No.38/“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その4)

No.38/2021.5.17 発行
弁護士 福﨑 博孝

“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その4)
-患者に判断能力・同意能力がないときには誰に説明すればよいのか?-

4.“同意能力があると思われる未成年患者”への医療行為

(1)同意能力のある未成年者へのインフォームド・コンセント

未成年者に同意能力が備わっていると思われる場合(上記3.(3)④ 概ね中学生かそれより上の年齢の場合)には、その未成年患者の同意を得る必要があります。そしてその前提として、当該未成年患者にインフォームド・コンセント(以下「IC」)を実施する必要があります。しかし、親権者である親との関係では微妙な問題が生ずることがあるので注意を要します。すなわち、未成年患者に「自己の状態(病状など)、当該医療行為の意義・内容、及びそれに伴う危険性の程度につき認識し得る能力」(判断能力・同意能力)があると思われるにもかかわらず、自らの子どもが受ける精神的ショック(そのことによって、治療意欲の喪失、生きる意欲の喪失、治療拒否等につながる可能性等)を慮って、当該未成年患者へ正確に説明すること(ひいては、真の意味での「同意」を得ること)を拒絶する(少なくとも、躊躇する)親権者(親)が多いと思われるからです。そのような場合に、医療者はどう対応すべきなのか、という問題があります。この点については、精神疾患を有する者に関し、自己の状態や診療行為の内容とその危険性を認識し得る程度の能力を有する場合には、精神障害福祉法の保護者に加えて患者本人にも説明する必要があり、それに基づいた同意を得る必要が生ずるとした裁判例(名古屋地判昭和56・3・6)があります。この考え方を形式的に当てはめると、同意能力のある未成年患者についても、親権者とともにICの対象とし、その同意を得る必要があるという結論に必然的になりそうなのです。すなわち、上記名古屋地判では、「医療は生体に対する医的侵襲であるから、これが適法となるためには、患者の生命又は健康に対する害悪発生の緊急の恐れが存在するときなど特別の場合を除いて、患者の承諾が必要というべきで、患者の自己決定権に由来する右の理は、精神衛生法上の強制入院たる措置入院させられた精神障害者に対しても、右措置入院が当然には治療受任義務を強いるものではないことから適用され、さらに、同人が医師の説明を理解し、治療を受けるか否かの判断能力を有する場合には、患者本人の同意が必要であって、近親者の同意では足りないと解すべきであり、特に、精神外科の如き治療法は患者に与える影響の重大さから、より一層患者本人の同意が尊重されねばならないというべきである。」と判示しているのです。この裁判の事案では、“精神疾患を有する者”と“精神障害福祉法の保護者である近親者”との関係で論じており、未成年者と親権者との関係で論じているわけではありません。しかし、“同意能力のある未成年者”と“親権者”との関係もこれと似たような状況にあります。

(2)同意能力のある未成年者の親権者への対応の難しさ

もっとも、事はそう簡単なことではありません。確かに、未成年患者であっても、同意能力が備わっている以上、医療者は当該未成年患者にICを実施し、その同意を得る必要があるといえますが、その一方で、医療者が親権者と十分に協議し親権者の意見(当該未成年患者に説明するかどうか等の意見)を尊重しないと、患者を含む家族との信頼関係を壊しかねません。しかしそれでも、未成年患者に正確な情報を知らせないと、十分な医療行為ができない場合も考えられますから、親権者には、そのような点を十分に理解していただき“未成年患者に説明し同意を得る”方向での判断をしてもらう必要があります。また、その方向での医療者の努力が必要なのです。しかし、“未成年患者に同意能力が備わっているのかどうか”、また、“正確な情報(正確であればあるほど未成年患者にとって酷な内容となる可能性)を知ることによって、当該未成年患者にどのような心理的・精神的影響を与えるのか”等についての最終的な判断を医療者が行うのは難しいような気がします。むしろこのことは、親権者が行うべきことであって、親権者の方が的確な判断ができるはずです。したがって、医療者としても、最終的には親権者の判断に任せるしかない場合が多いと思われますし、同意書には親権者にサインしていただくということにもならざるを得ないことも多くなると考えられます。 その場合に医療者にとって重要なことは、“親権者が最終的な判断に至るまでの医療者の関わり方の過程”であり、“その判断過程に医療者としてどのように関わったか”という点だと思います。親権者への十分な説明とその間の協議を経て、親権者の理解と納得の下に、同意能力のある未成年者に対しても十分なICを実施した上で、親権者とともに当該未成年者にも同意書にサインしていただく、というところにまで至ることが最も望ましいことだといえますが、そこまでには至らなくても、その努力はしなければなりませんし、そのこと(医療者と未成年患者・その親権者との関りの過程)を目に見える形で(診療記録に)残さなければなりません。

(3)18歳成年年齢に達した患者へのICの難しさ

現行民法での成年年齢は20歳ですが、民法の改正によりこれが18歳とされ、2022年4月1日から施行されることになります。したがって、2022年4月1日からは18歳(高校3年生)で成年となり、彼らには親権者がいなくなります。しかし、18歳・19歳の子ども(成年に達した子)に対する親の感覚や考え方が早々に変わるとも思えません。上記(2)のような事態(親が18歳で成年に達した子の心理や精神を慮り、その子に対する医療者の詳しいICを拒否し、十分な説明を患者本人に施さないまま治療を受けさせようとすること等)もあり得るのではないでしょうか。しかし、患者は18歳・19歳とはいえ「成年者」であることには変わりないのですから、医療者はその親に対し、成年年齢に達していること、成年者への直接のICは避けては通れないこと等を十分に説明して納得してもらい、成年年齢に達したばかりの当該患者に対しては、心理的・精神的ダメージを可能な限り与えないよう十分に配慮しながら、より注意深くかつ十分なICを実施しなければならないと思われます。もちろん、その際には、医療者と親が一緒になって当該成年に達したばかりの患者を精神的に支えなければならないのは当然のことです。