No.24/ ペイシェントハラスメントへの対処法(その5)-その理論と実践-

No.24/2021.2.1発行
弁護士 福﨑 博孝

3.ペイシェントハラスメントへの現場対応

(1)タイプの判別と対処法の基本(ペイハラのタイプを判別することの重要性)

 ① 「育てられたペイハラ患者家族」であると判断したときは、

(a) 自らの病院においてペイハラ患者家族に育ててしまった「原因」を探り、それに基づいて人間関係を巻き戻す方向で、丁寧にかつ真摯に話合いを続ける必要があること(その過程において、謝罪が必要になる場合(当初の医療者の対応に非があると認められる場合)には、そのことに躊躇すべきではありません。)。
(b) その際には、普通の患者として対応することを心がけ、メディエーターを仲介させたり、メディエーター的(第三者的)な立場の者(患者家族相談(支援)室)を関与させて対応することも検討すべきこと。
(c) もっとも、それでも解決が困難な場合には「弁護士介入」、「警察介入要請」等も検討すること。

 ② 「不可逆的なペイハラ患者家族」であると判断したときは、

(a) パーソナリティー障害などメンタルヘルス的問題を抱えた患者家族の場合には精神科医や心療内科医を関わらせること(精神科医等の介入)も検討すべきであるが、それによる対処ができずやむを得ないと判断された場合には警察介入を躊躇しないこと。
(b) 反社会的な性格の患者家族の単に粗暴で粘着的なペイハラ患者家族については、一定の院内対応を行った上で、その解決が困難であると判断した場合には、速やかに弁護士介入を検討し、また、やむを得ないと判断したには警察介入も躊躇しないこと。

(2)暴言・暴力への具体的な対応策

ア 具体的な対処方法(警察介入、診療拒否、退去命令、立入禁止命令など)

ペイハラ患者家族の言動によっては、警察署と連携(警察介入を要請)しながら、次のような具体的な対処方法を検討することになります。

 ① 実際に暴力行為があった場合

(a) 診療時間内においては、直ちにペイハラ担当部署に連絡し、担当部署の職員が駆け付けるとともに、事前に指定された警察署へ直ぐに110番すること。
(b) 診療時間外においては、直ちに警備員等の当直事務に連絡し、警備員等が駆け付けるとともに、事前に指定された警察署へ直ぐに110番すること。

 ② 暴言・脅しの場合(暴力のおそれがある場合)

(a) 診療時間内においては、直ちにペイハラ担当部署に連絡し、担当部署の職員を含めた複数のスタッフで説得し、それでも応じない場合(ペイハラ言動を続ける場合)には担当部署から事前に指定された警察署に110番すること。
(b) 診療時間外においては、直ちに警備員等の当直事務に連絡し、警備員等を含めた複数のスタッフで説得し、それでも応じない場合(ペイハラ言動を続ける場合)には当直事務職から事前に指定された警察署に110番すること。

 ③ 上記①②の事態が惹き起こされた場合には、

(a) 惹き起こしたペイハラ患者家族に対し警告書等の書面を交付し、今後は直ちに警察対応となる旨を告げること。状況によっては誓約書等に署名押印させて、2度とトラブルを惹き起こさない旨を約束させること。仮に警告書に従わない場合には、次の段階において病院側が、後述(b)の「診療拒否」、(c)の「退去要求」又は「立入禁止措置」等の対応を実施する可能性がある旨を告げておくこと。
(b) それでもペイハラ患者家族が当該医療機関の指示に従わない場合には、診療をしない旨を告げること(診療拒否)。
(c) それでもペイハラ患者家族が当該病院の指示に従わない場合には、病院施設からの退去を書面(退去指示書又は退去命令書)によって求め、または、病院施設内への立入りの禁止を書面(立入禁止指示書又は立入禁止命令書)によって指示すること(退去指示書、立入禁止指示書の交付など)。
(d) 「退去指示書」、「立入禁止指示書」等をペイハラ患者家族に交付する時には同時に、それに違反した場合には「不退去罪」「住居侵入罪」などで刑事告訴する旨を告げること。
(e) いずれにしても、診療を拒否し、退去指示書や立入禁止指示書を発するのは最後の強硬手段であり、その行使については担当者も躊躇することが考えられますが、合理的な理由のある診療拒否については、応需〔応召〕義務に違反しません(このことは後述いたします。)。しかし、このような最後の強硬手段を講じるまでには、さまざまな方法によってペイハラ患者家族に対処する(説得する)必要があり、それもせずに簡単に最後の強硬手段に打って出ることには問題があります。このような対応(強硬手段)の効果が絶大であればあるほど、病院において濫用されがちであり、そのことを心しておくべきであって、本当の意味での最後の手段にすべきです。

イ 医師・病院の応需・応召義務(診療拒否の是非)

ペイハラにおける患者家族に対する対処法を考える場合には、「医師や病院の応需(応召)義務に違反しないのか?」という点の検討を必要とすることがあります。医療者や病院が違法なペイハラ行為にさらされた時には、最終的に「診療を拒否する」以外にその対処方法がないことも多いのです。医療者に対する患者家族の暴言・暴力・威迫行為等を理由として、その後の当該患者の診療を拒否し、同時に病院からの退去を求め、立ち入りを禁止することになる場合には、医師法19条1項が問題とならざるを得ないのです。 この点について、これまでの厚生労働省の通達や日本医師会の指針、過去の裁判例を参考にすれば、次のようにまとめることができます。

【診療拒否についての考え方(まとめ)】

診療契約においては、医療者と患者家族との間に「信頼関係」が必要不可欠です。したがって、医療者とペイハラ患者家族との間の①信頼関係が失われた時には、②患者への診療に緊急性がなく、③代替する病院等が存在する限り、医療者がこの診療を拒否したとしても、拒否された側の法律上保護されるべき何らかの権利又は利益が侵害されるわけではありませんから、診療拒否に(医師法19条1項の)正当事由を認めることができます(東京地判平成17・11・15、東京地判平成29・2・9など)。