No.25/ 警察・検察等の捜査機関からの患者情報の照会への対応について

No.25/2021.2.15発行
弁護士 増﨑 勇太

医師、看護師など医療に携わる方は、患者さんの病状、病歴、家族関係、生活状況など、プライベートな情報を多く扱います。これらの情報は個人情報保護法によって厳重な管理が義務付けられていますし、これらの情報を漏洩することは秘密漏示罪(刑法134条1項等)として刑事罰の対象にもなります。そのため、皆さんも日頃から診療記録等の取り扱いには注意していると思います。 一方で、警察・検察(以下、「捜査機関」といいます。)などから、患者さんの診療情報等について照会がされることがあります。このような照会に回答することが守秘義務違反等にならないのか、迷うことも多いと思います。 今回は、このような照会への対応について解説いたします。

第1 捜査機関からの照会と守秘義務

1.捜査機関への回答が守秘義務違反となるか

刑法134条1項は、「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、・・・又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を洩らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」と定めています。条文の記載からわかるとおり、「正当な理由」に基づいて秘密漏示した場合は処罰の対象とされていません(看護師等の医療従事者も、個別の法律で守秘義務が課されていますが、いずれの法律も「正当な理由」にもとづく秘密開示は処罰対象としていません。)。 どのような場合に「正当な理由」があるといえるかは、個別の状況によって判断するしかありません。もっとも、法律の根拠に基づく照会に対して患者の秘密を回答する場合は、原則として「正当な理由」があるといえます。 捜査機関による捜査のルール等を定める法律である「刑事訴訟法」は、「捜査について、公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」と定めています(197条2項)。捜査機関から病院に対する診療情報等の照会は、この刑事訴訟法に基づくものです。したがって、医療従事者が捜査機関の照会に回答することは「正当な理由」に基づく回答であり、守秘義務違反になりません。

2.捜査機関への回答義務はあるか

では、医療従事者は、捜査機関の照会に対し、常に回答しなければならないのでしょうか。 この点について、一般論としては、捜査機関の照会を受けた者は回答をしなければならないと解されています。ただし、回答をしなかったとしても、罰則等が課されるわけではありません。 もっとも、医師、歯科医師、助産師、看護師は、刑事事件の証人として証人尋問を受ける際、業務上知り得た他人の秘密について証言を拒むことができると定められています(刑事訴訟法149条)。そうすると、捜査機関からの照会に対しても、医師等としての守秘義務を理由に回答を拒絶することは可能と考えられます。 実際には、捜査機関からの照会に対し、あえて守秘義務を理由に回答拒絶をすべき事案は多くはないと思います。患者が医師等との信頼関係に基づいて特別に打ち明けた秘密について、捜査上の必要性が特に高いと思われないにもかかわらず照会を受けたような場合には、一旦回答を保留し、回答の必要性について捜査機関側に説明を求めるなどの対応はあり得るでしょう。

3.捜査機関の照会を受けたことを患者に告知すべきか

捜査機関が病院等に照会をする際、照会に関する事項をみだりに漏らさないよう求められるようです。法律上も、「(捜査機関は、)必要があるときは、みだりにこれら(照会等)に関する事項を漏らさないよう求めることができる」と定められています(刑事訴訟法197条5項)。 もっとも、この規定は、医療機関側に照会に関する秘密を守る義務を課すものではなく、罰則等も定められてません。あくまで「みだりに」漏らすことがないよう求めるものなので、患者との診療上の関係性を考慮したうえで、捜査機関の照会を受けたことを患者に伝えることはできます。例えば、現在入院中の患者について捜査機関から照会を受けた場合、捜査機関に病院が回答したことを当該患者が事後的に知れば、患者との関係性が悪化し、治療等にも影響が生じるリスクがあります。このような場合に、照会の内容(一般的な事項の照会か、患者のセンシティブな情報の照会か)や対象患者の性質なども考慮して、捜査機関から照会を受けたことを患者に伝えておくなどの対応も検討すべきです。

第2 個人情報保護法について

氏名などの個人を識別できる情報を含む診療記録等に記載された情報は、「個人データ」として個人情報保護法の対象となります。病院等の個人情報取扱業者は、個人データを本人の同意なく第三者に開示することはできません。したがって、捜査機関から診療記録等に記載された情報の開示を求められる場合、個人情報保護法との関係が問題となります。 この点について、個人情報保護法は、法令に基づく場合は本人の同意なく個人情報を第三者に提供できると定めています(個人情報保護法23条1項1号)。上記のとおり、捜査機関からの照会は法律の根拠に基づくものであるため、照会への回答として個人情報を提供したとしても、個人情報保護法違反にはなりません。 ただし、捜査機関からの照会であっても、回答内容について慎重に検討すべきことに変わりはありません。例えば、捜査機関から特定の期間の通院状況についての照会を受けたのに対し、照会を受けた範囲を超えて診療記録全部を開示するなどすれば、個人情報保護法違反となりえます。 また、捜査機関ではなく弁護士会からの照会に関する事例ですが、地方公共団体が住民の前科について照会を受けた際、照会の理由が不十分であったのに漫然と住民の前科を開示したことについて、違法と判断した判例があります(最高裁昭和56年4月14日判決)。捜査機関からの照会についても、照会事項から捜査上の必要性が判然としない場合は、捜査機関に照会の必要性を確認するなどすべきでしょう。 なお、個人データを第三者に提供する場合、原則として第三者提供に係る記録を作成する必要がありますが(個人情報保護法25条1項)、捜査機関の照会への回答など法令に基づく提供の場合は記録を作成する義務はありません。もっとも、後に患者が照会のことを知った際、医療機関側が必要な説明をできるよう、照会及び回答の日時、内容等については記録を作成し保管しておくべきです。 以上のとおり、捜査機関からの照会への回答の必要性を判断するためにも、また、患者から回答したことへの釈明を求められた場合の対応のためにも、捜査機関からの照会は、書面によって行うよう求めるべきだと思います。

第3 まとめ

以上のとおり、捜査機関からの照会に回答をしたとしても、原則として守秘義務や個人情報保護法に違反することにはなりません。しかしながら、医療従事者が扱う情報には非常にセンシティブな情報も含まれていることを踏まえ、回答の内容や方法については慎重に検討すべきです。もし回答について悩むような事案があれば、医療機関において組織的に検討し、必要に応じて弁護士への相談等もご検討ください。