No.34/“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その2)
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No.34/2021.4.15発行
弁護士 福﨑 博孝
“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その2) -患者に判断能力・同意能力がないときには誰に説明すればよいのか?-
第1 医療行為の同意権と同意能力
1.医療行為の同意権(自己決定権)とインフォームド・コンセント(説明)の相手方
(1)医療行為の同意権とは、“医的侵襲を伴う医療行為を受けることに関する決定権限(自己決定権)”のことであり、医療を受ける“患者本人に帰属”します。したがって、医師が医療行為を行うには、原則として、その具体的な医療行為につき患者本人から同意を得ることが必要であり、同意なくして医療行為を行うと「違法」となります。 医療行為の同意は、「人格権としての自己決定権に基づく自己の身体の法益処分」と説明されていますが、一般的には違法性阻却事由の一つとして位置付けられています。すなわち、違法性阻却事由とは、通常は法律上違法とされ犯罪を構成したり、民事上の損害賠償の対象とされたりする場合であっても、それがあると例外的に、その違法性が否定される“その根拠となるべき事実や事情”のことを意味します。そして、それがあれば「違法」とはなりません。このように「患者の同意」は違法性阻却の一要素ということになりますから、例えば、緊急時に患者本人の同意を得ることができない場合などにおいても、「患者の推定的承諾(推定同意)」が認められれば、当該患者の明示的な同意がなくても、違法とはならないこともあり得ます(ここでいう「患者の推定的承諾(推定同意)という概念が臨床現場では非常に重要なものとなっています。)。
(2)インフォームドコンセント(説明)の相手方も、診療契約の当事者及び同意権(自己決定権)の主体という意味からすれば、原則として患者本人ということになります。この点について、名古屋地判平成15・11・28は、「医師は、患者本人の指示通り、その息子に対し、手術に付随する危険性について説明したから説明義務は尽くしたと主張するが、診療契約上の説明義務は、自己の身体への医的侵襲を承諾するか否かは自ら決めるという自己決定権に由来するのであるから、患者本人に判断能力がない等の特段の事情のない限り、本人自身に説明すべきであり、本件において患者本人自身が判断できないような特段の事情があったとは認められず、上記主張は理由がない。」と判示しています。この判決では、担当医師が、「家族同席の下で、更に詳しい説明をしたい」と申し出たのに対し、患者本人が、「家族へ説明するよう」に指示したという事情があります。このような場合には、患者自身が、自己決定権の行使の前提としての説明を受ける利益を放棄したと考えれば、「家族へ説明がなされれば足りる」と解する余地もあります。しかし、そのように解するためには、患者が、「事態の重大性について理解し、真意に基づいて説明を受ける利益を放棄した」といえることが必要となるのです。
(3)これと関連して、判断能力の認められる患者本人へ説明した上で、さらに家族にまで説明する義務があるか否かについて争われた裁判例があります。すなわち、名古屋地判平成16・9・30は、「確かに、医師が医療行為等について患者だけでなく家族に対しても説明することが望ましいことはいうまでもないところであり、殊に本件のように一定の危険性を伴う検査については、患者と家族とが十分に検討できるように家族に対しても医師が的確な情報を提供することが望ましいというべきである。しかし、本件において、亡患者の判断能力に疑いを差し挟むべき事情をうかがうことはできない。むしろ、亡患者は、株式会社の代表取締役でワンマン社長と言われていたことが認められるのであって、亡患者は、自分に関することは自ら判断し、決定していたことがうかがわれる。本件において、医師が亡患者の家族に対して説明しなかったことをもって説明義務違反があるとまではいえない。」と判示しています。つまり、この判決は、患者本人だけではなく、その家族に対しても十分なICを施し、その上で患者本人及びその家族の同意を得た方がいいのですが(臨床現場での実務ではそうあるべきだと思われるのですが)、家族へのICがなかったからといって違法とまではならない、としているのです。
2.医療行為の同意能力とは
(1)医療行為を受けることについての有効な同意となるためには、患者本人に「同意能力」(判断能力とほぼ同じ意味と考えていいと思います)がなければなりません。しかし、医療行為の同意は“法律行為ではない”ことに注意する必要があります。医療行為ついての同意は「人格権としての自己決定権に基づく自己の身体の法益処分」(すなわち“一身専属的法益(その人のみに帰属する権利又は利益)への侵害に対する承認”)ということになりますから、法律行為と異なり、第三者が代理して同意するということが想定されていません。また、未成年者であるということだけで当然にそれ(代理同意)が許されるわけでもありません。すなわち、例えば、未成年者であっても同意能力が認められる場合には、原則として、そのことを前提とした医療行為の同意を得なければならない(親権者のみの同意では、真の意味での医療行為の同意にはならない)ということになるのです。
(2)この同意能力の内容や程度については、未だ明確な基準があるわけではありませんが、一般的には、“その医療行為の侵襲(一身専属的法益への侵害)の意味が理解でき、その侵襲によってどのような結果が生ずるかを判断する能力”
があれば良いということになりそうです。例えば、精神病質との診断によりロボトミー(前頭葉白質切截術)を施行した結果、患者に対し人格低下という後遺症を被らせた事案で、同手術について患者本人の承諾がなく、かつ手術の最終手段性の制約を逸脱した違法がある等として、医師らについて損害賠償責任が認められた、いわゆる「札幌ロボトミー事件」において、札幌地判昭和53・9・29は、「かかる承諾は、患者本人において自己の状態、当該医療行為の意義・内容、及びそれに伴う危険性の程度につき認識し得る程度の能力を備えている状況にないときは格別、かかる程度の能力を有する以上、患者本人の承諾を要するものと解するのが相当である。したがって、精神障害者あるいは未成年者であっても、右能力を有する以上、その本人の承諾を要するものといわなければならない。」と判示しています。すなわち、この考え方に従えば、「自己の状態(病状など)、当該医療行為の意義・内容、及びそれに伴う危険性の程度につき認識し得る能力」の存在をもって、「医療行為の同意能力がある」ということができるのであり、「患者本人にその能力が備わっている場合には、患者本人の同意を必要とする」ということになります。