No.65/看護師が患者の病状等を漏洩したことについて病院の責任が認められた事案(福岡高判H24.1.17)

No.65/2021.12.15発行
弁護士 増崎勇太

看護師が患者の病状等を漏洩したことについて病院の責任が認められた事案

(福岡高判H24.1.17)

はじめに

今回の医療法務だよりでご紹介するのは、看護師が患者の病状等に関する情報を家族に話したところ、その情報を家族が患者の親族に伝えてしまい、患者の親族が病院を訴える事態にまで発展した事案です。 医師、看護師などの医療に関与するすべての職員にとって、「守秘義務」は最も基本的なルールの一つです。万が一患者の秘密情報が漏洩した場合、病院の信頼は大きく損なわれることになります。本件事案は、看護師の「家庭内であれば話しても問題ないだろう」という気の緩みから情報漏洩が生じた事案ではないかと思われますが、この事案を教訓として、守秘義務の重要性を改めて認識していただければ幸いです。

第1 事案の概要

患者A(平成元年生)は、平成18年に左腸骨ユーイング肉腫と診断され、化学療法や放射線治療を受けるほか、広範切除、人工関節による再建術などを受けていました。そして、術後のリハビリや疼痛緩和のために、Y病院に入通院をしていました。また、患者Aの母親であるXは、飲食店を経営しつつ、ユーイング肉腫に罹患した娘Aの看護をしていました。 平成20年6月、Y病院の看護師であるBは、夫のCに対し、「大変重い病気にかかっている若い子がおり、母親は夜の仕事をしていて、仕事が終わり朝少し休憩した後、看護のため付き添っている。うちにも子供が3人いるが、もしそういうことが起きたら私たちにはそんなことはできない。」といった趣旨の話をするとともに、Xが経営している飲食店の名前を伝えました(BがCに話した内容には争いがありますが、控訴審判決では患者Aの余命が半年程度であることも話したと認定されています。)。夫Cは、Xが経営している飲食店に何度か来店したことがあり、Bに対して「その店に行ったことがあるかもしれない。」と述べました。しかし、Bは夫Cに対して特に口止めなどはしませんでした。 その後、夫CはXの経営する飲食店に来店し、Xに対して「娘さん、長くないんだって。」「あと半年の命なんだろ。」などと述べました。XはCの発言に驚き、なぜそのようなことを言うのか問いただしたところ、Cは「俺は病院関係者に知り合いがいる。病院関係者はカルテを見れば余命がだいたい分かるんだ。」などと答えました。当時Xは、患者Aの回復が不可能であることや、その余命について医師から聞かされておらず、Cから突然それらのことを聞かされ強いショックを受けました。 翌日、XはY病院の担当医に対し、患者Aの情報が第三者に漏洩していることを伝えました。Y病院は直ちに情報漏洩の原因を調査し、B看護師を通じて情報が漏洩したことをXに報告しました。また、Y病院はB看護師をけん責、降格処分及び10%減給3か月の懲戒処分としました。 患者AやXは、担当医のことは信頼していたものの、情報漏洩が発生したことにより病院に対する信頼を失い、Y病院から転院しました。その後、患者Aの容態は悪化し、約半年後に亡くなりました。 Xは、看護師Bが患者Aの情報を漏洩し、全く関係ないCからAの余命が半年であることを聞かされたことで精神的苦痛を受けたとして、Y病院に対し損害賠償請求訴訟を提起しました。

