No.42/“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その6)

No.42/2021.6.15発行
弁護士 福﨑 博孝

“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その6)

-患者に判断能力・同意能力がないときには誰に説明すればよいのか?-

2.認知症等で同意能力(理解能力・判断能力)を喪失した成年患者への医療行為

厚労省平成30年3月付ガイドラインの趣旨を前提にして、“高齢者など判断能力・同意能力を欠く成年患者について、どのように対処すべきか”を考えることにしますが、その場合には、ガイドライン決定プロセス(その5)の「Ⅱ患者の意思が確認できない場合」と「Ⅲ“家族による患者の意思の推定”と“最善の医療”」を参考にすることになります。

(1)家族がいる場合

(ア)家族だけの場合(成年後見人がいない場合)

(ⅰ)臨床現場で一般的に求められている「家族の同意」の意味

成年患者についても、患者が判断能力(同意能力)を喪失したときは、未成年患者と同様に、家族から同意を得るのが臨床での一般的な運用となっているようです。裁判例では、「患者が自己決定をできない状況にあるときは、近親者等従前からの患者の生き方・考え方に精通し、患者の自己決定を代替しうる者にこれらを説明する義務があると解される」(名古屋地判平成20・2・13)、「意識が失われた末期の患者に対する治療の内容は、患者本人に代わって、当時の患者の治療について中心となって意思決定することを患者から委ねられていた妻子らが、説明を受ける対象となっていたというべきである」(東京高判平成22・7・7)等と表現しており、いずれも「判断のできない患者本人に代わって家族からの同意を得ることによって医療行為が可能であること」を前提としています。これらは、医療行為の同意が違法性阻却事由であることから、“家族が同意した医療行為には社会的相当性が認められ違法性がなくなる”との考え方に基づくものと思われます。

(ⅱ)患者本人の意思を推定する「家族の同意」

ところが、以上のような「家族の同意による医療行為」については、“家族が「同意」すれば何故に違法性がなくなるのか”、“「同意」をなし得る家族とはどのような者をいうのか”が未だ明確にはされていないのです。しかし、この点について、上記ガイドラインを参考にすれば、より正確な説明が可能です。すなわち、“患者本人の最善の利益を図り得る立場、患者本人の人生における価値観を理解し得る立場にあるのは、一般的に「家族」であり、そのような家族の判断や考え方をもって当該患者本人の意思を推定することが可能となり、当該家族に病状等を十分に説明してその同意を得た場合には、当該患者本人の同意が得られたものとして取り扱う(推定する)ことができる”ということになるのです。医療行為に対する「患者本人の同意」が違法性阻却事由とされるのは、“患者本人が当該医療行為の内容や危険性等を理解する能力(同意能力)を有し、かつ、実際に医療者の説明によって十分に理解し同意してなされた医療行為は違法とはならない”ということにあるのですから、最も重要なことは、“当該医療行為を行うことが患者本人の意思(価値観)に沿うものなのかどうか”ということになります。そして、その患者本人の意思を推定する上で重要なことは、“患者本人の考え方を最も理解し知りうる立場にある家族の意見を聞く”ことであり、結論として“家族の判断・考え方を重視する”ということになるのです。家族から同意書にサインをもらうということには、以上のような意味があり、医療者はそのことを理解し認識した上で家族からの同意のサインをもらう必要があります。

(ⅲ)家族とは(家族の範囲)

もっとも、その家族の範囲を明確にすることは容易ではありません。“どのような家族の判断(同意)があれば、患者本人の意思の推定が認められるのか”を明確にすることは重要なことですが、実際には、かなりの困難を伴い、“個別具体的な判断をせざるを得ない”のです。しかし少なくとも、ガイドラインでは、「家族とは、患者が信頼を寄せ、終末期の患者を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人を含む」とされています。つまり、患者自らの身を任せることができるほどに「患者が信頼を寄せ、かつ、患者を支え得る家族」ということになります。すなわち、判断能力を欠如させる前の患者の言動、家族の親近性、同居の有無、家族の患者本人に対する態度など様々の事情を勘案して、「患者本人の最善の利益を図りうる立場、患者本人の人生における価値観を理解し得る立場にあるのは、誰か?」という観点から、ICの対象(説明する対象)として最も妥当な「家族」を選択するしかないのです。

(イ)家族と成年後見人がいる場合

家族のほかに、家族以外の成年後見人(弁護士・司法書士などの第三者成年後見人)がいる場合もあります。確かに、介護契約・施設入所契約・医療契約についての代理権は、成年後見人の包括的代理権(法律行為の代理権)に含まれており、成年後見人は、患者本人の同意なくして患者本人を代理し、介護契約締結等の法律行為を行うことができます。しかし、手術など身体に侵襲を加える医療行為を行うことについては、成年後見人に、患者本人(成年被後見人)に代わって同意する権限が認められていません。したがって、“成年後見人のみから同意をもらう”または“成年後見人にのみに、その同意の前提となる説明(IC)を行う”というやり方には問題があります。 このような場合にも、原則として、上記(ア)と同様に、患者本人が信頼する「家族」の判断(同意)や考え方によって患者本人の意思を推定し、医療行為を進めるかどうかを判断することが基本となります。しかし、第三者成年後見人がいる場合には、家族間で紛争が生じていることも多く、医療行為を行う医療者としては慎重な対応が求められます。また、第三者成年後見人であっても、その職務に身上看護が含まれている以上、成年被後見人患者のQOLには関わりを持たざるを得ませんので、第三者成年後見人の意見を無視することもできません。すなわち、このような場合には、医療者は、一部の家族のみの意見(同意)をもって医療行為を行うことにも、また、成年後見人のみの意見や判断(同意)をもって医療行為を行うことにも問題(リスク)があります。むしろ、このような場合には、成年後見人に相談する一方で、家族の内情をみながら、“意見等の聴取が必要と思われる家族”の意見や判断(同意)を得て医療行為を行うなどの対処が必要となるものと思われます。そして、そのような過程を経た上で、同意書に家族や成年後見人のサインをいただくというやり方が無難だといえます。 以上のような対応の結果、①成年被後見人である患者の意思が推定できる場合には、それに従って医療行為を行うことになります。また、最終的に、②成年後見人や家族から決定的な意見や判断(同意)を得ることができず、成年被後見人患者の意思を推定することができないと判断した場合には、“家族等による患者本人の意思の推定ができなかった場合”として、次の段階の対処(その7)を考えることになります。