No.45/薬剤処方に関する薬剤師の責任(疑義照会義務)
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No.45/2021.7.15発行
弁護士 永岡 亜也子
(はじめに)
近年、医療の質や安全性の向上及び高度化・複雑化に伴う業務の増大に対応するため、多種多様なスタッフが各々の高い専門性を前提とし、目的と情報を共有し、業務を分担するとともに互いに連携・補完しあい、患者の状況に的確に対応した医療を提供する「チーム医療」が様々な医療現場で実践されています。薬剤師もまた、この「チーム医療」を担うべき一員であることは言うまでもなく、たとえば、平成22年3月19日厚生労働省「チーム医療の推進について」でも、その業務範囲・役割の拡大の検討が示唆されています。そのため、今後ますます、薬剤師の業務範囲・役割が拡大していく可能性がありますが、そのことにより、その負うべき責任の範囲もまた、拡大することが予想されます。そこで、今回は、薬剤師の疑義照会義務違反の有無が争われ、その責任が肯定された裁判例を紹介したいと思います。
1.千葉地裁平成12年9月12日判決
(1)事案の概要
生後4週間の新生児であった原告は、咳症状により被告医師(産婦人科医)の診察を受けた際に、院外処方せんを交付する方法により、レクリカシロップとフスコデシロップの処方を受けました。被告薬剤師(管理薬剤師)は、当該処方に基づき、これら薬剤を混ぜて水で薄めた飲み薬を調剤して原告に提供しました。この飲み薬には、呼吸困難、チアノーゼの副作用を引き起こす可能性があるマレイン酸クロルフェニラミンが2歳未満の小児の常用量の3.75倍、呼吸抑制の副作用を引き起こす可能性があるリン酸ジヒドロコデインが2歳未満の小児の常用量の3倍含まれていました。原告の母親は、本件飲み薬を少なくとも2回、原告に飲ませました。その後に原告は、呼吸困難、チアノーゼ状態に陥り、酸素吸入等の措置を受けて入院することになりました。原告は、このような重大な副作用を引き起こす可能性がある薬剤を、常用量に照らして過剰に処方・調剤したことにつき、被告医師の注意義務違反、被告薬剤師の疑義照会義務違反を主張して、損害賠償請求訴訟を提起しました。
(2)裁判所の判断
「当裁判所は、本件薬剤について被告らが能書の記載から認識すべき本件成分の含有量の過剰性や本件成分の相互作用増強防止のための薬剤量減量の必要性に対する被告らの認識の甘さ、原告が生後4週間の新生児であることに対する被告らの配慮の欠如、被告医師においては、一般に風邪等に罹患した乳幼児はミルクの飲みが悪いと決めつけて個別的な症状を考慮せずに、患児のミルク摂取量という偶然性にかからせた薬剤処方をしたことにつき、被告薬剤師においては、薬剤の専門家として右の処方に何の疑問も感じずにこれに従い調剤をしたことにつきそれぞれ落ち度があり、漫然と常用量を大幅に上回る本件処方・調剤をしたという不法行為によって原告に本件症状を生ぜしめたことにつき被告らに過失があったと判断する。」
2.東京地裁平成23年2月10日判決
(1)事案の概要
患者は、再発肺癌の精査加療目的で被告病院に入院していました。その入院治療中に、ニューモシスチス肺炎が疑われたため、スルファメトキサゾール・トリメトプリムが投与されましたが、しばらくして、その薬剤による副作用が疑われる症状が出現したことから、被告主治医代行の判断で、ベナンバックスに変更する方針となりました。薬剤変更の方針を受けた被告担当医は、誤って常用量の5倍量のベナンバックスを3日間連続で患者に投与しました。それから間もなくして、その患者は死亡しました。原告らは、その患者の相続人であるところ、重篤な副作用を生じるおそれのある劇薬であるベナンバックスを過剰に投与した被告担当医と、被告担当医の上級医である被告主治医代行及び被告内科部長の注意義務違反、ベナンバックスの調剤・監査を行った被告薬剤師3名の疑義照会義務違反を主張して、損害賠償請求訴訟を提起しました。
(2)裁判所の判断
「薬剤師法24条は、『薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない』と定めている。これは、医薬品の専門家である薬剤師に、医師の処方意図を把握し、疑義がある場合に、医師に照会する義務を負わせたものであると解される。そして、薬剤師の薬学上の知識、技術、経験等の専門性からすれば、かかる疑義照会義務は、薬剤の名称、薬剤の分量、用法・用量等について、網羅的に記載され、特定されているかといった形式的な点のみならず、その用法・用量が適正か否か、相互作用の確認等の実質的な内容にも及ぶものであり、原則として、これら処方せんの内容についても確認し、疑義がある場合には、処方せんを交付した医師等に問い合わせて照会する注意義務を含むものというべきである。また、調剤監査が行われるのは、単に医師の処方通りに、薬剤が調剤されているかを確認することだけにあるのではなく、前記と同様、処方せんの内容についても確認し、疑義がある場合には、処方医等に照会する注意義務を含むものというべきである。 …特に、ベナンバックスは普段調剤しないような不慣れな医薬品であり、劇薬指定もされ、重大な副作用を生じ得る医薬品であること、処方せんの内容が、本来の投与量をわずかに超えたというものではなく、5倍もの用量であったことなどを考慮すれば、被告薬剤師Aとしては、医薬品集やベナンバックスの添付文書などで用法・用量を確認するなどして、処方せんの内容について確認し、本来の投与量の5倍もの用量を投与することについて、処方医である被告担当医に対し、疑義を照会すべき義務があったというべきである。また、同様に、被告薬剤師B及び被告薬剤師Cは、処方せんで指示された薬剤と調剤された薬剤とを照合し、処方せんに記載された処方内容と患者の薬袋ラベル、輸液レベル、処方せん控えとを照合しているけれども、それだけでは十分とはいえず、…被告薬剤師B及び被告薬剤師Cもまた、医薬品集やベナンバックスの添付文書などで用法・用量を確認するなどして、調剤された薬剤の内容に疑義を抱くべきであり、処方医である被告担当医に対し、疑義について照会すべき義務があったというべきである。」
3.まとめ
過去の裁判例を見る限り、薬剤師の責任が追及され、これが肯定された事案はそう多くはありませんが、チーム医療において、薬剤師の業務範囲・役割が拡大していくことになれば、上記裁判例のように、医師とともに薬剤師の責任が追及されるという事案も増えてくるかもしれません。 上記裁判例が指摘するとおり、薬剤師には疑義照会義務が課せられています。薬剤師には、薬剤の専門家として、医師の処方内容の適正性にまで踏み込んだ確認が求められており、もしその処方内容に疑義を覚えた場合には、医師に照会する等の必要な対応をとらなければなりません。しかも、その疑義照会義務は、調剤薬剤師のみにとどまらず、監査薬剤師にも同様に課されています。 チーム医療の中で、薬剤師を含めた多種多様なスタッフがそれぞれの専門性を遺憾なく発揮することが、医療の質や安全性の向上に繋がることは言うまでもありません。薬剤師に課せられた疑義照会義務はまさに、その専門性に裏付けされたものであり、医療の質や安全性の向上にとって非常に重要なものです。 また、最近では、医師が行うべきインフォームド・コンセントのうち、医薬品にかかる説明部分を薬剤師が補完して行う場合もあるようです。このように薬剤師の役割が拡大するにつれ、その負うべき責任の範囲もまた拡大・顕在化していくことになりますので、そのことをしっかりと意識しておくことが大切です。