第2 裁判所の判断

第一審(大分地裁平成24年1月27日判決)は、看護師Bが夫Cに患者Aの病状などを漏らし、Cに対して口止めなどもしなかったことには過失があると認めました。しかしながら、BがCに対して患者の話をしたのは夫婦間の私的な行為であるとして、使用者であるY病院の損害賠償責任は認めませんでした。
これに対し、控訴審(福岡高裁平成24年7月12日判決)は、Y病院はB看護師の使用者として、勤務時間及び勤務場所の内外を問わず職務上知りえた秘密を漏洩しないよう監督する義務を負っていたと判断しました。そして、Y病院は職員に対して個人情報の管理に関する指導は度々行っていたものの、秘密の漏洩の意味やその恐れについて具体的に注意を喚起するものであったとはいえず、不十分のものであったと認定しています。さらに、秘密漏洩発覚後のY病院の対応について、所轄官庁への報告がされていないことや、懲戒処分の内容が事実を確定し守秘義務違反を認めるものでなかったことも指摘し、Y病院がB看護師の監督について相当の注意をしたとは認められないと判断しました(XがY病院に対し訴訟提起するまでに至った背景には、このような病院側の不十分な対応があったのかもしれません。)。 結論として、裁判所は、Y病院にXに対する110万円の損害賠償支払義務を認めました。

第3 守秘義務によって生じる様々な責任

本判決では、Y病院の責任のみが判断されていますが、Xは看護師B及び夫Cに対しても損害賠償請求訴訟を提起しています。XとB及びCとの間では和解が成立しており、Xにいくらかの和解金が支払われたようです。仮に和解が成立していなければ、少なくとも看護師Bに対しては損害賠償義務を認める判決が出されたと思われます。 また、看護師が患者の秘密等を漏示した場合、本判決が認めた民事上の責任のほかに、刑事上の責任や行政上の責任を負う恐れもあります。保健師助産師看護師法第42条の2は「保健師、看護師又は准看護師は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。保健師、看護師又は准看護師でなくなった後においても、同様とする。」と定めており、これに違反して業務上知った他人の秘密を漏らした場合は、6月以下の懲役または10万円以下の罰金に処するとされています。また、同法第14条及び第9条2号は、看護師が業務に関して不正の行為をした場合、厚生労働大臣は戒告、業務の停止または免許取消の処分をすることができると定めており、看護師による秘密の漏洩もこれらの処分の対象となりえます。 なお、医師、助産師、薬剤師、放射線検査技師、理学療法士など、看護師以外の医療職も多くが法律上の守秘義務を課されており、秘密の漏洩に対しては刑事罰が規定されています。また、事務職員等の非医療職が業務上知った患者の秘密を漏洩した場合であっても、患者に対して損害賠償債務を負ったり、使用者である病院から懲戒処分を受けることは当然あり得ます。どのような立場であれ、業務に関連して患者の秘密を知った場合は、その秘密を守る義務があると考えるべきです。

第4 まとめ

本事案では、判決を読む限り、B看護師は患者の秘密が外部に漏れるなどとは考えず、他愛もない夫婦間の会話として患者の話をしたように思えます。しかしながら、患者の母親が経営する店の名前も教えるなど、患者を容易に特定できるような情報も含めて夫に話したことはやはり問題があったといえます。その結果として、B自身が患者家族から訴えられ、病院からも処分を受けることとなりました。また、病院も秘密の漏洩によって患者からの信頼を失い、損害賠償義務を負うこととなりました。そして何より、娘の余命や病状などの情報を漏洩され、第三者から突然娘の余命を伝えられた患者家族の精神的なショックは非常に大きなものだったと思われます。 看護師に限らず、医療にかかわるすべての職員は、患者の情報漏洩が重大な事態を引き起こしかねないということを改めて意識していただき、細心の注意をもって情報を扱うようにしていただければと思います。また、家庭内であっても患者のプライバシーに関わる情報を口にすべきではありませんが、職場(病院)での出来事をつい口にしてしまうことがありえないとはいえません。しかしながら、本件事案のようにたまたま家族と患者が知り合いである場合など、思いがけないところから患者の秘密が漏洩してしまう危険は常にあります。医療従事者自身が守秘義務を意識することはもちろん重要ですが、ご家族に対しても、家庭内で患者の情報を耳にする機会があったとしても、そのことを外部に漏らしてはいけないということを何かの機会にお話ししてみてはいかがでしょうか。