあります。他方で、加害者個人に対する損害賠償請求については、いまだに大きなハードルがあります。

損害賠償を行うためには、第一段階としてその書き込みを行った者を特定する必要があります。そして、匿名の書き込み者を調べるためには、「プロバイダ責任制限法」という法律に則って、2段階の手続を行う必要があるとされています(これを総称して「発信者情報開示請求」といいます。)。まず、㋐SNS事業者等(コンテンツプロバイダ)に対し、「IPアドレス」を開示してもらう手続を行い、次に、㋑そのIPアドレスを管理する通信事業者等(接続プロバイダ)に対して、そのIPアドレスの使用者の情報を開示してもらう手続を行うことになります。この㋐㋑の手続は、原則として裁判所を通じて行う別個の手続となりますので、相当な時間を要することになります。しかも、SNS事業者等が外国に存在することも多く、更に時間がかかることも多く、個人で行うことは困難なため、手続を弁護士に依頼せざるを得ず、費用の負担も余儀なくされます。このような状況を改善すべく、プロバイダ責任制限法が改正されました。

3.厳罰化・法改正の動き

上記のような状況を受けて、厳罰化や法改正の動きが出てきています。

(1)刑事的側面

昨年10月21日、侮辱罪の厳罰化を盛り込んだ刑法の改正案の要綱が法務大臣に答申されました。その答申では、侮辱罪の法定刑が「1年以上の懲役・禁固又は30万円以下の罰金」とされており、公訴時効も1年から3年に延ばすべきとされています。必ずしも侮辱罪の法定刑が軽いことから、誹謗中傷の書き込みに歯止めがかからなかった訳ではないと思われますが、懲役刑までも存在するといった厳罰化がされることで逮捕なども比較的容易になり、これまでよりも一定の抑止効果は期待できるといえます。

(2)民事的側面

昨年4月21日、プロバイダ責任制限法の改正法が成立しました。この法改正の目的は、被害者救済にあり、発信者の情報開示手続について、新たな裁判手続が創設されています。この新しい手続においても、SNS事業者等に対する開示命令申立、通信事業者等に対する開示命令申立と2つの手続が必要とされていますが、後者の手続は前者の手続が係属している(行われている)裁判所でのみできるとされており、1つの流れをもって、審理してもらうことが可能となりました(また、通常の裁判と異なり、裁判所からの後見的な介入も期待できる手続となっています。)。少なくとも現状の手続よりは、迅速に進むことが予定されており、利用のハードルも下がることとなります。この改正法が施行されるのは、本年9月ないし10月頃とされています。

4.おわりに

スマホの登場によりインターネットへのアクセスが更に容易になり、利用者側の利便性や表現の場としての機能も飛躍的に発展しているといえますが、その反面として、対面することなく意見表明できることから、度を越えた「誹謗中傷」が多くみられる状況となっています。要望やクレームを実現できない場合のはけ口として、インターネットやSNS上の書き込みが利用されることも多く見られるようになっており、みなさんの勤務する医療機関、福祉施設も現実として被害を受けたことがあるのではないでしょうか。当事務所もGoogleMapの口コミ欄に誹謗ととれる書き込みをされたことがあります。被害を受けないような対策をとることは極めて難しく、日々の業務に真摯に向き合う以外にありませんが、仮に被害を受けた場合でも対応の可能性の広がる厳罰化・法改正の動きが見られたことは、日々の業務を行う上でも励みになることと思われます。

もう1つ忘れてはいけないことは「自身が加害者にならないようにする」ということです。ネットの投稿欄やSNSはその容易さと匿名性からつい書き込みしてしまい、それが過度の表現になってしまうことがあります。また、他者のツイートに対するリツイートを理由として賠償責任を認める裁判例もみられるようになってきましたので、利用する側はそのことを十分に認識しておく必要があります。表現の場として貴重なツールではありますが、書き込みを投稿等する前に、いま一度第三者的視点から読み直してその要否を考えるということも必要なことといえます。