No.66/診療記録(カルテ等)の医療訴訟上の位置づけとその重要性(その1)

No.66/2021.12.15発行
弁護士 福﨑 博孝

診療記録(カルテ等)の医療訴訟上の位置づけとその重要性(その1)
~カルテ等に記載の無い事は、無かったこと!~

(はじめに)

カルテ(診療録)・看護記録などの‟医療記録”(以下「診療記録」)は、医療訴訟において極めて重要な証拠となります。診療記録の記載内容しだいでは裁判の結論を左右します。医療における複雑で専門的な様々の事象を裁判で証明するためには診療記録は欠かせませんし、特に‟診療記録への記載・不記載”によって医療訴訟の勝敗が決定づけられることも多くみられます。本シリーズでは、診療記録への記載・不記載がどうして裁判の帰趨を決してしまうのかという点について、下記の目次に従って説明させていただきます。

(はじめに)

1.カルテ等診療記録の真実性の担保 (その1)

(1)「診療記録」「診療録」の重要性

(2)裁判所における診療記録の証拠としての取扱い

(3)診療記録の真実性・証明力(まとめ)

2.診療記録(カルテ等)への記載・不記載の訴訟上の意味 (その2)

(1)診療記録(カルテ等)に‟記載してある”ことは「あったこと」!

(2)診療記録(カルテ等)に‟記載してない”ことは「なかったこと」!

(3)看護記録も同様の取扱い!

3.説明書兼同意書など同意文書の訴訟上の取扱い (その3)

(1)免責文言(何ら異議を述べない旨の文言)の意味

(2)医師の説明義務と同意文書の位置付け

(3)同意文書の書き方

(4)同意文書の証拠としての取扱い

ア 「同意文書」は事実認定のための重要な証拠である!

イ しかし、「同意文書」をもって万能のものとすることはできない!

4.最後に(医療者が自らの身を助けるために)

1.カルテ等診療記録の真実性の担保

(1)「診療記録」「診療録」の重要性 医療訴訟において、裁判所は、診療記録等により‟診療経過や患者の状態”を認定し、それによって‟医師等の過失の有無”や‟医療行為と結果との間の因果関係の有無”などを判断することになります。そして、診療記録とは、「診療録(カルテ)、処方せん、手術記録、看護記録、検査所見記録、エックス線写真、紹介状、退院した患者に係る入院期間中の診療経過の要約その他の診療の過程で患者の身体状況、病状、治療等について作成、記録又は保存された書類、画像等の記録」を意味しますが(「診療情報の提供等に関する指針」-医政発第0912001号平成15年9月12日-厚生労働省医政局長通達。以下「診療情報提供指針」といいます)、医師法24条は「医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を‟診療録”に記載しなければならない」とし、特に、診療記録のうちの「診療録(カルテ)」については、医師に対し、その作成と保存が法的に義務付けられています。また、「診療情報提供指針」は、厚労省が全国の臨床現場(直接的には「都道府県知事」)に発した通達ですが、「医療従事者等は、適正な医療を提供するという利用目的の達成に必要な範囲内において、診療記録を正確かつ最新の内容に保つよう努めなければならない」、「診療記録の訂正は、訂正した者、内容、日時等が分かるように行われなければならない」、「診療記録の字句などを不当に変える改ざんは、行ってはならない」としています。このようなことから、診療録(カルテ)を含む「診療記録」は、訴訟上極めて重要な証拠として扱われ、その記載内容が裁判の結果を左右することとなるのです。

(2)裁判所における診療記録の証拠としての取扱い 医療訴訟において、‟証拠としての「診療記録」がどのように取り扱われているのか?”という点については、次のような裁判例を見れば、その取扱いが理解できると思います。いずれも、診療録(カルテ)をはじめとする診療記録の記載内容は、特段の事情がない限り、‟その真実性が担保されている”と考えられており、それを前提とした訴訟上の取扱いがなされることになります。 「医師には、法律上、自己の作成すべき診療録(カルテ)の作成・保存義務があり(医師法24条)、自己が作成すべき診療録を正確に作成する義務があるのはもちろんのこと、看護師に作成させていた看護記録等の診療録以外の診療記録についても、不備がないかどうかを点検すべきことは当然であるといえる」(甲府地判平成16・1・20)。 「診療録は、医師が認識した患者の症状や治療の経過その他の情報を記載するもので、医師にとって患者の症状を把握して適切な治療を行うための基礎資料として必要欠くべからざるものであり、医師法24条は、診療した医師に対し、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載することを義務付けている。診療録が、このような性質の文書である以上、診療録の記載は、医師が患者の症状をどのように把握し、診療計画を立て、治療したかを如実に表しているといえる」(東京地判平成15・3・12)。 「診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、医師にとっての診療上の必要性と右のような法的義務との両面によって、その真実性が担保されているというべきである」(東京地判平成15・3・12)。

(3)診療記録の真実性・証明力(まとめ) 以上のとおり、診療録を含む診療記録には、原則として‟高い証明力”が認められるのであり、原告(患者)にせよ被告(医師など医療側)にせよ、「診療記録の記載と異なる診療経過を主張して争うことにはかなりの困難を伴う」ということになります。いずれにしても、裁判所における診療記録の取扱いをまとめると、次のようになります。

「医師には、(医師法24条により)法律上、自己の作成すべき診療録の作成・保管義務」や「看護記録等の診療録以外の診療記録の点検義務」が課され(甲府地判平成16・1・20)、「診療録が、このような性質の文書である以上、診療録の記載は、医師が患者の症状をどのように把握し、診療計画を立て、治療したかを如実に表している」(東京地判平成15・3・12)。したがって、「診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、医師にとっての診療上の必要性と右のような法的義務との両面によって、その真実性が担保されている」(東京高判昭和56・9・24)といえる。